著作「夜のピクニック」で、二〇〇五年本屋大賞を受賞された恩田陸氏。「夜のピクニック」のテーマは、「青春はしょぼいものでも振り返れば輝いている」だと語る恩田氏、その趣旨は?今まで自らが書き上げた作品の集大成との位置づけをしたこの受賞作への思いを愛情をたっぷりと語っていただいた。
●震度計代わりの本
恩田さんは読書家ですよねっていわれることが多いんですが、本好きですけど、読書家ではないんですよ。読んだ内容、すぐ忘れちゃうし(笑)
とにかく本が好きなんでしょうね、まず、本を買うことが好き。
本の量がとにかく多いので、並べ方にも気をつけています。平積みが一番崩れないんですよ。本棚に入っていると、揺れで本棚が傾くと本が全部崩れ出てしまうでしょう?
並べ方に気をつけていると入っても、部屋中に本が並んでいるので、震度5までは大丈夫なんですけど、それ以上になると大変なことになっちゃうんですね。
この間、大きな地震があった日がありました。ちょっと出かけてて、その地震があった日の昼に帰ってきたことがあったんです。家に入って本が崩れている部屋を見たときには、最初、泥棒が入ったのかしら!とかって本当に驚いたんですけど、違う、これは地震があったんだ!それも震度5以上の!って気がついたんですよね。その日の夕刊を見てみるとやっぱり!って(笑)
もう、部屋の中は何年かかっても読み切れないほどの本があるのに、それでもやっぱり買っちゃうんですよね。
書店に行くこと自体も好きなんですよね。書店にいるとなごめるし、書店に流れる雰囲気が好きで、その中で、目についた本を片っ端から買うのが、私の気分転換なんですね。
本から感じる雰囲気を感じ取って手当りしだいに買います。装丁が気に入ったから買うという買い方もします。最近の書店は本の並べ方にも工夫されていますし、書店の隅から隅まで歩き回って、ありとあらゆるジャンルの本を見ます。
そうすることで、自分の中に、いまなんとなく何がきているのか、何が注目されているのかといった情報をインプットすることができます。情報収集ができるんですね。
ですから、手に取る本もジャンルにこだわりがなくて、なんでも気になるものは読むといった感じですね。
●ジャンルミックス
私の書く小説が多くのジャンルに渡るのはなぜかといった質問をされることも多いんですけど、私の世代では、子どものときからテレビがあって、アニメやマンガや、いろんな情報を受け取りながら育ってきていますよね。
日常の中でジャンルミックスは当たり前になっていますし、自分としては、あえて意識してジャンルミックスをしているつもりはないんです。
私の作品はミステリーとかホラーとかはっきり分けられないものが多いんですよね。
改めて考えてみると、子どもの頃から多くの本を、ジャンルの分け隔てなく読んできてよかったなと感じることはありますね。
読書も好きでしたけど、子どもの頃から、マンガはいっぱい書いていましたけど、それは自分が読んで面白いと感じたものを追体験したいだけでした。小説家にはいつかは、ずーっと先になりたいなという漠然とした思いしか持っていなかったんです。
●デビュー秘話!?
人生でひと仕事して、引退してから小説を書きたいと、漠然と昔から考えていました。
社会人になって立派な仕事をして、年をとって、じゃぁ隠居しますといってから小説を書き始める、私には小説家ってそういうイメージだったんですね。
こんなに早くデビューするとは思っていなかったので、それは不思議だなと今でも思っています。
私が社会人になったときは、バブルの絶頂期だったんです。仕事が金融関係で、アナログからデジタルに移行するという時期だったので、ものすごく忙しかったんです。
それこそ、本を読む暇もない。それで、イライラが溜まっていったんですね。それが「六番目の小夜子」を書くきっかけになったんです。本当にもう、気分転換!っていう勢いで書いた。あんなに忙しくなかったら、小説家デビューはもっと後になっていたと思います、いまもまだ、本を読む楽しさを追及していたでしょうね。
●本屋大賞を受賞して
とにかく、本好き、書店好きの私なので、今回の「本屋大賞」をいただいたことは、本当に嬉しく思っています。書店の皆さんの支持で決まる賞をいただけたというのは、本当に、本当に光栄です。
去年の小川洋子さんが取られたときから、いい賞だなぁと思っていたので、次の年に自分が貰えるなんて、本当によかった!というか、この賞ができてからこの本が出てよかった(笑)純粋に嬉しいです。
書店員さんは、きっとこれまでもずっと私の以前の作品も読んできてくださっている人たちだと思うので、その上で、本屋大賞に「夜のピクニック」をと選んでくださったというのは、私も小説家として少しは成長したんだなと思いました。
●オマージュなき新作
「夜のピクニック」は、今までの私の作風から少し違うといわれることもありますが、自分ではそういう意識はないですね。むしろ、これまでの集大成的なものになっていると思います。
この作品は、特にあらすじもなく、何も起こらないんです。これまではあらすじ作りにはすごく苦労してきたので、私にとっては「いまだから書けた作品」だと思っています。
新たな作品の構想を練っていくときには、読者にどう受け取られるかというあたりはあまり深く狙っていくタイプではありません。
どちらかというとすごく漠然としていて、今回はホラー寄りとか、今回はSF寄りとかいう程度しか考えていません。あとは、いつも先行作品へのオマージュがあるので、昔読んだあぁいう本とか、あのときのあの映画のような雰囲気とかっていう感じで始めるんです。「夜のピクニック」には、オマージュが何もないので、そういう意味では今までの作品とは違うのかもしれません。
自分としては、とてものびのびと書けたという印象があるので、やっぱりそういう意味では集大成だったのかなと感じています。
これからの私にとって「夜のピクニック」は、マイルストーンというか、これで次のステップへ行こうと思えるような本になったと思います。
●愛すべき主人公たち
私が小説を書くときのヒントは、映画を見たり、旅行に行ったり、ニュースを見ていたりといった日常生活の中から得ていくことが多いです。
「夜のピクニック」は、私が通っていた高校の学校行事が舞台です。行事そのものは、ほとんど忠実に再現されているはずです。
高校では、もちろん、文化祭など他の行事もたくさんあったわけですが、極限状態を体験するこの行事は特別で、卒業生が高校生活を振り返って一番最初に思い出すのは「歩行祭」なんですね。いまではもうすっかり美化されていて、どんなに苦しかったかなんて、みんな忘れているんですよね。
これで誤解して、あれをやりたいっていって私の母校に入ってくれる人が出てくるんじゃないかとちょっと心配です。「小説とは違うじゃないか!」と文句を言われるんじゃないかと(笑)
こうした歩行祭のような行事をやっている学校は案外多いようで、読む側が自分の体験に引き寄せて読めるというところが、多くの読者に支持していただいた理由の一つかな、と考えることもあるんです。
今回の登場人物の中では、一人だけモデルがいるんです。
高見君という男の子なんですが、私の高校時代の同級生がモデルになっているんです。皆さんの周りにも、こういう男の子は、きっと一人はいるんじゃないでしょうか?
そのほかの登場人物は、実在のモデルはいません。他の登場人物は、みんな私の分身というか、私の一部分ずつが登場人物のみんなに入っているという感じでしょうか。
中でも、私が一番好きなのは、遊佐美和子なんです。こういう女の子になりたかったなぁと思うような女の子が遊佐美和子なんですね。読者には、戸田忍ファンが多いようですけどね。
私は、受身のキャラというか、ある種達観したキャラクターにシンパシーを覚えるところがあります。能動的に動いて、自分から運命を切り開くぞ!っていう積極的なキャラクターって、もしかしたらあまり好きじゃないのかもしれない。それで、つい淡々とした性格の人物を主人公にしてしまうところがあるのかもしれません。
今回の登場人物も皆、どこか淡々として、高校生にしては大人っぽい雰囲気を持っているかもしれませんが、私の周りにもこんな雰囲気を持った子たちはいたので。
●テーマは青春の耀き?
青春はしょぼいものであるっていうのが、私の持論なんです。子どもの頃は、青春って、16歳とか17歳の頃って何かすごいことがありそうだと思っていますよね。映画の主人公になる年齢も17歳ぐらいが多いですから。でも、実際自分がその年になってみると、何か劇的な事件がそうそう起こるものでもない。普通に過ぎていくわけです。
とはいっても、彼らは彼らなりシビアな現実を抱えて迷ったり悩んだりしている。現実は結構厳しいんですよね。
でも、後から振り返ってみると、なぜか輝いて見えたりして…。
青春はしょぼいし、現実は厳しい!でも後から見るとやっぱりいい時代だったねっていう話にしたかったんです。
いい時代っていっても、その時代に戻りたいとはかけらも思わないです。あくまでも後から振り返ると、あれはあれで幸せだったと思える時代の輝きみたいなものが伝わればいいですね。
「夜のピクニック」の主人公たちは、あるシビアな問題を抱えているわけです。でも、それは決して彼らが悪かったわけではなく、必然的に抱えてしまった問題があるときに、人はどうするんだろうと思ったわけです。本人同士が望むと望まないに関わらず、お互いに関わっていかなくてはいけないという関係を書きたかったんです。
●キャラは自分で育つもの
私は、最初からかっちりとキャラクター設定を固めておかないんですね。
今回の場合は、本人同士の意思に関わらず接触していかなくてはいけない相手に対してのわだかまりを抱えた貴子と、その相手、貴子の親友として美和子と杏奈、周りの友人たち、その親たちというように設定が広がっていくわけです。
そして、物語が進むうちに、彼らが言葉を持ち、成長していくんです。しゃべらせてみないと、性格ってわからないですからね。
セリフをしゃべらせてみて、なるほど、こういうこという子なんだ、と…。そこでその子の友人ならこんな子だろうという風に、広がっていくんです。
「夜のピクニック」に限らず、私の小説はそんな風にして、登場人物が決まっていくことが多いです。
●読書は最高の娯楽
ぜひ、いろんな本を読んでいただきたいと思います。これだけたくさんの本がある中で、どうぞあなたの好きなものを選びなさいといわれれば、かえって選び出すということが難しくなっていくものだとは思います。でも、読書に勝る娯楽はありません。体が弱っても読めるし、場所も選ばない。
読書って孤独な作業なんですが、孤独だけれども世界につながることができるメディアだと思います。そういう喜びを知らないでいるのは、すごくもったいない。
ですから、ぜひたくさんの本を読む機会を持ってほしいです。
これからの私は、といえば、もっと芸域を広げて、書けるジャンルをますます増やして行きたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。
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