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紙面掲載した書評をご紹介 「図書新聞」の書評コーナー

  • 『大統領の冒険』
  • ルーズベルト、アマゾン奥地への旅
  • キャンディス・ミラード 著
  • カズヨ・フリードランダー 訳
  • 四六判478頁
  • 本体2600円
  • エイアンドエフ

第26代米国大統領・ルーズベルトの
探検家としてのアマゾン旅行

――1600キロの謎の川をブラジルの地図に記入した
評者:大野秀樹

 垣根涼介の出世作『ワイルド・ソウル』(幻冬舎)は、アマゾンからはじまる。

 「アマゾンに移住させることは、わが国民を死地に陥れるのと同じようなものだ」(一八九八年、初代の駐ブラジル公使・珍田)

 「アマゾンはとても外国人が住めるところではない。万一わが国民を移住させたなら、幾百名の移民は数カ月のうちにことごとく惨死するのは確実である」(一九〇〇年、同じくブラジル公使・大越)

 「日本人がアマゾンに移住すれば、三代目にはサルになる」(一九五一年、サンパウロ在住の代表的知識人・アンドー・ゼンパチ)

 一九六一年から、アマゾンでこれら三つのコメントのような生活を強いられた移民たちが、この移民事業自体が戦後の食糧難に端を発した口減らし政策、すなわち、国と外務省が推し進めた棄民プロジェクトだと知ったときにはじめる、日本政府に対する復讐劇だ。ジャングルで獣のような生活を余儀なくされる中、主人公の一人・衛藤が唯一、ブラジル原住民と接触した。それは、アメーバ赤痢に効く薬草を与えられるという幸運な出会いでもあった。

 本書は、米国史上、最も愛された大統領の一人といわれるセオドア・ルーズベルトが、三期目の大統領選で劇的な惨敗を味わった翌年の一九一三年十月から翌年四月まで、招待講演も含めて行った南米旅行を綴ったノンフィクションである。特に、十二月からブラジル高原を通過するアプローチがはじまり、二月から四月にかけてのテラ・インコグニタ(未知の大地という意味)であった〈Rio da Duvida〉(謎の川)下りが圧巻だ。十月にブラジルに入国してすぐに会った外務大臣のラウロ・ミューラーによる「ルーズベルト大佐、未開の川を下ってみてはどうです?」という一言で、予定していた比較的安全な探検ルートを変更したのだった。ルーズベルトは、困難や壁にぶつかると、必ずといってよいほどより困難で高い壁にチャレンジすることに癒しを求める性癖をもっていた。そして、自分をギリギリの限界まで追いつめ、乗り越えることによって、ことの終結と心の安息を得ようとするのだ。

 幹部隊員一一名、一般隊員のカマラダ(仲間の意味で、現地人の助っ人)一四八名ではじまった旅は、それぞれ六名、一三名で終えた。食糧や丸木舟不足などによる隊員の削減が最大の理由だが、溺死、殺人、遺棄によって失った隊員もいた。この探検は、米国側トップのルーズベルトとブラジル側責任者のカンディート・ロンドン大佐(ヨーロッパ人と原住民の混血で、アマゾンの測量遠征および原住民のサポートに生涯を捧げた)のやや異質な組み合わせが、ほとんどの隊員が生きて帰れるとは思っていなかった状況から奇跡の生還をもたらしたに違いない。お互いにリスペクトしていたからだ。殺人が起きたり、信頼できるカマラダの存在など、興味深い人間模様が描かれているが、常にこの二人が中心にいた。

 ルーズベルトは、政治家の合理的な面も加わり、目的に達するための方法論よりも、結果を出すことが何より重要だと考えた。また、カウボーイとして、ハンターとして、そして兵士であり探検家としてのルーズベルトの最も確固たる信条のひとつは、ひとりの仲間の健康状態が残りの者の命を危険に晒してはならない、ということだった。そのため、このような旅では常に致死量のモルヒネの小瓶をしのばせていた。実際、マラリアとバクテリアによる化膿とで深手を負い、自力歩行ができなくなったとき、「私はここに留まろう」という決断を述べた。

 一方、ロンドンは、ブラジルの辺境での貧しく苦しい生活体験から、結果を尊重する考え方に強く反発し、どんな場合にも彼自身の信じる法や正義のもとに行動しようとした。傾倒しているオーギュスト・コントの「実証哲学」の思想に沿って対立を好まず、ヒューマニストであった。食事中など、ルーズベルトは、ロンドンが椅子に座らなければ自分も座らなかったし、他方、ロンドンは、米国人たちに潤沢な食事をさせるために、彼の兵には食事量を減らすよう命じ、荷物を削減しなくてはならなかったときにも、カマラダたちの大切な供給食だけを捨て去って、米国人たちがより多くの荷物を探検にもち込めるようにしていた。

 「謎の川」は、川幅が少なくとも一〇〇メートルはあってそれなりの深さだったものが、このあと、なんと最短でわずか二メートルしかない峡谷を怒涛のように流れる川となるように、実に手強い川下りであった。丸木舟を失っては新たにつくった。しかし、ジャングルはさらに手強い存在であった。絶え間なく降る雨で、ありとあらゆる昆虫が軍隊のように押し寄せた。レインフォレストでは、生きとし生けるものは、動物から昆虫、そしてバクテリアまで、保身と生存への本能のままに、常に獲物を狙っているのだ。ジャングルの木の低い枝や地面には、世界でもとりわけ毒性の高い蛇がとぐろを巻いていた。毒のあるカエルやヒル、音もなく徘徊するジャガーなどが急襲するのだ。加えて、目には見えなくても必ず存在する謎の原住民(シンタ・ラルガ‥太いベルトの意味で、腰に太い木の皮を巻いている)は、いつ何時、毒矢の雨を降らせるかも知れなかった。

 川と森の間を行きながら、隊員たちは、分厚い森林の緑をとおして、原住民の声をはっきりと聞くことができた。しかし、姿が見えないばかりに、それは余計不気味さを増した。原住民が一行を取り囲んでいることは、火を見るよりも明らかだった。シンタ・ラルガの意見は分かれていた。何人かは、外からの侵入者からは隠れていた方がよいという意見だった。逆に、他の何人かは、攻撃するべきと主張した。不思議な男たちは招かれざる侵入者であり、害を及ぼさないとは限らない。そして、一行が携帯している食料や価値ある道具類を奪うことができる。結局、シンタ・ラルガは彼らを見逃してくれた。これが、彼らが生還できた最大の理由であろう。シンタ・ラルガは、伝統的な意味での村長をもたず、すべての決断が全員の合意によらなければならなかったのだ。幸運にも、ルーズベルトたちは原住民に出会うことはなかった。

 これほど痛快でワクワクする物語は、めったに見られるものではない。

(社会医療法人財団大和会常務理事・杏林大学名誉教授)