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『本日は、お日柄もよく』 原田マハさん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)
「新刊ニュース 2010年9月号」より抜粋

原田マハ(はらだ・まは)
1962年、東京都生まれ。85年、関西学院大学卒業、96年、学士入学した早稲田大学卒業。伊藤忠商事にてアートコンサルティングを手がけ、森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、02年、キュレーターとして独立。06年、第1回日本ラブストーリー大賞受賞作『カフーを待ちわびて』で作家デビュー。著書に『星がひとつほしいとの祈り』『インディペンデンス・デイ』『翼をください』『ギフト』などがある。この度、徳間書店より『本日は、お日柄もよく』を上梓。

『本日は、お日柄もよく』
原田マハ著
徳間書店


『星がひとつ ほしいとの祈り』
乾くるみ著
原田マハ著
実業之日本社

『インディペンデンス・デイ』
原田マハ著
PHP研究所

『ナンバーナイン』
原田マハ著
宝島社(宝島社文庫)
『翼をください』
原田マハ著
毎日新聞社
『ギフト』
原田マハ著
イースト・プレス
『カフーを待ちわびて』
原田マハ著
宝島社(宝島社文庫)

── このたびの新刊『本日は、お日柄もよく』は、二十七歳のOL「二ノ宮こと葉」が伝説のスピーチライター「久遠久美」と出会うことで言葉の大切さ、言葉の持つ力を知り、やがて幼馴染の「今川厚志」が衆議院の選挙に初出馬するにあたり、彼のスピーチライターとして働いてゆく──という長編小説です。どんな動機で発想したのでしょうか。

原田 三年前にアメリカの大統領選に臨む民主党内の予備選挙がありました。マスコミから騒がれる前からバラク・オバマには注目していたんです。オバマのスピーチは本当に上手い。それは語法が正確であるとか話術が巧みだというわけではなくてパフォーマーとして心を掴むのが上手い。オバマにはスピーチライターが三人いると報道されましたが、その中の一人が二十八歳だと知りました。若者がチームとなって世界を変えることになるかもしれない、これには心躍りました。それから、私には以前、勤めていた会社で社長のスピーチを書いていた経験があります。裏方としてスピーチの原稿を書く仕事は非常に面白いと思っていました。現実の社会現象と個人的な経験が重なったのが動機です。いざ書く上では「お仕事小説」として成立させたいと考え、OLが社会とどう係わっていくかを成長のタームとして書きたかった。何の変哲も無いOLのこと葉≠ェ言葉の魅力やスピーチというパフォーマンスと出会い、劇的に変化していく様子を書きたかったんです。二十代の女性なら、結婚への憧れとか転職をはじめ仕事の選択もあるでしょうから、誰もが経験する通過儀礼の要素はこと葉≠ノも体験させました。

── どれくらい資料を読んだり、取材をなさったのですか。

原田 連載の当初はこれほど政治や選挙が全面になるとは予想しなかったんです。でも心を打つスピーチを際立たせるには、やはり政治や選挙の世界に入って行かざるを得ないんですね。厚志君のお父さんを野党第一党の幹事長に設定したので少しずつ政治の世界が広がっていくようにしました。キング牧師やガンジーのスピーチなど、政治家や様々な人のスピーチを聞き、実際に国会議事堂に取材にも行きました。驚いたのは連載時期に小説と同じように現実でも政権交代が起きたことです。

── 久美や「今川篤朗」、厚志の由比ガ浜公会堂でのスピーチなど、感動的なスピーチは伝えたいことを三つの要点に絞って語ります。また、久美が伝授するスピーチの極意は実用書としても活かせますね。

原田 要点を三つに絞るのはスピーチの大原則だそうです。聴衆を厭きさせないためには起承転結をはっきりしなければいけない。言語体系も英語と日本語は違っていて、日本語では結論を最後に言いますが、英語は初めに言います。小説でのスピーチは英語の手法を持ち込んで、先ず結論を初めに書きました。

── 語り口はコメディのトーンが選ばれていますね。

原田 コミカルな場面やギャグを飛ばしたりする会話を書くのは好きなんですよ。こと葉≠ヘ情けないOLなのでズッコケる場面や、祖母の「驟雨」や久遠久美との会話は読者の方にも楽しんでいただきたいです。私はこれまでにケータイ小説も書きましたし、文芸誌はもちろんmixiでも小説を書いたことがあります。どんな媒体でも常に誌面の向こうにいる読者にどう伝えるかという手法の問題は考えています。今回は、若い読者に直球で伝えたかった。実は私もこと葉≠ニ同じように選挙に興味がなかった人間なので一から勉強することが多かったです。だからこと葉≠フ驚きや喜びは書いている私の驚きや喜びだったし、読者の驚きや喜びになると思います。

── 厚志の父親だった幹事長の今川篤朗はこと葉≠竚志、久美たちの人生に影響を与えた存在です。肉体は無いけれど、あたかも天空から三人を─、もしかすると小説世界を守護しているように思えました。

原田 篤朗氏は三人の回想でしか登場しない人物なんです。彼の葬儀で党首の「小山田次郎」が弔辞で、篤朗は自らを「影」と捉えていたと語ります。《影になるためには、条件がある。それは、いつも空に太陽が輝いていること。輝く太陽を享受する誰かがいること。》と認識していた。これはまさにスピーチライターとスピーカーの関係のメタファーなんですね。彼は作品自体の象徴的な役割でした。

── こと葉≠フ祖母「驟雨」や、リスニングボランティアの「北原正子」が物語の要所を締めています。原田作品では魅力的な老人がいつも登場しますね。

原田 老人フェチなんです(笑)。先人に学ぶことは自分の中に基本としてあります。私自身の身近な先人は父なんです。『キネマの神様』で「歩」の父親のモデルになっています。彼の言うことは素朴なんだけれどもとても楽しいことが多くて、フッと気が付かされることも多い。若い方がもし迷ったり躓いた時はシニアの方々が赦してくれる存在だったり、老賢者の言うことや行動が指標になりますよね。キャラを立てていく上でも年配の方を登場させると安心感があります。わたしは旅が好きであちこちを旅しますが、行く先々でパワーがあるのはシニアの方々ですね。

── 小説はこと葉≠フ視点で描写されていますが、披露宴や会社内、公会堂での演説など様々な人物のスピーチが挿入されている点が変化に富んでいますね。

原田 スピーチの言葉は、私が会場で聴衆として聞いているつもりで、同時に壇上で喋っているのを想像しながら書きました。政治のスピーチでは聴衆をアジテートすることを意識しましたし、結婚式ではお祝いの気持ちが伝わるようにするとか、TPOに応じて考えました。『キネマの神様』という作品では小説の中に「映画評論」を書きました。小説の中で小説以外の言葉を書くのはチャレンジです。

── ラストシーンでは、それまでに登場した人物が揃い、エピソードも全て回収して読後の印象は非常に爽やかです。

原田 小説の終わり方は大団円が好きなんです。『キネマの神様』もそうでした。短編小説ではオープンエンドが多いです。今回は登場人物が多かったし、一人一人手塩にかけて育てたのでその後のことも面倒を見なきゃなと考えました。

── 原田さんにはキュレーター(※)の経歴があります。この仕事が小説を書く作業に活かされた部分はありますか。

原田 キュレーターの仕事は編集者の仕事と重なるんです。例えば現代アートの展覧会を企画すると、企画に相応しいアーティストに声をかけて展示を構成していきます。文芸誌でも、特集が組まれてその特集に相応しい作家に声をかけて誌面を作り上げますよね。アーティストと接していたときに私が困ったことと同じようなことは、編集者に絶対に言わないし絶対にしません。だから編集者が私に何を望んでいるのかは丁寧に打ち合わせをします。小説はまず、編集者のために書きます。

── これからの予定はいかがでしょうか。

原田 今後、笑える小説も、シリアスな小説も、手がけなかったジャンルの小説も挑戦したいのですが、自分の大きな命題として「最後は前を向いている女性像」を書き続けていきたいです。小説で光が見えない結末は自分のスタイルではないなと考えます。私は自分の持っている力が百あるとしたら、そこに二十パーセント上乗せしたいと常に考えています。

── 小説に描かれた女性たちは原田さんの分身なのですね。

原田 自分もそうありたいと思います(笑)。読者がポジティブな読後を感じて下さっているとしたら、自分が前を向いてエネルギーを注いだ結果だと思います。



※キュレーター:主な仕事は展覧会の企画。展覧会のテーマを考えることから参加アーティストやアート作品の選択・交渉、主催する企業や美術館への企画提案・資金調達、美術品を借りる交渉までを行なうので、美術・芸術に関する知識だけでなく、企画能力・交渉能力・語学力が必要とされる。
(七月十三日、東京都港区の徳間書店にて収録)


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