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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

『ブルーノ・シュルツの世界』

加藤有子/編

成文社

世界文学の光源、シュルツの研究史

――ポーランド文学の翻訳と交流の記録
評者:高取繁(評論家)

 二〇世紀ポーランドを代表する世界的作家ブルーノ・シュルツについては、もはや多言を要しないだろう。ポーランド出身のイディッシュ語作家アイザック・バシェヴィス・シンガーは、「シュルツはときにカフカのよう、ときにプルーストのように書きましたが、しばしばそのどちらも到達できなかったような深みに辿り着くことに成功しました」「シュルツはまた不条理の名手です」と述べた。故郷である東方ユダヤ人の集住地域ガリツィアのドロホビチ(現在はウクライナ領)で、シュルツは一九二〇年代から画家として活動をはじめ、三〇年代に二冊の短編集『肉桂色の店』『砂時計の下のサナトリウム』を刊行した。ポーランドが独ソに分割占領され、独ソ戦へと続く時代のなか、四二年にナチスの将校に射殺された。一時は忘却の淵に沈んだ作家は、二〇世紀後半に世界文学の担い手として評価されるようになった。

 このシュルツの作品を先駆的に翻訳・紹介したのがポーランド文学者の故工藤幸雄だった。一九六七年、『現代東欧文学全集』(恒文社)の一冊に、工藤はシュルツの『肉桂色の店』と『クレプシドラ・サナトリウム』を訳出した。そうして三〇年後、工藤は『ブルーノ・シュルツ全集』全二巻(新潮社)を個人訳で上梓するにいたった。シュルツの全作品をはじめ書簡や評論なども収録されており、読者はこれによってシュルツの世界を日本語で読むことができるようになったのである。

 本書はブルーノ・シュルツと工藤幸雄に捧げられた書といえる。作家であり芸術家であったブルーノ・シュルツの、とりわけ画業の側面に光が当てられ、工藤をはじめ美術家や美術史研究者が寄稿している。本書はまた、ブルーノ・シュルツをはじめとするポーランド文学の翻訳史としても読むことができ、読む者を飽きさせない。

 一〇年近く前になるが、工藤に『ぼくの翻訳人生』(中央公論新社)をめぐって話を聞いたことがある。そのとき工藤は、自分は学者ではなく文芸ジャーナリストだと語った。「独断と偏見」のない書き手なんてつまらない、とも述べた。詩人でもあった工藤はフィユトニストであり、翻訳者でもあった。本書の沼野充義氏の言葉を借りれば、「文人的」な翻訳・紹介者ということになる。そんな彼の文人肌をよく物語るのが、本書に再録された「シュルツのガラス版画について」である。

 本書の巻頭の口絵には、シュルツのクリシェ=ヴェール(ガラス陰画技法)による作品「獣たち」が収められている。一見エッチングに見えるが、一九世紀半中頃に登場した版画の技法で、大きく展開することなく短期間に消えた。それが一九二〇年代初め、ポーランドの小さな町ドロホビチでシュルツによって制作されていたことは意外だったと、美術史家の和南城愛理氏は本書の「ガラス版画について」で指摘する。東欧の「辺境」の小さな世界で創作したシュルツが、中東欧を出自とする世界文学の「コンテクスト」の光源となっていったという、沼野氏の指摘を肉付ける美の系譜がここには見られる。

 シュルツ研究の先駆者にして第一人者だった詩人のイエジ・フィツォフスキから、工藤幸雄はこの「獣たち」を贈られたのだった。二四枚に及ぶ本書の口絵は、シュルツの芸術世界を伝えるみごとなものだが小泉俊己氏の「多摩美の工藤先生、暗室のシュルツ」によると、「獣たち」が工藤の手にわたり、多摩美術大学の所蔵となった経緯にもドラマがある。工藤はフィツォフスキらのポーランド民主化運動の支援者であったのだ。

 時まさにいま、岩波ホールで『ワレサ』(アンジェイ・ワイダ監督)が上映中である。二一世紀のシュルツ研究の背後には、激動のポーランド現代史とそれに深く関わった文人たちの交流史があった。本書はその豊饒な世界の記録でもある。(評論家)

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