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島田雅彦(しまだ・まさひこ)
1961年東京都生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒業。83年『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビュー。以来、現代文学の中心的存在として第一線を走り続ける。『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞、『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、『退廃姉妹』で伊藤整文学賞を受賞。主な著書に『無限カノン』全3巻、『フランシスコ・X』、『溺れる市民』、『妄想人生』、『快楽急行』などがある。 |
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『カオスの娘 シャーマン探偵ナルコ』
集英社
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『無限カノン 1巻 彗星の住人』
新潮文庫
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『無限カノン 2巻 美しい魂』
新潮文庫
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『無限カノン 3巻 エトロフの恋』
新潮文庫
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『妄想人生』
毎日新聞社
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『退廃姉妹』
文藝春秋
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―― 『カオスの娘』は、過去も未来も見ることができるシャーマンの少年が、連続殺人を犯した少女を救うスピリチュアル・ミステリー≠ナす。主人公をシャーマンにしたのはなぜですか。
島田 私の縄文コネクションからです。日本は自然宗教やアニミズムの伝統が根強く、しばしば文化の基礎を縄文に見出すことができます。私も縄文に対して親近感を感じていて、子どもの頃から古代への憧憬がありました。「シャーマン」は、シベリアの狩猟民ツングース諸族の言葉「サマン」に由来し、呪医、祭司、霊能者でもあります。日本にもイタコ、ユタと呼ばれるシャーマンがいて、彼らが通過儀礼を経て霊能力を高める過程は世界的に共通しています。私は旅をすることが多く、シャーマン的なものを世界各地で見聞きし、心の病が猖獗を極める現在の日本において、今こそシャーマンが必要とされているのではないかと考えたんです。
―― 二〇〇三年刊行の『エトロフの恋』にもシャーマンが出てきます。
島田 これまで、折に触れてシャーマンを登場させてきましたが、今回はシャーマン本人にヒーローになってもらい、カタストロフ(破滅)を回避する役割を担わせようと考えました。霊能者が犯罪捜査に関わる設定はあっていいし、エンターテインメント小説の主流を占めてきたミステリー界に、新機軸が出たほうがいい と考えて、不肖・島田が新機軸のスピリチュアル・ミステリー≠やってみようと。
―― 子どもの頃から夢を生け捕りにする術を身につけていたナルヒコは、不意に眠りに落ちてしまう病「ナルコレプシー」にかかり、同級生から「ナルコ」とあだ名されます。十五歳になり、シャーマンとして生まれ変わった彼が救うのは、自分を拉致監禁した魔王子≠手始めに、次々と殺人を犯していく美少女・亜里沙です。デフォルメされているとはいえ、亜里沙が遭遇する絶望的な状況は、世の中の縮図だと思いました。
島田 警察庁が家出人捜索願を受理する数は、毎年約十万人います。潜在的な数を含めればもっとすごい人数になります。家出少女は風俗産業の労働力になったり、独身男性のアパートに転がり込んだりします。ナルコは、空港ですれ違った亜里沙にとてつもないマイナス・オーラを感じますが、一目惚れをしてしまい、彼女を助けることになります。亜里沙は高校一年生のときに男に拉致監禁され、その結果、殺人を犯すことになりますが、私には彼女が死んでもいい存在だとは思えないし、小説的に考えれば、今後何をしでかすかわからない「カオス(混沌)の娘」は生かしておきたいと思いました。作者としても、彼女は楽しみなキャラクターなんです。
―― 今回の作品は、島田さんの新境地≠ニいう印象を持ちました。展開がストレートで、全体的にわかりやすい小説だと感じました。
島田 おもねる気持ちはありませんが、自分と読者の思考力をチューニングさせようという意識がありました。最近の小説読者は若い女性が多く、彼女たちの共感を得やすいのはガールズトーク系、私小説系です。文学の世界は大きく変わりましたが、日本文学はやはり私小説系がメインストリームです。しかし、私がフィクションライターの矜持にかけてこだわりたいのは世界観の提示です。私小説系がメインストリームの日本で、物語によって世界観を示すオーソドックスなスタイルは難しいところがありますが、デビュー以来ずっと物語る作業を続けてきて、今さら変えるわけにもいきません。ただ、私の小説が現在の小説読者にとって読みにくいと感じるのであれば、その壁を薄くすることは可能です。
―― 八十年代の作品に比べて、登場するアイテムが変化しています。今回はインターネットや携帯電話が使われています。
島田 テクノロジーの変化は著しいですが、使う人間の脳はずっと変わっていません。むしろ、コンピュータを使いこなすほど、脳が退化する気がします。結局、クリエイティビティ(創造性)というのは、一個の石ころでどれだけ遊んでいられるかに尽きるんです。脳のようなものを目指してコンピュータを作ったのなら、それを使って人間が五感を働かせて、何を獲得するかが重要です。
―― 今回の作品で、島田さんが示したかった世界観は何ですか。
島田 「カオス」はギリシャ神話の原初神からとりました。現代人を見ると、神話の登場人物たちにそれぞれよく似ています。どんな人物も、事件も、実は神話に原型をたどることができ、その原則がわかっている人は、大きな過ちを犯しません。人間には自己破壊への衝動がありますが、サバイバルのための知恵も備わっていて、サバイバルできる人によってカタストロフは回避されてきました。そして、生き残ろうとする本能の求めにどれだけ忠実になれるか、そういうシンプルな問題だと理解し、起きている事件と神話を重ね、絶望から救われる過程をずっと物語ってきました。例えば貧しさに追い詰められた人が、廃品の中にたまたま一冊の本を見つけ、主人公のつもりになってワクワクして読み、「もう少し勇気を出して頑張ろう」と感じるようになる、それが物語の役割なんです。そういう雰囲気を、この小説から感じてもらえたらと思っています。
―― しかし、シャーマンが解決する設定はミステリーでは珍しいです。大学教師による事件も起きます。
島田 だから新機軸なんです(笑)。現実には起きてほしくないけど、小説なんだから大学教師が大事件を起こしてもいいわけです。小説しかできないことをしないと面白くないから。
―― 続編がとても気になります。予定はいかがでしょうか。
島田 売れ行き次第ですし(笑)、今秋から新聞連載が始まるので、来年から書き始めることになるでしょうね。犯罪に は、その事件の前後で世の中が変わってしまう、犯罪史上画期的な事件というのが存在します。宮崎勤事件、オウム真理教事件などがそうです。嫌なことですが、そろそろ次の大きな事件が起きそうな気がしています。小説の続編は、その予感、もしくは実感が込められた作品になると思います。
―― 小説の力は現在、世の中にどう作用していると思いますか。
島田 今の時代も、社会に対して世界観を問うという、小説の定義自体は変わっていませんが、私がデビューした頃と比べると、世界観を問う機能がないものも小説と呼ばれるようになりました。私は、やはり、携帯小説は小説ではないと思います。誰が書いても同じ、読みやすさ優先というのは、小説ではないですよ。
実はこの間、私がつまらないと思う小説は売れるという、恐ろしい法則を発見しました(笑)。反対に、面白いと思った小説はあまり売れない。そのうち、帯に「島田がつまらないと言った!」という一文が入るかもしれません(笑)。
―― 小説をめぐる状況が変わる中、ずっと書き続けてこられました。
島田 本職ですから。お金のためというよりも、クラフトマンシップ、職人魂です。文章を磨き上げ、構成を練り、満足のいく作品を作って世の中に送り出す作業に、小説家としての快楽、喜びがあるから続けています。クラフトマンシップに忠実に生きることが、自分の精神衛生にもつながっているから、僕の本より携帯小説が売れていたって、同情してもらわなくていい。たくさん売れるがすぐに切れなくなる百円ショップの包丁と、玉鋼を使い、限定生産で手間隙をかけた包丁とだったら、私は職人魂をかけて玉鋼の包丁を作り続けたい。切れ味は抜群、切れすぎてまな板に食い込んでしまう、耐久性に優れた逸品です。
―― 四半世紀小説を書き続けてこられましたが、島田さんはまだ四十代です。今後の予定を教えてください。
島田 出版界の現状を考えると、「冬の時代」に入りそうな予感がしますが、ずっと書いてきたからこそ、冬の時代でも楽しく過ごす知恵が備わっていると思っています。しばらくは、充実の晩年≠フための準備期間です。文化の創造には破壊が付き物ですから、晩年にはあえてかきまわすための愚行をするかもしれません。小説家には、技術よりも創作意欲、欲望が大事です。後先のことを考えず、創作にかまけてしまう欲望が衰えるほうが、出版界の変化よりも心配です。今回の作品は、シャーマン探偵の誕生秘話で「青春編」。続編はさらにパワーアップします。「このミステリーがすごい!」で票が入ると嬉しいですね(笑)。
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