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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

「在日特権」というデマを、世界のレイシズム現象の中に位置付ける

――真摯な問いの到達点であり、対処していくための出発点
評者:中村一成(ジャーナリスト)

 法規制は当然として、レイシズム被害の救済、防止にはあらゆる手立てが検討されるべきだ。対抗行動に教育と、やるべきことは山積している。加害者及びその行動原理たるレイシズムの分析も必要だ。いわば質的調査にあたる安田浩一著『ネットと愛国』は、彼・彼女らに届く「言葉」を探した誠実な軌跡といえるし、レイシストへの聴き取りを分析した樋口直人著『日本型排外主義』は、実効的な対策を模索した研究の結果である。

 そこに本書が加わった。著者はネット上で飛び交う差別的言説や、社会問題化したヘイトデモの背景にあるレイシズムを、米国での黒人差別研究を援用し、先行研究や対処実践への接続を目論みながら考察してみせる。

 分析の枠組みは、米国の研究で言分けられた二種類の偏見、「古典的レイシズム」と「現代的レイシズム」だ。前者は黒人を「道徳的・能力的に劣る」と見做し、後者は「既に黒人差別はなく」「貧困や失業などの格差は本人の怠慢」「にもかかわらず彼らは本来得るべき以上の特権を得ている」として、「黒人が優遇され」「自分たちは貶められている」との被害感情を募らせる。前者は「侮蔑」「見下し」として、後者は「敵視」「攻撃性」として表出され易い。後者はマイノリティの社会的地位や人権状況が改善してきた時や、積極的差別是正措置への「揺り戻し」で出現し、LGBTなどに対しても類似現象が発生する。

 似非科学に基づくナチスの蛮行への反省や、公民権運動による平等規範の確立で、古典的レイシズムがそれを口にした人間の「社会的信用」を毀損するものになっていくなか、装い新たに噴出してきたのが現代的レイシズムと言えよう。それは、「偏見」ではなく「事実」を指摘するという性質を持つゆえ、「(差別者)本人が差別と認識しない」、あるいは「差別でない」と正当化し易い。同様に、在特会が撒き散らし、少なからぬ者たちが鵜呑みにする「在日特権」なる妄想もまた、現代的レイシズムのひとつの典型と言えよう。著者は21世紀の日本で跋扈する「在日特権」というデマを、世界のレイシズム現象の中に位置付けようと試みる。

 著者がまず着目するのは「ツイッター」だ。膨大な投稿の分析から、一部の差別的なアカウントに多くのユーザーが繋がってネットワークが構築され、差別的ツイートになるほど、拡散希望が強まる傾向が明らかになる。コリアンについての発言数が上位25位までのアカウントは閲覧者数が非常に多く、そこに何らかの制限を加えるだけで差別的な投稿の流通量を10・1%減じることができる。対象を上位200位まで広げれば21・4%まで減じられると著者は言う。有益な指摘だ。さらに本書の真骨頂はそのあとの質問票調査にある。関東圏の大学生というサンプル的限界はあるが、前述した二つの偏見に、より純粋な好悪を測る尺度「感情温度」を加えた三つの指標で、インターネットとレイシズムの広がりについての調査と考察が展開されていく。

 その結果、「不平等を是認する傾向と認知的なレイシズムの複合体」としてのネット上の「保守反動」像が浮かび上がる。また、利用サイトでみれば「2ちゃんねる」は古典的レイシズム、「まとめサイト」は現代的レイシズムと相関関係を持つことが明らかになる。「2ちゃんねる」の過激な書き込みを抽出し、装飾して掲載する「まとめサイト」がより「敵視」や「攻撃性」を煽るのは予想される結果だが、深刻なのはその利用率が年齢の低下につれて高くなることだ。さらに現代的レイシズムにおいては「歴史問題において日本が加害者とされることへの反感が、在日コリアンが社会保障の対象となることへの否定的な態度と結びついている」傾向も指摘されている。特別永住資格(社会保障ではないが)や生活保護などで在日が「特権」を得ているというレイシストグループの妄言が、若い層に受け入れられ、敵意へと転化していく「流れ」が垣間見える。

 日米の異同も示唆的だ。米国では古典的レイシズムが弱まる中で現代的レイシズムが強まっていたという――この見解には米国内で反論もある――が、調査が示すのは、「(日本では)古典的レイシズムが現代的レイシズムを準備するだけでなく、逆に現代的レイシズムが強いほど古典的レイシズムも強められやすい可能性」である。また、米国での同種調査では差別を否認する傾向が強いのに対して、日本では同様の傾向は低く、むしろマイノリティの要求に対する「政治的憤り」が高く出た。「日本では差別の存在を否認しようという動機があまり生じないためであるのかもしれない」と著者は推測する。選良や公人が人種差別を「率先垂範」してきた社会的病理の現れだろう。だからこそ各種調査や裁判で、差別の存在と被害、害悪を示し、差別禁止の基本法(=規範)制定を勝ち取る必要があると評者は考える。

 本書が明らかにするのは正、負の相関関係であって、因果関係に関してはあくまでも「可能性」だ。本書で言及されている因果関係は常に、逆方向の可能性を持つ。それでも精緻な分析は現状に対処するヒントを与えてくれる。著者は偏見としてのレイシズム低減の鍵として以下の三つを上げる。「人道主義、平等主義という価値観の醸成」。「ある種のインターネットの利用(もっぱら情報収集に使う者は格差や差別を是認する「社会支配的傾向」が強くなる一方で、学習、コミュニケーションに使う者はレイシズムを示す傾向が弱い)」。そして「集団間接触」である。著者も記しているように、マイノリティ側の「努力」に解決の鍵を見る倒錯は論外だが、それでも「出会い」を否定する者たちへの対処として「触れあい」が示される現実には「展望」がある。それはレイシズムの奴隷たちを内面の牢獄から「解放」することにも繋がるだろう。

 図表が頻出する専門書だが、各節冒頭に概要を記すなど気配りのきいた構成が採られており、専門外の読者にとっても難解ではない。なにより伝わるのは著者の姿勢だ。社会現象の一つとしてレイシズムの噴出を捉える根底に、人種的差別は「悪」であり、根絶すべきとの前提が存在する。このようなことが起こらない社会をめざし、自らの立場で何が出来るか。本著はその真摯な問いの到達点であり、同時に、これから私たちが問題に対処していくための出発点である。(ジャーナリスト)