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本邦初の本格的かつ大がかりな楳図かずお論

――「とんでもない楳図愛」で旧来の楳図像の大幅なアップデートを目論む
評者:トミヤマユキコ(ライター/早稲田大学非常勤講師)

 著者は日本近世文学・出版史を専門とする研究者だが、一部マンガ好きの間では、楳図かずお情報満載のウェブサイト「半魚文庫」を運営する「半魚先生」として知られている。本書は、そんな彼がはじめてまとめた楳図論だ。

 「怪奇」でも「ホラー」でも「スリラー」でもない、「恐怖」マンガという名付けを自ら行った楳図の恐怖概念について論じる章からはじまって、『わたしは真悟』『Rojin』『洗礼』『神の左手悪魔の右手』『赤んぼ少女』『イアラ』などに関する論考が続く構成となっている。作品論が主だが、コマ割りなど表現論に関する章もある。

 本書を書くにあたって彼が抱いていた「夢」は以下のようなものであった。「完璧な一冊を作りたかった。その一冊で楳図のすべてがわかる。資料には遺漏も錯誤も未調査もなく、批評では楳図の思想と表現について重要な事柄をすべて書き切っている」……この「夢」を実現させるべく、全11章におよぶ論考+作品目録+年譜考略、トータル500ページを超える大著(ぶ厚い! 重い!)が完成したわけだが、それでも彼は「そんな楽しい夢から覚めた結果、いま本書がある」と述べる。夢から覚めたということは、つまり、夢の途上だということ。これだけ書いてもまったく満足していないのであり、まだまだ語りたいことがあるのだ。

 本書を読むにあたっては、この「とんでもない楳図愛」を理解しておく必要がある。観察対象を遠くから俯瞰で眺め、冷静かつ客観的に腑分けしていくような、クールな態度はほとんど見られない。とにかく熱いのだ。

 そして、この熱さの源には、ある種の「怒り」があるように思われる。楳図かずお、および、彼の作品についての理解が進んでいないことへの怒りだ。たとえば「その程度の作品理解で本話を面白いとかいちばん好きだとか言ってしまう人間は、正真正銘の悪人か、逆に途方もない善人であろう」「これが一般的な解釈であろうが、それは絶対に違う」といった、強い言葉が出てきたりするところからも、それは明らかだ。著者の仮想敵は明らかに「楳図をわかっていない人」である。たしかに、楳図のことをいつでもボーダーのシャツを着て、訴訟にまで発展した奇妙な家に暮らし、『まことちゃん』に「グワシ!」と言わせたりする「おもしろおじさん」だと思っている人は少なくなさそうだ。あるいはまた、楳図ファンの中にも、読み込みが甘い人は一定数いるだろう。そういう人たちの楳図像をこの本で一気にアップデートしてやる! という怒り≒気概もまた、本書の重要な構成要素である。

 楳図像がアップデートされるということで言えば、楳図が子どもをどのように描いたか、という部分が最も刷新率が高いのではないか。「楳図作品のいくつかが大人になることを拒否している物語」であり、楳図自身が「永遠の少年ピーター・パンを自称していた」にもかかわらず(第2章)、「子供って、あまり大して好きでもない」「子供は、猿に近いと思う。子供丸出しというところが、みんなは無邪気というけれど、でも、やっぱり丸出しというのはよくないと思う」と語ったという(第5章)。『神の左手悪魔の右手』や『赤んぼ少女』等に暴力的な子どもが登場することは、それが恐怖マンガのお約束だからというよりは、楳図の子ども観を凝縮したものとして読む方がいいのだということが、章を追うごとにわかってくる。著者が述べるように、子どもの想像力は「おぞましい」ものであり、それは「大人の想像を超えて」いる。そして、楳図の描く子どもを通じて見えてくるのは「神(生み出す、与える)と悪魔(壊す)との二つの力があり、その交点または始点が子ども」だということ(第5章)。ピーター・パンでいたい男が、子どもを残酷に、グロテスクに描くという「ねじれ」をこのように解きほぐすことで、読者の楳図理解は進んでいく。

 ただし、本書が本邦初と言ってよい本格的かつ大がかりな楳図論である以上、それは必ず乗り越えられる運命にある。本書に限らず、多くのマンガ研究関連書籍が、新たな土地を切り拓く一方、その土地を肥沃にする作業は後続に期待しているというのが実態だ。本書に関して言えば、著者は、楳図について論じる補助線としてしばしば松本大洋を引き合いに出す(楳図論なのに第9章はまるまる松本の『ピンポン』についてである)が、楳図作品の多面性をよりはっきりと浮かび上がらせるためには、おそらく、他の作家、他の作品によって補助線を引く必要も出てくる……このような「宿題」は、著者のみならず、読者にも課せられていると考えるべきだし、本書を読んで楳図の全てがわかったつもりになり、そこで思考停止などしようものなら、それこそ著者の怒りに触れかねないのではないか。「楳図論をもっともっと!」、そんな声がページのあちこちから聞こえてくる一冊だ。(ライター/早稲田大学非常勤講師)