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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

『沖縄の〈怒〉 日米への抵抗』

ガバン・マコーマック/著
乗松聡子/著

法律文化社

◆問題を沖縄に押し込め、関係がないようにしているヤマトゥ
知念ウシ(むぬかちゃー=ライター)

知念ウシ そのように乗松さんへ簡単に返答できたわけではありません。そんなこと言うなんて「いやな奴」でしょう。でも、沖縄の先輩方は「あなたたち、沖縄のこと訴えたいでしょう? このスペースで書かせてあげますよ。原稿料はゼロで」という扱いをうけてきたのではないかと思います。問題は沖縄にあって、沖縄の人は可哀想、沖縄の怒りを表現させてあげるよと。それに耐えながら訴えてきた先輩方の努力の上に私たちはいます。しかし、こんな違和感を呑み込まなければならない、植民地主義的な人間関係が基地固定化にもつながっているのではないかと思うようになりました。だから、こういう身近なところから変えていかなければならない。面倒くさいけど。そうでないと、後輩たちがまた難儀することになる。だから、乗松さんが応えてくださったのが嬉しいです。

 県外移設論は安保容認になるという批判があります。私はもちろん安保にも基地にも、すべての戦争に反対します。けれども、安保がなくなるまでどこに基地を置いたらいいでしょう。日米安保を必要としているのはヤマトゥですから、安保がなくなるまでヤマトゥが沖縄から基地を引き取りながら自分でなんとかするしかない。それが憲法9条実現の途でもあるでしょう。

 さっきマコーマックさんが「安倍の属国主義と民族主義の矛盾」と言いましたが、それを両立させている要が沖縄だと思います。アメリカとの関係でヤマトゥも屈辱を感じているはずなのに、それを沖縄に押し込めて「沖縄問題」と呼び、自分たちとは関係ない、と感じないようにしている。だから民族主義として「日本」を掲げられる。それと4・28「主権回復の日」の政府式典のように沖縄を踏みにじる快感がセットになっている。

 沖縄の闘いは、1995年の米兵暴行事件後の県民大会から盛り上がったとよく言われますが、沖縄戦直後から、いや戦前からあったでしょう。琉球併合以来、あるいは薩摩の琉球侵略以来、あるかもしれません。その積み重ねで、私たちは闘い続けています。

 これまで米日という世界第1位、第2位の大国に抵抗してきたように、「わったーうちなーわったーむんどー」(私たちの沖縄は私たちのものだよ)と中国にも淡々と言えばいいと思います。


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