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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

『ベルリン・デザイン・ハンドブックはデザインの本ではない!』

クリスティアン・ボーングレーバー/編著 明石政紀/訳

BEARLIN

これからを生き延びるための「やさしい知」とは

──デザインのアヴァンギャルドの視座とその本質的な価値
評者:影山裕樹(編集者)

 かつて岡本太郎はモダニズムとアヴァンギャルドを対置し自らの芸術論を展開させたが、本書が射程とするのもまた、デザインのアヴァンギャルドの視座とその本質的な価値にある。

 編著者のクリスティアン・ボーングレーバーは、80年代のベルリンのリ・デザイン運動の立役者とされている。その時代のベルリンは、翻訳者の明石政紀が指摘するとおり、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンを始めとしたアンダーグラウンド音楽が華やいでいた頃でもある。退廃的なムードのなかで先鋭的な文化が発信された同地において、デザインもまたモダニズムを批判し、既成の材を利用して再構築することを旨とするのが、このリ・デザインムーブメントの核心なのだろう。つまりはわかりやすいインダストリアル・デザインvs.デザイン・アヴァンギャルドという構図を提示している。

 ボーングレーバーが述べるとおり、モダニズム・デザインとはモダニズムという概念だからモダンというだけの空虚な「普遍性」への欲求(安心感)を満足させるものであり、現代においてデザインを語るためには、「たくさんの微細な差異や両義性のなかをかきわけて」いく必要がある。「ベッドは単に寝床というだけではなくなり、ゴミ・コンテナも単にゴミ収納器というだけではなくなっているのだ。(中略)デザイン純粋主義者よりも、大衆誌の書き手によってずっとわかりやすく庶民に説明される。まさにこの意に沿ったのが、何年か前にエロ雑誌の表紙を飾った見出し『ゴミ収集人がゴミ・コンテナのなかで主婦を強姦。それも昼休み中に』だ」(同書より)。

 この、ボーングレーバー自身の宣言文を含めた雑多なエッセイや、チェルノブイリのフェイク・フォト・ストーリーが織り込まれた本書の体裁それ自体もまた、頽廃的な美学を反映しているのだが、注目すべきはこうした80年代のムーブメントにチェルノブイリの影が深く刻まれているという点だ。その時代感覚は、我々の現代社会にも非常に通じてくるように思う。たとえばいくつかの現代美術作家が、この日本において産業廃棄物や要らなくなったモノを利用して作品をつくることが「しっくりくる」と感じている――また多くの観客にとってはゴミにしか見えないという意味においても――のも、福島原発事故以降、ゆるやかな価値転換の時代に突入している我々の身体が、高度経済成長を経て数十年のレイヤーをまとった日用品の山のなかに埋もれていることを感覚的に理解しているからだろう。

 モダニズムのまやかしの「普遍的価値」とは、動く時間の普遍性を担保し得ていない。私たちはすでに大量生産・大量消費時代の遺物である廃材や廃屋など、人工物の自然のなかに投げ込まれて育ってきているのだ。自然の物に手を入れる技巧ではなく、膨大なゴミを身にまとう手技にこそリアリティがあるのである。ノイズを取り払った「心地の良い生活」に対置する概念として、「心地の良い知」というものがあるとするならば、戦後復興のただ中においてバラック装飾に価値を見た今和次郎のような「知」、すなわち、身の回りの廃材のなかに、既製品の老いのなかに、自らの生活する身体を記述する絵筆がある、とでもいうべき発想法こそが、緩やかに廃墟化する都市のなかで、これからを生き延びるための「やさしい知」なのである。
(編集者)


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