近頃の小学生は、本を読まない子が増えている。しかし、本を読めと言うだけでは、子どもは動かない。家なら、テレビの方がおもしろい。テレビゲームの方がもっとおもしろい。あえて活字というならマンガの方が子どもの心をとらえる。この子どもたちの活字離れは年々進み、学校現場にいる私は危機感を持ち続けていた。
本を読むことの喜び、楽しみを知らない子がいる現実に焦りさえ感じていた。その頃、林公先生が『朝の読書が奇跡を生んだ』の中で提唱する「毎朝、始業前の10分間、全校一斉に、好きな本を読む」といういたってシンプルな活動に出合った。校長になったら学校経営の中にこの実践を取り入れたいという思いが膨らんでいった。そして3年前現在勤務している本校に赴任した。私のかねてからの思いであった「朝の読書」の提案に先生方は理解を示し、快く受け入れてくれた。全校体制で「読む時間」と「場」を子どもたちに保障したのである。そして本校でも「小さな奇跡」が次々おこっている。本嫌いだった子が身近に本を置き、喜々として読んでいるではないか。放っておけば1ヵ月間1冊も本を読まない子が、毎日読書する姿が見られだした。
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子どもたちの変容に無上の喜びを感じて3年目を迎えている。本を読むことの魅力を体験的につかんでもらいたいという願いが実を結びつつある。朝の全校読書の約束事は、マンガ以外はどんな本でもいいこと、教師も一緒に読むこと、読書感想文や読書の記録のたぐいはいっさい求めないことでスタートした。保護者に理解を求め啓発するために学校便りや年度始めのPTA総会で「朝の読書」の取組みを紹介した。入学したばかりの1年生には自分で本を読むということは抵抗があるので、6年生が交代で紙芝居をしてくれている。
今年度からは保護者や地域の方が1年生の教室に「読み聞かせ」に来てくださることになった。昼休みや放課後のお母さん方の読み聞かせは伝統的に続いていたが「朝の読書」への導入は初めての試みであった。特に地域のボランティアの方による読み聞かせは好評で、中には孫の絵本を抱えてうれしそうにやって来てくださる方もいる。学校へ気軽に足を運んでいただけるきっかけになればと期待している。まさに「開かれた学校」づくりにもつながる。
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「朝の読書」へのアンケートも興味深い。「本を読むことが好きになった」「朝の読書の時間が楽しみ」の項目は年々ポイントが上がっている。また「学校以外の図書館や本屋へよく行く」「すらすら本が読める」など読書をしてよかったと実感している子どもが確実に増加している。
「朝の全校読書」の成果として先生方も異口同音に本好きの子の増加をあげている。読む本のジャンルが多様になったとか、じっくり味わって読む姿が見られるようになったなど一人一人の読みが変化してきたこと、本をゆっくり読むことができる環境(時間と空間)が整えられ、読書習慣が身についてきた。集中力もついてきた。全校がシーンとなり朝から落ち着いた学校生活が送れる等々…。
今後の課題として、個人差にどう対応していくか、日々の読書指導にどうつなげていくか、また、学級文庫や図書室の本の充実が一層望まれる。
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子どもの感想の中に「ぼくは1年生の時、本がだいっきらいでした。朝の読書を始めて本を読むのがわくわくするようになりました。今では夢中になって読んでいます」という声を聞くにつけ、朝の読書が子どもたちを変え、本好きな子が増えているという思いを強くしている。「朝の読書」が「だれでも、どこでも、いつでもできる」簡単な方法であることはだれでも理解できる。しかし、教師間の意識統一が何より大事である。全ての教師が歩調を合わせて取り組んでいくことが成功の秘訣である。全ての子どもに読書の喜びを味わって欲しいと願っている今日この頃である。
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