毎朝8時10分が近づくと生徒は教室から職員室の前を通ってその奥の図書室へ向かう。職員朝礼と並行して行われる生徒たちの10分間の「朝読書」である。小さな図書室には中央に丸テーブルが置かれており、みんなそれを囲んで静かに本を開く。職員の打ち合わせが済むまでは生徒たちだけでその時間を過ごす。聞こえるのはページをめくる音だけ…。終わりを告げるチャイムが鳴ると、生徒は本を閉じ、めいめい教室へ戻っていく。5年前に始まった本校の「朝読書」も当初は職員が交代で図書室にいたが、それも1年後には生徒だけで実施できるようになったと聞く。以来、生徒にはそれが当たり前の朝の習慣として定着している。生徒たちだけで「朝読書」の時間を過ごす…大丈夫かな、と転勤したばかりの私はいぶかしく思ったが、それがここならできるのである。その理由は本校の特色によるものが大きい。
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本校は、島根県益田市の中心部より南東へ18qの、緑いっぱいの山間部にあるいわゆる「へき地校」である。昭和40年頃を境に、2、000人近くいた人口は急減し、現在は人口456人、世帯数182戸となっている。昭和22年開校の歴史の中で、一時は168名いた生徒も過疎化・少子化の影響を受け、とうとう平成20年度は全校生徒数がたったの6名という極小規模校となった。
そして本校の特色はなんといっても、地域と密着した学校活動である。本校の図書室は生徒ばかりでなく、地域にも開放されており、保護者・地域の方へ貸し出しもある。世帯数が少ないだけに、地域での生徒は「○○さんちの△△ちゃん」と、ほとんどが顔見知り。しかし小規模校とはいえ、学校行事や地域の行事はとても盛んで、運動会、文化祭は小学校、中学校、公民館が一緒になって盛大に行われる。「総合的な学習」では地域のボランティアの人材が豊かで、地元の民俗芸能や陶芸、炭焼きなどの指導に、地域の方が喜んで学校を訪れてくださる。時には山でいのししが獲れたと持ってきてくださり、自分たちで作った炭をおこして「しし汁」を作ったり…と本校ならではのこともある。このようにこの地域は開校以来ずっと、学社融合の教育が当たり前に行われていたのである。そんな地域に育まれた生徒たちは、当然、のびのびと素直に成長している。それがあらゆる教育活動に活かされている。
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本校には生徒指導上の問題行動はない。古い木造校舎も純朴な生徒も、一見、古きよき時代にタイムスリップしたかのような学校である。しかし、今やメディアの影響は都会も田舎も変わらない。生徒は最新式のゲーム機を持ち、インターネットを通じて最新の情報・物を手に入れることができる。放課後は部活動、家庭では本よりテレビやゲームに接する時間が多い。朝読書を静かに行うとはいっても、中には「活字を読むのが面倒くさい」という生徒もいる。ゲームは大好きだが本は嫌いだというその生徒は、朝読書にはゲームに出てきた「三国志」や「織田信長」の本を選んでいた。そんな生徒にとっては「朝読書」はたった10分間でも本の世界に接する貴重な機会なのである。それが呼び水となって本に親しんでいけばいい。現に朝読書がきっかけでお気に入りの作家ができた生徒や、家庭でも読書の習慣がついた生徒もいる。時には生徒同士で本を紹介しあう場面も見られるようになった。
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「みんなで、10分間、好きな本を、ただ読む」そのことが定着した今、『もっと読みたい』と思えるような読書習慣につなげていってほしい。強制ではなく、好きなジャンルから毎日継続して取り組むことができる「朝読書」こそ、その近道なのではないかと考えている。
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