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福井晴敏
(ふくい・はるとし)
1968年東京都生まれ。千葉商科大学中退。98年『Twelve Y. O.』で江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。99年刊行の『亡国のイージス』で大藪春彦賞、日本冒険小説協会大賞、日本推理作家協会賞を受賞。02年刊行の『終戦のローレライ』で吉川英治文学新人賞、日本冒険小説協会大賞を受賞。その他の著書に『月に繭地には果実』、『6ステイン』、『川の深さは』、『戦国自衛隊1549』(半村良原作)などがある。 |
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『Op.ローズダスト 上』
文藝春秋
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『Op.ローズダスト 下』
文藝春秋
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『終戦のローレライ 1』
講談社
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『終戦のローレライ 2』
講談社
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『終戦のローレライ 3』
講談社
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『終戦のローレライ 4』
講談社
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『6ステイン』
講談社
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『亡国のイージス 上』
講談社文庫
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『亡国のイージス 下』
講談社文庫
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大島 物語は「ローズダスト」と名乗る五人のテログループがネット財閥の幹部を襲撃するところから始まります。リーダーの入江一功と、捜査にあたる防衛庁の丹原朋希とは、非公開情報機関の元同僚です。これは復讐譚、陰謀小説、軍事小説としても面白く読めますが、青春小説でもありますね。
福井 これまでの僕の小説は、大人を描いた小説が多かったのですが、今回は敵も味方も若い人が多いし、視点も若者を中心に描いています。そういう意味では、青春小説の色合いは強いと思います。
大島 久しぶりの長編です。上下二巻で約一二〇〇ページというボリュームです。
福井 書きたいことは当初から決まっていたし、プロットも立てていましたが、いざ小説にしてみると、思った以上に長くなってしまいました。日本でこのような小説を成立させるためには、さまざまな前提条件を埋めておく必要があるんです。最低限押さえなくてはいけないことを書いていったら、一二〇〇ページという長さになってしまいました。
大島 ストーリーの発想はどこから生まれたのでしょうか。
福井 たまたま臨海副都心を見たときに思いつきました。壊しがいのあるビルがいっぱい建っていて(笑)、ここを舞台にしたスペクタクルができるのではないかと考えました。発想したのは一九九九年ですが、その当時では小説として成立させるには無理がありました。日本がまだそういう状況ではなかったんです。その後、アメリカで9・11テロが起こり、イラク戦争、北朝鮮の核開発問題などもあって、そろそろ書けるのではと考えて執筆を始めました。
大島 『亡国のイージス』は資料を読んで小説を書かれたそうですが、今回も同じようにして執筆されたのですか。
福井 地上にあるものに関しては歩いて取材しましたが、それ以外は『亡国のイージス』と同じアプローチです。官公庁が出している資料から推測して組み上げていきました。あとは週刊誌レベルでの噂情報も組み込んでいます。
大島 TPexという放射能のない高性能爆薬が出てきますが、これは本当にあるのですか。
福井 僕の想像の産物です。しかし、液体混合式の爆弾というのは現実にありますし、核に近い威力を持つ爆弾も存在していますから、TPexがすべてでたらめとは言えないでしょうね。
大島 アメリカの傘を出て、新しい日本改造計画を密かに進める集まり≠ェ出てきますが、福井さんは今の日本に対する不満のようなものをお持ちなのでしょうか。
福井 そういう考えを持つ人たちがいるのではないかと、僕はこの五、六年強く感じています。その上、マスコミに煽られると人心はすぐに動いてしまう。そのような時に、どこに足場を置いて冷静な判断を下したらよいのか。それが、今の日本人にはわからないんですね。少し前でしたら、第二次世界大戦で痛い目にあった経験から警戒することができました。しかし、戦後六十年も経つと、アメリカの言いなりなっているだけでは駄目だという考えが出てくる。平和ボケと言われることの弊害は右傾化です。そういう時にどこに足場を置いて阻止するか。それを書くために小説の中に集まり≠ニいう存在を出したわけです。
大島 この小説は、平和ボケした日本に警鐘を鳴らしているようにも読み取れました。
福井 そうなんですね。だからといって、再武装しようという話ではなく、平和ボケしていると再武装を考えている人たちにからめとられてしまいますよ、と言っているのです。せっかく六十年間平和でいられたのだから、別の道があるはずなんです。先制攻撃という戦争では終わりが見えないのを、我々は中東情勢などでさんざん勉強してきました。これからは、もっと積極的に自分たちの理念を生かす道があるのではないかという提示を、この小説を通じて届けたかったんです。
大島 日本の抱える問題に、小説という形を通じて鋭く切り込まれています。
福井 ドロボウに入られたら警察に通報することはみんな知っているけど、よその国が攻めてきたらどうしたらいいかを、こんなにも知らない国民は世界にはいません。だから、最低限これだけは知っておきましょうという勉強の意味もありました。かといって、不備があるからこの国を変えましょうと考えすぎると、それはまた間違えますよと…。この両方を伝えなくてはならない大変さが、こういうテーマの小説を書くとついてまわります。ただ、この手の小説を書く人は日本には今までいなくて、だからこそ、僕が物書きとしてやっていけるんだと思っています。
大島 福井さんの小説は、国家的な重い問題をテーマにした作品が多いですね。
福井 僕が常々やりたいと考えているのは、この日本でスペクタクルをどう成立させるかということなんです。そのためには日本という国の抱える問題は避けて通れません。例えば、自衛隊問題をクリアしなければ、爆弾を爆破させることができない。無理に物語を展開させようとするとリアリティがなくなり、マンガになってしまいます。きちんと筋道を立てて物語をスタートさせれば、後はスペクタクルを高みまで持っていけばいいわけです。
大島 主人公の丹原、テログループのリーダー・入江、ヒロインの堀部三佳の会話の中で「新しい言葉」という表現が出てきます。これには福井さんの、どのような思いが込められているのでしょうか。
福井 「新しい言葉」などというものは、実は存在しないのかもしれません。だけど、人間はみな違いますから、それぞれに相当する「新しい言葉」があるはずです。例えば、希望とか可能性という言葉。言葉だけだったら何の力もないけど、本当に希望にあふれている人が信じれば、力になり、それが「新しい言葉」になります。これだけインターネットが盛んで言葉があふれているのに、言葉自体はどんどん置き去りにされているような気がします。そんな中で自己を再構築していくためには、自分の骨身で感じる言葉で思考していくしかありません。それが「新しい言葉」の意味だと考えています。
大島 「ローズダスト」というテロリストの目的は何だったのでしょうか。
福井 力に対して力で返すと結果はこうなりますよ、ということを伝えたかったんです。わかりやすい言い方をすると、原爆ドームをもう一度つくったんです。原爆ドームがあることで、我々はなんてバカなことをしたんだと過去を振り返ることができます。そういうものを僕はつくりたかったんです。
大島 銃撃戦、爆破、カーチェイスと派手なシーンがたくさん出てきますが、底流には浪花節的なストーリーも描かれています。それは、福井さんが東京の下町育ちということが関係しているように思うのですが。
福井 意識はしていませんが、きっと関係はあると思います。まわりにいる人たちがどんな話に喜んでくれるかを考えると、ホレたハレたであったり、親子関係や人情の話なんですね。だから、どんなストーリーを展開していても、最後の部分では人の情を描くようにしています。
大島 三人の若い女性が登場しますが、それぞれがとても魅力的です。
福井 今までになく女性登場率が高いですよね(笑)。実は物語の節目で活躍しているのは女性で、男はその間をウロチョロしているだけ、というようにも読めるでしょうね。
大島 昨年は福井さんの三本の作品が映画になりましたが、今回の作品は映画化は難しそうですね。
福井 昨年、いろいろと映画をやって、映画の不便さというのを身にしみて感じました。日本では、今回の作品のような都市全体を舞台にしたアクションものは、警察から許可が下りなくて、なかなか映画にできないんです。ですから、今回は小説でしか楽しめないものを書いたつもりです。
大島 今後の小説のご予定はいかがでしょうか。
福井 『Op.ローズダスト』でやりたいと思っていたことは、すべてやってしまったような気がしています。でも、しばらくすれば、世界も日本も変わってくるでしょうし、そうなれば新しい構想も浮かんでくると思います。新しいスペクタクル作品にチャレンジするのは二、三年先になるのではと今のところ考えています。
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