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『原罪』の遠藤武文さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)

「新刊ニュース 2014年3月号」より抜粋

遠藤武文(えんどう・たけふみ)

1966年長野県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。大学卒業後、広告会社・出版社・損害保険会社勤務を経て、2009年『プリズン・トリック』(「三十九条の過失」改題)で第55回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。著書に『トリック・シアター』『パワードスーツ』『デッド・リミット』『炎上 警察庁情報分析支援第二室〈裏店〉』『天命の扉』がある。この度、祥伝社より『原罪』を上梓。

原罪

  • 『原罪』
  • 遠藤武文 著
  • 祥伝社
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トリック・シアター

  • 『トリック・シアター』
  • 遠藤武文 著
  • 講談社(講談社文庫)
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天命の扉

  • 『天命の扉』
  • 遠藤武文 著
  • KADOKAWA
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炎上 警察庁情報分析支援第二室〈裏店〉

  • 『炎上 警察庁情報分析支援第二室〈裏店〉』
  • 遠藤武文 著
  • 光文社
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プリズン・トリック

  • 『プリズン・トリック』
  • 遠藤武文 著
  • 講談社(講談社文庫)
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デッド・リミット

  • 『デッド・リミット』
  • 遠藤武文 著
  • 集英社
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パワードスーツ

  • 『パワードスーツ』
  • 遠藤武文 著
  • 講談社
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── 新刊『原罪』は長野県大町市で発生した老人の刺殺事件を捜査する城取圭輔警部補をはじめとする長野県警捜査一課の物語と、一九八七年のクリスマスから始まる浪人生の仁科哲弥の物語が交互に語られていく長編ミステリです。執筆のきっかけを教えてください。

遠藤 初めに祥伝社からお話を頂いた時に『ノストラダムスの大予言』の出版社だと思い出したんです(笑)。子供の頃『ノストラダムスの大予言』を読んでキリスト教の「エゼキエル書」など預言に纏わる話を知り、そこから聖書やキリスト教に興味を持ちました。今回は聖書の世界観「原罪」についての設定を考えて物語を考えていきました。もう一つ、最近の世の中は保守回帰の空気があって、それを何となくうすら寒いと感じていました。それで、そんな流れに竿を差すようなものを書いてみたいと思っていました。この二つの要素を絡めて構想していったんです。現代の事件と仁科の物語を交互に語る構成で書き継ぎ、ゲラの段階で現代を正典として「カノン」、過去を外典として「アポクリファ」と、章に副題を付けました。

── 警部補の城取はどのように造形しましたか。

遠藤 KADOKAWAから刊行した『天命の扉』という長編は、城取の妻の麻美が殺されてしまう話でした。自分が逮捕して死刑になった人間は冤罪だったかも知れない、目撃者の証言が嘘だったかも知れないという疑惑を城取自身が持っている。そんな過去があるので容疑者が絞られていても捜査に慎重になる人物にしました。

── 『原罪』には捜査を進める城取たちの群像を追う警察小説の面白さも備えています。どのように調べて行ったのですか。

遠藤 作家専業になる前は保険会社に勤務していたのですが、その頃に警察共済組合の「たいよう共済」という保険代理店の担当だったもので、そこで知り合った警察の方もいますし、退職した警察官の方と会うこともありました。警察官のOBで組織する警友会の役員をやられている方とも知り合いました。そんな方たちから裏話を聞いています。

── 捜査に混乱をきたす信州大学教授・四月朔日香織が全編に亘ってトリックスターのように振る舞いますね。

遠藤 警察組織以外の人間が一緒に事件を捜査する設定は最初の段階で決めていました。本作の前に短編小説で四月朔日のことは書いていて、ある程度人物が固まっていましたが、実際書いてみるとすごく苦労しました。書きながら難渋しましたが、彼女には後半重要な発見をしてもらいます。周りから捜査に助言する人がいるのは物語として良かったと思います。

── 老人の刺殺事件の捜査線上に、布山享というフリーライターが浮かび上がってきます。

遠藤 今回「心臓移植」がテーマの一つになっています。調べているうちに「ラザロ徴候」の映像がネットにあり、それを見た時にすごく驚きました。その戦慄を誰かに喋らせようと思って布山に託しました。

── 遠藤さんは臓器移植についてどんな立場ですか。

遠藤 私自身は脳死移植に関しては賛成です。ただ反対している人の意見や考えも今回調べました。心臓が動いていても脳が死んでいれば人は死ぬと言えるのか。肉体と魂という概念があるとすれば脳が死ぬことは魂がなくなることだ、と考えた時に納得がいったんです。どんな宗教でも霊魂の存在を肯定することから始まっている。そうすると、脳が死んだときに肉体から霊魂が離れると考えれば納得できました。

── さて、もう一本の「アポクリファの章」の主人公・仁科哲弥はどのように発想しましたか。

遠藤 昭和から平成になる当時の学生を登場させようとした時に、自分自身がそうだったものですから、仁科を早稲田大学の政治経済学部に入学させました。しかし自分の思いを仮託した、ということではありません。でも城取と仁科にどちらに思い入れがあるかと問われれば仁科なんですが(笑)。

── 仁科は密かに恋心を抱いていた瀧川遥子と親しくなります。

遠藤 仁科が彼女を見た瞬間に一目惚れをしてしまうような女性じゃないと駄目だと思い、美しさは丁寧に描写しました。彼女がクリスチャンであることが徐々に明らかになる過程で、仁科は遥子の芯の強さが信仰によるものだと気付きます。仁科の心理は読者に納得のいくものにしないといけなかった。遥子は病に冒されながらも信仰のお陰で芯の強さを保っている女性です。遥子の性格が固まった時に「この小説」が見えた、落としどころが見えた気がしました。これで仁科は洗礼を受けないままでもキリスト教的世界を納得するんです。

── この小説での「原罪」は何だとお考えですか。

遠藤 やっぱり一番の大きな原罪は戦争だと思いますが、個々に、仁科でも城取でもそれぞれが何かしらの罪の意識がある。たとえば城取は、自分が情に流されないようにするが為に酒造会社を潰してしまうことになる。登場人物それぞれが色んなものを背負っているという意識でつけたタイトルです。

── 読みながら数々の謎に驚きました。どのくらいプロットを詰めるのですか。

遠藤 実はプロットは作りません。でも頭の中ではどっちの方向に持って行くかは決めています。最初にイメージしていたのは昭和天皇の崩御の日なんです。あの日、殉死した人のニュースは二例か三例くらいしか報じられなかったのですが、それでも殉死する人がいることは、当時学生だった私にはショックな出来事でした。それで昭和天皇崩御の日に何故その人は殉死したのか、という謎から話を膨らませていこうと思ったんです。殉死した人の近くに学生がいて、しかしその人と学生には接点がない。でも、例えば学生に恋人がいて、その恋人が殉死する人の親族だったら学生と接点が生れる、と物語を練っていきました。私はもちろん戦無派の人間ですが、昭和という時代に自分なりに決着をつけたいとの思いもありました。仁科と関わる老人、菊原や金森の半生はそのまま昭和史の陰画になっていると思います。

── 『プリズン・トリック』以来、遠藤さんの作家性とは、トリックの妙味と同時に人間への深い洞察があるのではないでしょうか。

遠藤 デビュー前、保険会社では交通事故の被害者の所に行って損害賠償をしながら示談にもっていく仕事をしていましたので、実際に交通犯罪への嫌悪感が根っこにありました。松本清張原作のドラマ『点と線』を見た時に小説を書きたいと思い、自分にとって身近な題材が交通事故が背景にある物語でした。これが『プリズン・トリック』です。ここで一番書きたかったのは加害者が遺族に謝罪をする場面でした。これはミステリとしては必要のない場面ですが、この場面を書かなければ自分が書く意味がなかった。

── 『原罪』を書き上げた現在の心境は。

遠藤 『原罪』で『プリズン・トリック』のパターンに回帰したという意識があります。『プリズン・トリック』は応募原稿で、一年くらいかけてじっくり書いたんです。今回も書き下ろしで、完成させるまでにだいぶ時間を掛けさせてもらったので、お陰で満足いく小説になりました。一冊を書き上げた手応えを感じています。

── 今後の予定は。

遠藤 保険会社での勤務では経験のしたことのない事例なのですが、いずれ書こうと思うのは「認知症のドライバーが起こした死亡事故」です。加害者側の家族も被害者側の家族もそれをきっかけにして崩壊していく──。これから増えてくる悲劇を書こうと思います。時期は未定です。警部補城取圭輔のシリーズとしては、三月に短編集『龍の行方』が祥伝社から刊行されます。それから『天明の扉』が四月に文庫化されます。来年の春ぐらいにKADOKAWAから書き下ろしを刊行します。

(一月十六日、東京都千代田区・祥伝社にて収録)