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「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」
岡崎京子 著
紹介者 フリー編集者 清水 檀さん

 
優雅で凶暴な、ただひとつの本

 「そういうの、やなんだよねー」
 十年少しほど、時間はさかのぼります。ぜひにと頼み込んで、岡崎京子さんにはじめて、原宿のパレフランス地下は「ウエスト」でお会いしたときのことです。
 時代の寵児を前にしながら、いままでにいろいろな媒体に書かれてきた文章を一冊にまとめさせてほしいというきわめて凡庸な私のお願いに対する、岡崎さんの第一声でした。
 「考えなしにそのつど書き連ねた文章ばっか、時代のことばっかじゃん。もうみんな終わったことだし。」
 うむ、さすが。しかしこれですごすごと帰ってなるものかと、「そうですね。ならば、書き下ろしを」と涼しい顔(のつもり。じつは全身汗だく)で食い下がると、
「マンガの描き下ろしはやだよん。なんか文学みたいでかっちょわるいし。」
「マンガは考え抜いて描くものとは思ってないから。どんどん消費されるもの。」
 そして、「マンガ家が文章の書き下ろしをもったいぶってやるのも、なんかダサイしなあ」
 ……ターコイズ・ブルーのふわふわの襟巻が美しく似合う、岡崎京子の勇敢な「倫理」を前に、私はしばし、感激にうち震えました。
 結局、「一冊の(文章の)本を作る」ことを目的として、「PR誌ちくま」に新しい連載をお引き受けいただくことになったわけですが、当初から岡崎さんは、どんな内容を書くかということより、いろいろな書き方をしてみたいんだ、と強調されていました。マンガでやり切れることの限界を冷静に感じていらしたようにも思います。ともあれ、その言葉どおりにこの本は、ときに優雅な、そしてときに凶暴なさまざまなことばの試みに満ちているもののはずです。
 しかも、岡崎さんの才能を愛してやまない凡社の日下部行洋さんのご理解をいただいて、ご本人のご希望どおり、「ええと、できれば書肆山田っぽく、しかもキュートな感じ(笑)」に仕上がりました。とはいえけっこう危険な一冊です。読者のみなさま、どうぞお気をつけて。


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