ヤングアダルト小説で最近、目立ってきているのが、詩形式でかかれた/詩がキーとなっている作品。カーネギー賞や全米図書賞など、主だった賞でも常連となりつつある。短い言葉でイメージを喚起しつつ、ストーリーを紡ぐ形式が、今の時代に合っているのかも?
原文で読めば、独特の韻やリズムを楽しめるうえに、最近はオーディオブックという優れものもある。20年以上前の名作から現代の作品まで、ふだん原書を読まない人もぜひトライしてみてほしい!
英米文学翻訳家。主な翻訳書に、『エヴリデイ』、『ジャングル・ブック』、『月のケーキ』、『ダリウスは今日も生きづらい』、『THIS ONE SUMMER』。
『子どもの本ハンドブック』、『12歳からの読書案内(海外作品)』、『今すぐ読みたい!10代のためのYAブックガイド150』などに海外文学紹介文を執筆。
白百合女子大学、東京女子大学ほかで講師を務める。
『Love That Dog』
(あの犬が好き)
Love That Dog: A Novel
Sharon Creech
ちょっとしたきっかけで、詩の魅力にとりつかれてしまった男の子の物語。
ジャックの新学期が始まった。ストレッチベリ先生の授業では、毎回、いろいろな詩が紹介される。ジャックの最初の反応は、「いやだ/だって、女の子のもんだよ。/詩なんてさ」「よくわかんないよ、/あの詩」。それでも、先生の朗読をきいているうちに、すこしずつ、詩はジャックの心をとらえていく。そんなジャックが傾倒するのは、ハーレム育ちの詩人ウォルター・ディーン・マイヤーズ。ついには、「ウォルター・ディーン・マイヤーズさんの詩に感動して」という詩をかくのだ。物語の最後に用意された、ジャックへのサプライズもすてきなので、ぜひ本書を手にとってほしい。作者のシャロン・クリーチ自身、ウォルター・ディーン・マイヤーズの大ファンだそう。本書に登場させたことも、マイヤーズ本人に了解をとったそうだ。
『Out of the Dust』
(ビリー・ジョーの大地)
Karen Hesse
舞台は大恐慌時代のオクラホマ。14歳のビリー・ジョーが1934年から1年間の出来事を散文詩で綴った日記が本書だ。3年間雨が降らず、干ばつと嵐で小麦は育たない。乾ききった土地に強風がふきつけ、土ぼこりが舞いあがり、家の中まで入りこんで、すべてを覆いつくす。「草がないから水はなくなり/土は乾いてくだけて塵や埃になり/風に吹かれて/地面から離れ/空中にまいあがり/散っていく」。そんな過酷な状況下で、ビリー・ジョーの支えとなり、未来への希望となっているのはピアノだ。しかし、そんなある日、おそろしい事故が起こる……。ビリー・ジョーに降りかかる数々の困難は、読んでいて息苦しくなるほどだ。だが、だからこそ、彼女が見せる強さに圧倒される。
日本語訳を手掛けたのは、詩人の伊藤比呂美。英語・日本語ともにぜひ声に出して読んでみてほしい。詩の持つ力に圧倒されると思う!
『The Poet X 』
(詩人になりたいわたしX)
Elizabeth Acevedo
15歳のシオマラはドミニカ共和国の移民2世。ニューヨークのハーレムの中でも、特に中南米からの移民が多い地域で暮らしている。厳格で信心深い母親は、肉体も精神もぐんぐん女らしくなっていく娘をしばろうとし、シオマラはそんな窮屈さをノートに詩を綴ることでなんとか発散させている。そんなシオマラの心に気づいた学校のガリアーノ先生は、彼女をポエトリー部に勧誘する。最初は反発していたシオマラだが、だんだんとスポークンワードポエトリ―の魅力にハマっていく。「言葉は、ありのままの自分を解き放つ手段」だから。
スポークンワードポエトリーというのは、声と身振り手振りを使って、観客の前で詩を語る芸術的パフォーマンスを指す。バイデン大統領の就任式で人々をとりこにしたアマンダ・ゴーマンのパフォーマンスを覚えている人も多いと思う。今、なぜ詩が「熱い」のか、この作品を読めばピンと来るはず。
『Long Way Down』
(エレベーター)
Jason Reynolds
「銃を持ったことはない/手を/触れたことさえない/予想より/重たい/新生児/を抱いてるみたい」。銃を新生児に例えるような世界で暮らしているのは、15歳のウィル。物語は、ウィルが、地元のギャング抗争に巻きこまれて殺された兄の仇を果たすため、8階でエレベーターに乗ったところから始まる。そして、物語の終わりはロビー階に降りたところ。つまり、物語は8階から1階までおりるわずかなあいだの出来事を語ったものなのだ。いったいウィルになにが起こったのか?
作者のジェイソン・レナルズは今、のりにのっている作家だ。『ゴースト』、『オール・アメリカン・ボーイズ』(ブレンダン・カイリーとの共著)など次々と話題作を出し、今年(2021年)には『Look Both Ways』がカーネギー賞を受賞。詩集も出しており、ベストセラーとなっている。本作は、著者自身が19歳のときに友人が射殺され、その復讐を企てた実体験に基づき執筆された。銃撃戦で身近な人が殺されるのが日常茶飯事となっている地域で暮らす若者がいる。そんなアメリカの一つの現実を突きつける作品だ。
『On the Come Up』
(オンザカムアップ)
Angie Thomas
主人公のブリは、ラッパーとして名を成すことを夢見る高校生。ギャングに殺された伝説のラッパーである父は永遠の目標だ。
ブリの高校は多様な生徒を受け入れることをモットーとしているが、その実、校門の持ち物検査などでは、黒人やラテン系の生徒がターゲットにされている。そしてある日、ブリも白人の警備員から暴行を受ける。仲間は、その時の動画を公開しようと提案するが、ブリは抵抗活動のイメージキャラクターにはなりたくないと拒否。だが、抑えつけても抑えつけても抑えきれない感情は、ブリの口からラップとなってあふれだし、人々を動かしていく。
作者のアンジー・トーマスの前作『ザ・ヘイト・ユー・ギブ あなたのくれた憎しみ』は、BLM運動の発端となった白人警官による黒人射殺事件を真正面から描いた作品だった。2020年のBLM運動の盛り上がりに合わせ、映画がネットフリックス等で無料公開されたのも記憶に新しい。トーマス自身ラッパーでもある。ラップバトルなど、今のアメリカの一シーンをうかがい知るにも最高の一冊だ。
『Salad Anniversary』
(サラダ記念日)
Machi Tawara (著)
Juliet Winters Carpenter 訳
最後にちょっとちがう視点から一冊紹介したい。「”This tastes great,” you said and so/the sixth of July——/our salad anniversary」。これを読めば、すぐに日本語訳(?)が出てくる方も多いはず。本書の原書『サラダ記念日』は、1987年に発行されるや否や、歌集としては異例のミリオンセラーとなって社会現象を引き起こした。歌人俵万智のその後の活躍はみなさんもご存じのとおり。
本文はもちろん、解説には、「tanka(短歌)」についての説明や、翻訳の難しさなども書かれていて、興味深い(そもそも5-7-5-7-7は、英語の場合どうやって数えるのか?)。日本には長い詩の歴史がある(本書でも短歌(和歌)の歴史は1300年と紹介されている)。今回ご紹介した本から、詩の魅力を再確認して頂けたらとても嬉しい。
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