本、雑誌、CD・DVDをお近くの本屋さんに送料無料でお届け!

紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

遊廓は「怒り」に満ちた空間であった

――しかしながら、「怒り」の共鳴は抑圧された者たちの中に希望を生み出し、奪われた生/性を取り戻させるのだ
評者:清原 悠(社会学)

 日本社会において、「怒り」という感情ほど過小評価されているものはないのではなかろうか。デモに行けば、投票日でもないのに「そんなことをしているなら選挙に行け」と言われ、自らが受けた差別を告発する者がいれば、逆にそのような告発者=被害者を様々な形で責め立てる声が周囲から生じる。事例は枚挙に暇がないが、現代日本社会に根強くある社会運動への忌避感は、何よりも「怒り」を発する人びとを恐いと思ってしまう私たちの心性に由来しているのだろう。

 しかし、「怒り」という感情は果たしてネガティブなものなのだろうか。私たちがある問題について「怒り」を感じた時、同じ方向を向いて怒ってくれる人(他者)がいたならば、その時に私たちは自分が孤独ではない、異常者ではないと安心できるのではないか。そこに生きる希望を、世界を信じられる根拠を見出すのではないか。本書は、戦前における公娼制度=遊廓における娼妓/芸妓たちのストライキに注目し、彼女たちの怒りと、そしてそこから生み出された彼女たちの生/性への希望を拾い集めて、それらを可視化した博士論文を書籍にしたものである。

 本書冒頭で著者は、1927年に出版された娼妓・森光子の日記『春駒日記』を引用した上で、次のようなことを指摘する。「森の目を通してみると、遊廓という空間は哀しみや自己否定の感情と、それよりもはるかに強い怒りが充満した場所であるということがわかる」。日記を執筆した森は、同じ遊廓で働く娼妓たちの日常的な怒りに共感を重ねるなかで「たとい何の様な目に逢うとも、たとい、一日でも私は人間として生きたくなりました〔中略〕私自身ばかりでなく、あまたの、私たちの、姉妹の為に働こう」と脱出を意識するようになったのである。怒りとは、自分のためだけのものではなく、同じ境遇に身を置いた他者の希望でもあり、「生きるため」の共有財産でもあったのである。

 これまで遊廓をめぐる言説においては、遊廓通いをするなかでの娼妓たちとの交流をノスタルジックに語る男性(文壇人)や、廃娼運動を展開した人々に依拠したものが多く、その一方で遊廓の女性たちの「声」そのものが主役である研究書は希少であった。その理由は、何よりも当事者の「声」が多くは残されていないという制約であろう。そこで著者は、全国の新聞に掲載された遊廓でのストライキや、遊廓からの脱走および自由廃業をめぐる報道を拾い集めていく。もちろん、それは記者の目を通した記述であり、編集の手が加わったもので限界性はある。だが、当事者の「声」が直接的にはほとんど残されていないという事実そのものは、いかに遊廓という空間(制度)が娼妓/芸妓たちの主体性≒人間性を奪う場であったかを逆側から証し立てるものでもある。このように主体性≒人間性が極限までそぎ落とされる遊廓(公娼制度)の娼妓/芸妓たちに向き合うにあたっては、間接的な証拠であれ、そこに含まれている彼女たちの主体性の欠片を見逃さない態度が必要なのだ。

 このことが既存の研究に対し持つ意義は、自由廃業を最優先には主張しなかった娼妓/芸妓たちの声にも耳を傾け、それを歴史化するということに他ならない。例えば、これまでの議論では遊廓=公娼制度の非人間性を強調するあまり、この公娼制度を批判ないしは廃業しようと声を上げ、行動する娼妓/芸妓の存在だけがとかくクローズアップされがちであった。そのことで逆に過小評価されたのは、遊廓からの脱出ではなく、遊廓内部の労働条件や生活環境の改善を求める芸妓/娼妓たちの声やストライキであった。つまり、彼女たちは結局のところ公娼制度の延命(温存)に手を貸している「共犯者」なのではないか、そのような疑義がこれまで向けられてきたのである。

 しかし、遊廓からは自由に出られない娼妓/芸妓たちにとって、廃業のために警察に届け出るだけでも命がけの行為であった。矛盾に満ちた話だが、その行為自体が警官によって取り締まられたし、運よく警察署に辿りついても、届け出が受理されるとは限らなかった。結局のところ、命がけの究極の選択をしない者たちの声には耳が貸されないのと同様の事態が従来の研究にも存在していたのではないか。本書の議論からは、著者のそのような批判の声が聞き取れそうである。

 もう一つの本書の見どころは、遊廓の女性たちが娼妓になる前の職業および娼妓を終えた後の職業を追尾し、彼女たちが女中や女工などの底辺労働者と地続きの存在であったことを資料から跡付けた点だ。つまり、遊廓の女性たちが仮に廃業できたとしても、状況次第では再び娼妓として生活しなければならない条件下に彼女たちは置かれていたのだ。そして、遊廓の女性たちが「賤業」「醜業」と呼ばれ、「人間から除外」されるようなまなざしのもとでは、その他の職業の女性たちとの連帯も絶たれがちであった。廃娼運動、中でも矯風会が持っていた娼妓たちへの差別意識が批判的に検討されるようになって久しい。逆に言えば、この問題を再検討する上で「ストライキ」の方に注目してみることがむしろ重要なのかもしれない。つまり、生きる条件の改善を求める「ストライキ」は、決して妥協的なものではなく、他の職業の女性たちとの連帯を成立させる論理を含んでいたのかもしれない、そのような可能性の検討が改めて必要なのではないか。

 以上のような意義を本書は切り拓いたと言えるのであるが、著者は今後の研究として「日本軍慰安婦」にもつながる「公娼制度」そのものの批判的検討に取り組みたいと述べている。だが、そのような課題が重要なのは疑い得ないにしても、果たしてそれは『遊廓のストライキ』の著者が今後やらなければならない仕事なのだろうか。「怒り」が「希望」を生み出し、抑圧された者たちに分有されること、それが強制収容所のような場において生きる糧となること、更にはそのような空間の中で「留まり抵抗する」実践を「脱出」よりも性急に過小評価しないこと。これらの視点はイタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンによる、法によって「人間として」保護されない「剥き出しの生」の議論を参照しながら近年展開されている「ハンセン病療養施設」等の研究にも通底する問題系であり、日本軍慰安婦の研究以外にも接続を考えるべき議論は存在する。

 抑圧された者たちの悲哀、怒り、やるせなさがどのように希望やユーモアに転換されうるのか、そのような実践の具体性を見逃さず、かつ抽象的に考え抜き、生きるための論理として結晶化して現代の/未来の他者に提示してみせること、そのような困難をこれからも著者には引き受けて欲しいと思う。それは著者と同じ男性として、女性の社会運動を研究テーマに据えたアンビバレントな状況にある評者の我儘であろうか。だが、そのアンビバレントさが抑圧された人々の思いに接近し、これまで聞き届けられてこなかった人々の怒りの声に耳を傾け、希望としてつむぐ一つの回路となる可能性を信じてみたくもあるのだ。(社会学)