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「朝の読書」を自ら楽しむ

香川県善通寺市 市立西中学校
▲西中学校の朝の読書風景

 二年前、年度当初の学年団会で私は少しいらだっていた。始業前の自主学習をどうするかという細々とした話し合いが長引いたからである。つい私は「勉強も悪くはないが、本を自由に読ませるのもいいのでは」と口走った。すると間髪入れず「それはいい」とある国語科の女性教員が賛同してくれた。私の記憶の片隅には、『文藝春秋』で読んだ「朝の読書」のことがあった。一方彼女は前任校で道徳の本を自由に生徒に読ませ、その時間が充実したという経験をしていた。
 そうして2000年4月から2年の5クラスで、週1回の「朝の読書」が始まった。実施するからにはそのメリットを、生徒にそして同僚に明示しておく必要がある、そう考えた私は「『朝の読書』 二十一の効用」をまとめ、廊下・教室に掲示した。

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漢字が読めるようになる/漢字が書けるようになる/言葉の意味がわかるようになる/作者の言いたいことがわかるようになる/文章を速く読めるようになる/長い文章を読めるようになる/思ったことを文章に書けるようになる/「毎日の記録」(注――生徒の生活記録)がスイスイ書けるようになる/会話、作文で使える言葉が豊かになる/授業への集中力が身につく/国語がもっと好きになる/物知りになる/成績がアップする/家族・友だちとの人間関係が深まる/自分自身と対話できるようになる/しっかりしたものの考え方ができるようになる/心がやさしくなる/品位と落ち着きのある人になる/自分に対する自信と誇りが生まれる/生きる勇気と明日への希望がわいてくる/あと一つは自分で考えてみましょう。以上、二十一項目である。
 この「効用」、実は内心秘かに「完成度が高い」と自負している。事実、K県立A高校の図書館ニュースに掲載されたり、T県のある小学校のアンケート調査項目に使われているのを偶々見かけ、驚いたことがある。

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 このように始まった実践は同僚・上司の理解・協力も得て順調に進み、2学期からは週3回に拡大された。続けて翌平成13年度は新3年・1年で週3回、2年で週1回と学校全体に広まった。ただ職員会で「朝の読書」の実施について話し合ったことがなく、各学年の取り組みという位置づけであったため「これから先継続されていくだろうか?」と危惧も覚えた。
 そこで、同僚諸氏に「朝の読書」への理解をさらに深めてもらいたいと考え、教員向けに「朝の読書」通信・『あさどく』を発刊することにした。A4・一枚で両面印刷、週刊。
 連載記事として、「朝・読あれこれ」で例の4原則を解説、「生徒が語る朝・読」で「朝の読書」に関する生徒の感想、そして「山椒の実」で教師が読んだ本の中から気に入ったくだりを紹介する、というスタイルを採った。加えて、その時々の読書関係のニュースを紹介したり、小説も執筆連載した。当初「朝の読書」に全く理解を示さなかった教師・井上香(かおる)は……という小説「井上家の食卓」。ちなみにこの作品については「漱石の筆致を彷彿させる」との賛辞まで頂戴したが、まあこれは贔屓の引き倒しであろう。

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 かくして、かどうかは分からぬが、今年度から「朝の読書」が学校の日課表に組み込まれ、全校一斉に週2回実施されるようになった。学校週5日制も相まって学年によっては回数が1回減ったとはいえ、学校を挙げて取り組むことになったのは前進である。
 「生徒のため」「カクカクシカジカの意義がある」というだけで眉間にしわ寄せ歯を食いしばっても、長続きはしない。それは他の教育実践でも同じであろう。やはり古人が喝破したとおり「楽しむ」、この一語に尽きるのではないか。生徒がそして教師自身が「朝の読書」を楽しむ、楽しもうというゆるやかな姿勢こそ、「朝の読書」を学校に根付かせる根本的な方途ではないかと思う。


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