体育の授業の後、教室へ行く。生徒達はワイワイ言いながら着替えをしている。始業の挨拶をする。私は本を開き読み始める。数分後、教室に静寂が訪れる。生徒達をみると、さっきまで騒いでいたのに今は黙々と文字を追っている。してやったりと心の中でニコッと笑う。
本校の朝の読書は、こうして始まった。この快感は味わった者でないとわからないであろう。
『朝の読書が奇跡を生んだ』との出会いがきっかけで、林先生、大塚先生と電話ではあるが貴重なアドバイスをいただき、まずは自分の授業からと始めた時の教室での一コマである。□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
平成八年から始めた朝の読書も、翌年から一年生が、次の年には一、二年生と順次に取り組み、ついに、平成十一年には念願の全校一斉実施に到る。
そこまでには、今まで取り組んでいた朝学習をどうするのか、校時変更は可能か、なぜ読書なのか、本校の生徒にできるのか等々の多くの問題があったが、林先生に送っていただいたビデオを基に職員研修を行い、各分掌・各学年で検討し、一つ一つ問題をクリアしながらの道程であった。
本校の生徒は大多数が男子であり、中学校での学力がしっかりと身に付いている生徒だけが入学してきているのではない。中にはここしか行く所がないと言われて来ている生徒がいるのも現状である。
もちろん、希望して入学してくる生徒もいるのではあるが、中学時代に何らかの達成感や、高校での目的意識を持った生徒は少なく、ただ高校だけは出ておかなければと思って入学してきた生徒達も多い。
そのような中で、クラブ活動や生徒会活動をやる生徒は勉強以外にもやり通すものがあり、わりと充実した三年間を過ごすように思う。
また、生活面での指導を要する生徒に関しても、学年の教員が多くの時間と労力をかけて関わりを持っていくので、その生徒の多くの面が見えてくる。□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
そして、本校で一番気にかかるのが、そのどちらにも入らない多数の生徒達である。遅刻・欠席もなく毎日真面目に登校し、授業もきちんと受け、補習・追試もない、教員にとっては楽な手のかからない生徒達である。
しかし、その生徒の中にも、友人関係や自分の性格のことで悩んでいたり、家庭や家族の問題を抱えていたりする生徒もいるのである。できるならクラスの生徒一人一人と、一日に何か一言でもいいから声をかけ会話をして帰してやりたい。
しかし、自分のクラスの授業がなく生徒指導や雑務に追われて、結局何の一言も声をかけずに帰してしまう生徒もいる。
そのような生徒を何とかしたい。勉強以外で三年間これだけはやれたという自信と達成感を持たせたい。この学校に来て本当に良かったと思って卒業してほしい。そんな願いのもとに始めたのが『朝の読書』なのである。□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
高校生、ましてや男子ともなればそう簡単に自分が持っている思いや悩みを表にだしてくる生徒は希有に近い。生徒たちが、読書によって何かを感じ、充実感を得、読書することが問題を解決していく手助けとなり、生きていくための力となってくれることを思うのである。
生徒の感想にも、心が穏やかになる、心が落ち着く、この時間が一番好きだといった声もある。
人が幸福な、有意義な人生を送ったか否かは、いかに多くの出会いを体験し、いかに深い感動をいくつ味わったのかではないだろうか、と何かの本で読んだことがある。
一日のうちたった十分でもいい、多くの本と出会い、たくさんのすばらしい感動にふれる。そんな十分にこれからも関わっていきたい。
「おはようございます。朝の読書の時間になりました…」今日も朝の読書の時間を伝える放送で一日が始まる。 |