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『キケン』の有川浩さん
インタビュアー 青木 千恵(ライター)
「新刊ニュース 2010年3月号」より抜粋

有川浩(ありかわ・ひろ)
高知県出身。2004年、第10回電撃ゲーム小説大賞〈大賞〉受賞作『塩の街 wish on my precious』でデビュー。『空の中』『海の底』と続く「自衛隊三部作」を発表して注目を浴びる。「図書館戦争」シリーズが圧倒的な支持を集め『図書館戦争』は「本の雑誌」の2006年上半期エンターテイメント1位、『別冊 図書館戦争T』は2009年1月号「ダ・ヴィンチ」で「好きな恋愛小説」ランキング1位に選ばれる。08年、同シリーズで星雲賞(日本長編部門)受賞。『植物図鑑』が2010年「本屋大賞」にノミネートされた。この度、新潮社より『キケン』を上梓。


『キケン』
有川 浩著
新潮社


『シアター!』
有川 浩著
アスキー・メディアワークス発行/角川グループパブリッシング発売
(メディアワークス文庫)

『フリーター、家を買う。』
有川 浩著
幻冬舎

『植物図鑑』
有川 浩著
角川書店発行/
角川グループパブリッシング発売
『三匹のおっさん』
有川 浩著
文藝春秋

『図書館戦争』
有川 浩著
アスキー・メディアワークス発行/角川グループパブリッシング発売
『塩の街』
有川 浩著
角川書店発行/
角川グループパブリッシング発売
(角川文庫)

── 『キケン』は、成南電気工科大学「機械制御研究部」=略称【機研(キケン)】=で巻き起こる数々の事件が語られる五話からなる物語です。理系£j子の部活ストーリーを描いたのはなぜでしょうか。

有川 元ネタは主人の話なんです。学生時代の話を聞くと、友人や先輩のキャラが立っていて、もの凄くエンタテインメントな学生時代を送っていたんだな、この人たちの話を書いたら面白そうだなと思い、発表するタイミングと媒体を探っていました。『小説新潮』で連載を書くことになったときに、堅いイメージがあるこの雑誌で男子の悪ノリ話を書いたら意外性があって面白いかもしれないと考え、物語が最も映えるところで書くことになりました。

── ご主人も【機研】のような学生生活を過ごされたのでしょうか。

有川 そうみたいですね(笑)。男の子というのは、理系文系問わず、彼らだけが持っている独特の時間、体験があるらしく、『キケン』を書き始めると、大勢の男の人が学生時代の話を聞かせてくれるようになりました。自宅を出てすぐバスに乗れるように、バス停を一日数センチずつずらしたとか。そういう悪ノリは、女子はあんまりしないですよね。いたずらな男子の困った笑い話は、本人たちはどれだけ凄いことか気づいていないことが多く、女子の身から書いたら面白いだろうと思ったんです。

── 成南のユナ・ボマー≠フ異名を取り、超危険人物である部長の上野。武闘派で大魔神≠ニ称される副部長の大神。この二人に率いられた【機研・黄金時代】の出来事が描かれます。上野たちに引きずり込まれるように新入生の元山、池谷が入部。主要人物四人を核にキャラクター造形が際立っていますね。

有川 実は、イメージモデルになる人が存在します。上野のモデルになった人については、関係者が口をそろえて「本物の方がやばい」と言う方です。他の人物、事件についても元ネタがあったり、なかったり、虚々実々です。皆さんが「これは作り話だろう」と思う部分に、意外と元ネタがあるかもしれません。でも、それがどこかは社会的に問題があるかもしれないので、申し上げられません(笑)。『図書館戦争』を書くきっかけになった「図書館の自由に関する宣言」もそうですが、身の回りの些細なものでも、視点を変えればエンタテインメントになりうるものが、世の中にはあふれていると思います。それに気づいた途端、物語が勝手に転がり始めます。

── 学祭の模擬店で出すラーメン屋の店長に任命された元山が秘伝のスープを創出する奮闘ぶり、鶏ガラの内臓や肋骨を前に、部員たちがびびっている様子などは大笑いさせられました。

有川 「男の子の無茶さ加減って面白いよね?」ということをうまく伝えられていればと思います。私も男子だけで共有する世界に混ざってみたいのですが、一人でも女子が入ると彼らはよそいきの顔になり、【機研】ではなくなってしまうんですよ。全開の【機研】については、友だち、恋人、夫なりから聞く形でしか観測できない。直に居合わせることができないだけに、物凄くうらやましく、余計に想像力が働きます。書いているときは、彼らが好き勝手に動いているところにカメラを据えて、映画を撮っている感覚になります。それぞれのキャラクターには本当に好きに動いてもらいます。時々、作者である私の期待とも違う行動をすることがあるのですが、それでもその行動に従って書きます。私の都合でキャラクターを動かすことは絶対にしません。今回は、こんなに楽な作品はついぞなかったというくらいにキャラクターが動いてくれました。むしろ、その行動にリアリティを持たせるため、ディテールを詰めていく方が大変でした。ラーメンを作るときに使う、業務用の調理器具の名前を調べるだけで二、三日かかったり。

── 有川さんの作品は、荒唐無稽な発想を、徹底してリアルなディテールで固めています。巨大な甲殻類の大群に横須賀基地が襲われ、自衛官と子供たちが潜水艦に立てこもる『海の底』、図書館で抗争が勃発する『図書館戦争』もそうですね。

有川 ギャップは商品になるというのが私の持論です。例えば恋愛ものにしても、真っ向勝負で恋愛を扱っている作品は少なく、書くためには別の要素が必要だったりします。『植物図鑑』では雑草というファクターを入れました。要素のセット売りが好きで「バニラのアイスにチョコレートソースがかかっていると美味しいんじゃない? それとも塩バニラの方が面白いかな?」と、そんなことを考えながら書いています。私の小説を書く上での資質は、おそらく、どんな物事でもフラットに面白がれるところにあります。自衛隊でも、植物でも、男子の無茶でも、自分が面白いと思うかどうか。常にアンテナを張っていますが、何を引っ掛けるか分からないからアンテナなのであって、指向性が決まっているアンテナではありたくないなと。何にでも飛び込んでいけるのが自分の武器であると思います。

── 『キケン』は、各話ごとにトビラ漫画≠ナ始まり、最終話の大仕掛けに至るまで凄い発想です。小説を書くだけでなく、本の製作全体に関わっていらっしゃいますね。

有川 トビラの漫画は、私、イラストレーターの徒花スクモさん、デザイナーの渡辺優史さんによる三分業制で作りました。本作りに深く関わるようになったのは、デビュー二作目をハードカバーで出したことがきっかけでした。当時その出版社がハードカバーの本を出すことがあまりなく、ノウハウが少なかった。私も作家になったばかりで、わからない者同士でどうしたらいいかと相談していくうちに、作家という仕事は、本作りに関わろうと思えばどこまでも関わっていけると気づいたんです。実現するかはともかく、何かアイデアがあったら投げてみるに越したことはないという癖がつきました。その頃から、小説を書くだけではなくて、本になったときの姿を考えることが好きになりました。私は活字はレゴブロックだと思っているんです。活字を組み合わせるといろいろな文章や物語ができますが、解体していったら、それこそ「あいうえお」にまでなってしまう。どう組み立てていくかは使う側の裁量とセンス。小さなレゴを組み立てて色んな作品になるように、本を活字の集大成として、持っていて嬉しいという最終形にしたいですよね。その完成度をあげるためには、デザインなど本作りに協力してくださる人の作成時間が必要です。そこで、大元のお話を書く私が一番に気を付けているのは、〆切を守ることです。書店員さんからも「有川さんの本は装丁がいいですね」と褒めていただきますが、〆切を守っているから実現していることなんですよ(笑)。

── 今後の執筆予定を教えて下さい。

有川 自衛隊の中に面白そうな部署を見つけたので、そこを舞台にした話を書き始めたいと思っています。本の刊行では、高知新聞をはじめ何紙かの地方紙で連載中の「県庁おもてなし課」を今年中にまとめたいです。文藝春秋の『三匹のおっさん』の続編も書きたいですし、新潮社のアンソロジー『Story Seller3』にも参加します。現在発売中の『小説新潮』二月号には『キケン』の番外編が掲載されています。『キケン』に描かれた物語の前後にもキャラクターたちの人生はあって、私はその人生の一部を勝手に撮らせていただいているだけです。この番外編は、本編はずいぶん前にクランクアップしたけれど、あの時は何をしていたのかな、あれからどうしたのかな、といったことを探しに行って、とても楽しく書きました。『キケン』と一緒に読んで頂ければと思います。
(一月二十一日、東京都新宿区の新潮社で収録)


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