四国三郎・吉野川に注ぎ込む清流穴吹川。剣山に源を発し、何年にもわたって四国一の水質を誇っているふるさとの自慢の川である。そのせせらぎが聞こえてきそうな高台に位置する穴吹中学校。周囲を山に囲まれた、全校生徒百十六名の小さな学校である。
平成十五年度四月から全校一斉の朝の読書がスタートした。八時からの十分間は、学校全体が何ともいえない静寂に包まれる。
中学時代に本に親しんで欲しい。どんな本でもいいし、どんな関わり方でもいい。それは、将来、それぞれの人生のなかで、読書を通して道を切り開いていくという選択肢を持ってることにつながるのではないか。そんなことを漠然と考えてはいたが、何よりも、「心静かに読書に浸れる時間を設けてみよう。」その思いで、朝の読書はスタートした。
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そうはいっても、最初は疑心暗鬼。何よりも、本当に静かに読めるのだろうか。読むことに全員が夢中になるのだろうか。口にこそ出さなかったけれども、内心、心の中の不安を消すことはできなかった。
結果は、案ずるより産むが易し。
今年度の一番人気は赤川次郎シリーズ。元気のいい三年生で流行し、下の学年にもそれが派生した。姉がまず夢中になり、それを見た弟がつられて読み出し、弟の友達も読み出したという具合に。星新一の作品や映画の原作物には根強い人気がある。
「先生、○○の本、ないん(ないの)?」という声をかけられる瞬間は、私にとって、図書の係をしていてよかったと実感できる至福の時でもある。
生徒たちの何気ない会話の中から、生徒の好みそうな本を推測し、試しに購入してきて、学級文庫にそっと忍び込ませる。その本を夢中になって読んでいる生徒を見つけたときの喜びもこの上ない。「やったー!」それまでの苦労はどっかへふっとんで、元気百倍。
また、個人的に私が読んでおもしろかった本を、思わぬ生徒が手にとって読んでくれているのを見たときも、本当にうれしい。現在、私にとって朝のうれしい日課は、向井万起夫氏の『女房が宇宙へ行った』を登校するとすぐ読み出すA君の姿を見ることである。
根本的に生徒たちは本が大好きだ。楽しい本に出会えさえすれば夢中になって読む。休み時間やちょっとした空き時間にすぐ、文庫本を出してきて読んでいる。授業中の様子などからは読書などとは無縁のように感じられる生徒が、である。
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朝の読書を始めて、ある担任はすでに七冊を読みきっている。「読書にいちばんはまったのは自分かもしれない。」と驚いている。しかも、全冊、学級の生徒が学級文庫から選んでくれた本だという。「先生、次はこれを読んでみたら、絶対おもしろいよ。」そういって勧めてくれたらしい。
年齢や立場を越えたつながりが深められるのも、読書という行為の持つ、偉大な力の一つかもしれない。
また、ある担任は朝の読書を始めて一ヵ月ほどしたある日、こう言ってきた。
「正直言うて、生徒が静かに読書やできるはずがないって、始める前には思っとった。ほなけど、実際には本当にみんな読んみょんよ(読んでいるんだよ)、すごいな。なんとこの僕も、一冊読み終わったんでよ。朝、十分っていう時間がええよ(いいよ)、僕でも続けられるもん。」
そう語る担任はうれしそうな笑顔だった。
本に浸る時間は人に心の落ち着きを与えてくれる。大人であれ、子供であれ、それは変わらない。
町教委の温かい配慮で、本校ではコンピュータによる図書のデータベース化も実施される。平成十六年度はこれまでにも増して忙しくなりそうだ。 |