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「始まる前の数分間」 が心をつなぐ

長野県中野市 県立中野高校
▲中野高校の朝の読書風景

 中野高校で一時間目の後、全校で毎日朝の読書を始めて一年が経過した。本が好きになるかどうかは幼児期の読み聞かせで決まるとも言われるが、本校では幼児期に本を読んでもらった記憶の無い生徒が三割もいる。果たして朝の読書は成立するのか、半信半疑で実施に踏み切った。一年間の試行錯誤の中で、朝の読書は一人一人が本の世界と出会うだけでなく、教師が生徒の心に寄り添う実践であると実感した。

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 朝の読書の導入を考えた平成12年に、静岡県立新居高校の田中哲彦先生に職員研修会の講師をお願いし、そこで生徒の心に寄り添うコツとして「たゆみなく仕掛け続けること」を教えていただいた。すでに中学時代に朝の読書を体験してきた若い先生が「一年間同じ本を開いていただけで読んでいませんでしたよ。もっと働きかけをされてたら違ったかもしれませんが」と話してくれたが、ただ時間を設け、学級文庫を用意しただけでは、生徒のやる気は引き出せない。『みんなでやる』ためにこそ、一人一人の心に訴えていくことが大切だと感じる。教師は『ただ読むだけ』でなく、何かを仕掛け続ける必要がある。
 一学年である私のクラスで、当初「自分で本を持ってきて読みなさい」と言っても生徒は全く動かなかった。『好きな本でいい』というのは、実は読書経験の少ない生徒にとってかなり難しいことだった。そこで読めない生徒に絵本を手渡すことにした。ある日「読め」という言葉は「勉強しなさい」と何ら変わりがないことにふと気づき、「今日はどんな本が読みたい?」「あなたにはこの本がオススメだよ」という声かけに変えたところ、効果があった。一人一人の心に届くメッセージになり、生徒を喜ばせ、心の距離が少し縮まった。日替わりで何冊も絵本をめくるうちに、ページを開けば何かおもしろい世界があることもわかって来たようだ。『毎日やる』ことだから、まだ一冊の本に集中できない生徒にトライ&エラーを繰り返すことができる。すると意外にも斉藤隆介の昔話に反応をしめしたりするからおもしろい。

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 佐藤健著『イチロー』を三ヵ月かかって読み終え、数冊他の本を眺めてからまた『イチロー』を読み出した生徒がいた。「よくわからない所があるからもう一度読むんだ」と言われて驚き、感動した。ぼんやりしている日も寝ている日もあった。けれども毎日10分だからそれも許せる。活字にアレルギーを感じている生徒が読めるまで待っていてやれる。副担任の先生も率先して生徒に声をかけてくれ、冬になってようやくそれぞれの好みで落ち着いて読めるようになっていった。私は読書の始まる数分前を最も貴重に感じている。生徒の好みや今必要としている情報を素早くつかみ、心の成長を援助するための時間なのだ。だから性教育やたばこ、ドラッグ系の本も学級文庫に多く入れ、知りたい時に正しい知識が得られる状態にもしてみた。朝の読書が始まる前の数分間で、授業とも違う、面談とも違う、雑談とも違う、今必要とされている新たな生徒との関係が結べそうな気がする。

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 来年度も朝の読書を続けるかどうかずいぶん揉めたが、「この実践に賭けてみたい」という一人の発言が先生方の心に響いた。来年度に向け学級文庫を選ぶ時、男子高校生の読めそうな本が少ないことを感じる。スポーツ系は充実しているが、技術開発や経済、歴史などは、サラリーマン向けで難しすぎる。もちろん需要がないに等しいのだから出版されにくいのは当然だが、「俺、歴史物が好きなんだけど、主人公の名前が読めないんだよ」という笑えないつぶやきを聞いたことがあり、高校生であるという自尊心を傷つけない表紙で、ルビ付きの読み物を探すのに苦心した。
 誰でも何かを知りたいという欲求がある。そして教師は生徒のその欲求に答えたいという願いがある。来年もまた新たな心のつながりが結ばれると信じたい。


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