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『確証』の今野敏さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)


「新刊ニュース 2012年9月号」より抜粋

今野敏(こんの・びん)

1955年北海道生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。在学中の1978年に『怪物が街にやってくる』で第4回問題小説新人賞を受賞しデビュー。東芝EMI勤務を経て、作家専業となる。2006年『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞を受賞。2008年『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。著書に「ST 警視庁科学特捜班」シリーズ、「隠蔽捜査」シリーズ、「安積班」シリーズの他、『武士猿(ブサーザールー)』『ペトロ』『ドリームマッチ』『叛撃』などがある。この度、双葉社より『確証』を上梓。

確証

  • 『確証』
  • 今野敏著
  • 双葉社
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同期

  • 『同期』
  • 今野敏著
  • 講談社(講談社文庫)
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武士猿(ブサーザールー)

  • 『武士猿(ブサーザールー)』
  • 今野敏著
  • 集英社(集英社文庫)
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ペトロ

  • 『ペトロ』
  • 今野敏著
  • 中央公論新社
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ドリームマッチ

  • 『ドリームマッチ』
  • 今野敏著
  • 徳間書店(徳間文庫)
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叛撃

  • 『叛撃』
  • 今野敏著
  • 実業之日本社(JOY NOVELS)
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心霊特捜

  • 『心霊特捜』
  • 今野敏著
  • 双葉社(双葉文庫)
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── 新刊『確証』は、警視庁捜査三課・盗犯係の刑事萩尾秀一と武田秋穂が都内で連続して起きた窃盗や強盗事件を捜査していく長編小説です。動機を教えてもらえますか。

今野  警察小説をずっと書いてきましたが、何か目新しいことを書きたいなという気持ちがありました。刑事が主人公の小説で先ず浮かぶ事件は、殺人、強盗、暴行などの強行犯です。地味だけれども盗犯係というのは今まで取り上げられたことがないようだ、というのがそもそもの発想です。強行犯の場合、犯人は素人なんです。しかし、盗犯係が相手にするのはプロの常習者だったりする、刑事との攻防に面白さがあるんじゃないかなと思って書き始めました。それから、刑事は部署によって雰囲気が変わってくるらしいんですよ。強行犯の捜査一課は押し出しが強くて強面で、知能犯の二課はインテリ面になるようで、盗犯係の三課は職人気質らしいんです。四十八歳の萩尾は街の職人の雰囲気の男です。今回萩尾の私生活には触れていません。職人として仕事をしている姿を描きたかったのと、私生活を書く余地がなかった。

── 萩尾とコンビを組む秋穂ですが、相棒が女性だというのは新しいパターンではないですか。

今野  捜査三課は地味な話になると予感があったんで、女性が活躍すればそれが和らぐかなという気持ちがありました。また、萩尾の性格からすると女の扱いに苦労するだろうからそのもどかしさも面白いんじゃないかなと考えました。若い女性だといきなり頭ごなしに怒鳴れないし、一方でちょっと心配だし、複雑ですよね。そういう気持ちが書ければ面白いと思った。

── 萩尾たちのライバル、捜査一課の刑事菅井が嫌味な人物ですね。

今野  盗犯係を際立たせるために捜査一課に悪者になってもらった面はありますが(笑)、こんなに嫌な刑事もそうそういないと思うんです。対比をはっきりさせるために創作しました。「S1S」のバッチが何度か出てきます。捜査一課には「選ばれた者」の誇り、エリート意識はあるでしょうね。

── 叩き上げの捜査一課長「田端守雄」が登場しますね。

今野  ノンキャリアで警視に登りつめた苦労人の田端は『隠蔽捜査』や『安積班』シリーズなどにも登場しています。彼は人の使い方が上手い。萩尾も乗せられてしまう。上司としては魅力的な人物ですよね。実際の捜査一課長はキャリアじゃない人が多いらしいです。

── 萩尾に情報提供する迫田という老人が登場します。

今野  この人の人生は踏んだり蹴ったりですよね。経営していた工場が潰れてホームレスの果てに泥棒になり、怪我をして車椅子生活を送っているわけですから。しかし確かな腕を持った職人で特許も多数あるし、技術にプライドをもっている。一方で、身の回りの世話をやってもらっている弟子のような存在がいる。

── 職人と弟子の関係が、刑事と盗人とで二重写しになっていますね。

今野  迫田と弟子の構図が、萩尾と秋穂に重なります。萩尾は「立場は違うにせよ、犯罪者と警察官は、ともにその世界の住人なんだ」と語ります。プロの盗人は警察を出し抜くことを常に考えているし、捜査三課は盗人の手口を熟知していないといけないわけで、互いに同じものを見つめているわけです。捕まえる側と捕まる側の両者は、共感というか同族意識のようなものがあるのではないでしょうか。

── 物語は回想などで過去を振り返らずに先へ先へ進みますね。

今野  『確証』に限らず私の小説は時系列に沿って書いています。というのは捜査は時系列で進んでいくものだからです。そして事件はだいたい七日で片付く。回想がない理由は捜査をしている刑事の単一視点なので先へ進まざるを得ない。複数視点の小説であれば回想も書けると思うんです。

── 捜査員や犯罪者だけでなく、被害にあった宝飾店店長も品揃えに自信を持つなど、『確証』はプロフェッショナルへの賛歌が感じられます。

今野 常にその意識を持って小説は書いています。他のシリーズでもその意識があります。

── 警察小説は捜査を通して多くの人間が関わります。それらの群像を書き分ける秘訣はなんでしょうか。

今野 どういうタイプの人間なのかイメージを持って貰うために最低限のことは書きますが、人物の描写は細かく描かないことにしています。例えば秋穂がどんな髪型かは詳しくは書いていません。でも読者はなんとなくイメージできる。それが大切で、読者がキャラクターに対して自分なりの思い入れをして貰うためには描きすぎない方がいいんです。これは経験則です。逆にアメリカの小説は描写が克明です。これは多種多様な民族をかかえる社会なので肌の色から瞳の色、背の高さ、体型など、ちゃんと説明しないと読者が判らない。日本は幸いにして細かいことは書かなくて済むので、なるべく読者に自分なりのイメージを持って貰うようにしています。必要最小限の情報を提供してあとは読者に想像してもらう方がいいと思う。

── 警察小説を書くうえで心がけていることは何でしょうか。

今野 警察の組織は常に変わっていきます。たとえば捜査一課の係が増えたり減ったりするので絶えず追いかけている。昔は警察無線の周波数まで書いていましたがさすがに今はやめました。本当のことを書くとつまらない場合、わざと嘘を書くこともあります。「警察小説」はいい器だと思います。事件の捜査、真相解明を通して上司と部下、同僚との対立や協力など様々な人間模様も書けるし、捜査員の家族のドラマも書ける。器さえ用意すれば何でも書けてしまう。それから、武力を持った公務員とは何か、と考えるとこれは侍なんですね。結局侍を書いているんだと感じることがあります。

── 実際の警察官に取材をするのですか。

今野 ほとんど取材はしていません。現役の刑事さんに聞いても喋ってくれませんから。ノンフィクションを読んだり、インターネットを見たりするだけです。例えばテレビの「警視庁24時」などの番組を見ても、細かいところを注意して見るので一般の視聴者以上の情報を得ています。新聞を読んでいても、警視庁と○○署の発表であれば○○署に捜査本部が出来たと判る。情報の選択には作家の職業意識が働く。あとはどれくらい警察のことを好きかという話です。警察の人に聞いてもだいたい書かれてある通りと言ってくれますよ。

── 代表作の一つ『隠蔽捜査』シリーズはどういった経緯で執筆されたのでしょうか。

今野 官僚の小説を書きましょうと提案されたんです。官僚ってだいたい悪者が多いので、かっこいい官僚を出そう、せっかくなら書き慣れた警察官僚を主人公にしよう、と竜崎伸也が生まれました。竜崎は四十六歳です。結局中間管理職が書きたいんですよ。上から押し付けられ下から突き上げられる一番辛い立場です。おじさんに頑張ってほしいですよね。日本を元気にするのはおじさんしかいないと思っていますから。

── 上智大学在学中に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞し、作家デビューの後にレコード会社に就職していますね。

今野 大学四年のときに新人賞を貰ったんですが、「うちの新人賞で食っている人は一人もいない」と編集者に言われたこともあり三年間だけ就職しようと決めました。新聞学科でマスメディアの勉強をしていて卒業論文が「大衆文化論」でしたし、音楽に興味があったのでレコード会社に就職しました。たった三年でしたが、その経験は大きかった。三年でたいていのことは判る。会社時代の経験や記憶の類推が警察の上下関係や仲間意識などに役立っています。

── 考古学やSFなど小説のジャンルが多岐にわたっていますね。

今野 広く興味を持っていないと小説は書けない。作家はたいていのことは知っていますよ。特別私が突出しているわけではないです。デビューしたときは自分はSF作家だと思っていたんです。SF作家は想像力を駆使するからかジャンルが広いですよ。山田正紀さんも多彩なジャンルを書いていますよね。ミステリよりもSF寄りだったのでその傾向はあるんじゃないでしょうか。

── 今後の予定を教えて下さい。

今野 毎月五本の連載が三年先まで決まっています。近いうちに我々がやっている空手の流祖・喜屋武朝徳を主人公にした小説を琉球新報に連載開始します。先生は明治三年に生まれて昭和二十年九月に亡くなった空手家です。彼が生きた時代は軍事教練に空手が利用されたり国威を盛り上げようと武道を奨励されたり、様々に空手が発展しました。今資料を探していますが、なかなか集まらない。警察小説と並んで空手家の物語は自分のもう一つの柱です。楽しみにしていて下さい。

(七月十七日、今野敏さんのご自宅にて収録)