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瀬名秀明
(せな・ひであき)
1968年静岡県生まれ。東北大学大学院薬学研究科修了。薬学博士。現在は、東北大学機械系の特任教授。95年『パラサイト・イヴ』で日本ホラー小説大賞を受賞し、作家としてデビュー。98年『BRAIN
VALLEY』で日本SF大賞を受賞。該博な知識とゆたかな物語性を特長とする作家である。主な著書に『ハル』、『デカルトの密室』、『八月の博物館』、『贈る物語
Wonder』などがある。 |
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『第九の日』
光文社
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『BRAIN VALLEY』上
新潮文庫
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『BRAIN VALLEY』下
新潮文庫
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『ハル』
文春文庫
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『デカルトの密室』
新潮社
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青木 『第九の日』は、ロボット工学者で小説家の尾形祐輔と、祐輔がつくったロボットのケンイチの、二人の「ぼく」を主人公にした連作短編集です。冒頭の「メンツェルのチェスプレイヤー」が一作目、既刊の長編『デカルトの密室』(新潮社)が二作目、そして新刊に収録された「モノー博士の島」「第九の日」「決闘」が三、四、五作目。シリーズとして五作書かれたことになりますね。
瀬名 一作目の「メンツェルのチェスプレイヤー」は、島田荘司責任編集『書下ろしアンソロジー 21世紀本格』(二〇〇一年 カッパ・ノベルス)で原稿を依頼されて書いたものです。エドガー・アラン・ポオが書いた「モルグ街の殺人」の精神を読み解き、現代の作家が競作する試みでした。僕は「モルグ街の殺人」のチェスのくだりから、人間の解析能力をロボットの人工知能と連想して、ケンイチという人型ロボットが人間の思考能力について考察していく話を書きました。一作で終わるつもりが、光文社から連作の話をいただき、H・G・ウェルズ、C・S・ルイスら、過去の作家を読み解き、最新の科学的知見を交えて、祐輔とケンイチのふたり≠フ物語を書くシリーズにしました。
青木 ポオへのオマージュ(敬意)から始まったわけですね。
瀬名 ポオは小学校の時から読んでいましたからね。それと中学一年生の時、父の仕事の都合でアメリカのフィラデルフィアに住むことになったんですが、そこではポオの住んでいた家が公開されていて、挿絵を眺めたりするのが楽しくて、よく通っていたんです。そして、ポオをオマージュした作品で、チェスをすることが人間的≠ネ知能なのかどうか、「人間らしさ(ヒューマニティ)」とは何かを考えて書き始めました。さらに『デカルトの密室』を書きながら、僕のサイエンスに対するもともとの興味は、生物と生物でないものの境界線はどこか≠ニいうことだったんだとわかりました。
青木 瀬名さんは理系作家ですね。理系に進んだ興味の根本が、生物・非生物の境界を知りたかったからだと、小説を書きながらわかったわけですか。
瀬名 そうです。ロボットの視点で書くにあたり、アイザック・アシモフと「ロボット三原則」を読み返しました。アシモフは、「人間らしさ」について考え、小説に取り入れているんですね。
青木 一作目に登場した教授がロボットに殺されるあたりは、アシモフの影響を感じました。さらにどのように五作目までを書かれたのですか。
瀬名 「人間らしさ」を、いろんなアプローチで考えていきました。ウェルズをオマージュした「モノー博士の島」は、たとえば義肢や強化筋肉などの人工物を「個性」と考えて機械化していく場合、人間性はどう拡張されるのか。「第九の日」では、キリスト教色の強い『ナルニア国ものがたり』を書いたルイスをテーマにしたので、人間の持ち物≠ナある宗教と、神の視点≠ナ物語ることについて書いておこうと。五作目の「決闘」は、主人公の祐輔がどん底に落ちて、チェーホフの戯曲の力を借りて回復し始めるまでを書いていますが、挫折し再生する「人間らしさ」とは何かと、僕自身の興味を少しずつシフトさせていきました。
青木 それにしても、一冊の中に、科学、小説、映画など、さまざまな知識がつまっています。瀬名さんの興味は、自然科学と人文科学にもまたがっていて広いですね。
瀬名 僕の父親はインフルエンザウイルスの研究者で、子どもの頃から父の研究室に遊びに行って、遺伝子とか細胞の働きに興味を持っていました。それに工作も好きで、基盤から組み立てておもちゃをつくったりしていました。尊敬する藤子・F・不二雄さんは、面白い漫画を書こうと思ったら、その道の博士になるくらい勉強をして書くこと≠ニおっしゃられていて、僕も「面白い」と思ってもらえる小説を書くためには、研究者レベルで語れるくらい勉強して書こうと、そういう気持ちでいつもやっています。
青木 科学が先か、小説が先か、という感じで面白いですね。ポオは島田荘司さんからの課題だったとして、続く作家はどのように選んだのですか。
瀬名 直感です。ルイスは自分で決めて、ウェルズ、チェーホフは編集者のアドバイスです。決めた後は、その作家の作品を読み直しますが、昔と違った読み方ができて面白かったです。読んでる最中に自分の現在の興味が働いて、書きたいテーマがいくつも浮かび上がってきました。
青木 五作書き終えた時点で、「人間らしさ」「生物・非生物の境界線」という謎についての答えは得られましたか。
瀬名 人間社会との関わりによって豊かになっていくもの、それが人間らしさだろうと、今は思っています。社会との関わりあいについては、『パラサイト・イヴ』を書いた時には全く考えていませんでした。いろいろな研究会に参加して、研究者たちとロボットについて話すことで「人間らしさ」に興味を持ち、社会との関わりを考え始めたんでしょうね。それと、個人的なことですが、僕は感情の起伏が外に出ないタイプで、「ロボットみたい」って人から言われるんです(笑)。僕が感情表現が激しい人だったら、「人間らしさ」に対してこれほど興味を持たなかったかもしれません。僕も一応、人間のつもりでいるので(笑)、自分に照らして興味があったんですね。
青木 感情の起伏が表に出る人が、人間らしい人だと思われがちです。しかし、この小説の登場人物たちは、ロボットのケンイチの方が表情豊かで、人間で科学者の祐輔や玲奈は感情があまり表れないタイプです。
瀬名 笑いたい時に笑う、泣きたい時に泣く、というのが人間らしさかというと、必ずしもそうとは言えません。役者は悲しくなくても泣くことができますから、表現することがイコール人間らしさではありません。僕が小説の中で書く人の感情表現は、あらかじめ感情を理解した上で表される、単純ではない表現なんだと思います。
青木 瀬名さんと、エンターテインメントロボット「AIBO」の開発で知られる天外伺朗さんの対談集『心と脳の正体に迫る』(PHP研究所)を面白く読みました。人の意識の成長・進化にはサイクルがあり、衝動をそのまま外に出す初期自我から、自我のレベルを超越した領域に入っていくと、自足して外側に働きかける必要がなくなっていくとか、感情が外に出ない状況も人間らしい進化のうちなど、たいへん興味深いお話でした。
瀬名 そうですね。だからといって、そこまで進化≠オた状態の人間を小説で書けるかというと、すごく難しい。ただ、人間の意識がこれからどうなっていくか、ということに僕は興味があって、天外さんに教えていただいたことも参考にしながら、「人間らしさ」という大きなテーマを設定してこの連作を書きました。
青木 具体的にはどのような方法で書かれたのでしょうか。
瀬名 科学者で小説家の祐輔が悩む「決闘」は、そのまま書いたら私小説になってしまいます。今回の短編集はエンターテインメントですから、第三者的立場の女性を登場させて、祐輔の葛藤と成長を他人の目を通して書くことで、読者に身近に感じてもらえるように工夫しました。このシリーズは、人間の祐輔とロボットのケンイチが「ぼく」の一人称で物語を書きあっている設定ですが、その枠組みを超えてゆく動きを出したかったんです。僕は、藤子不二雄やエラリー・クイーンのような二人で一人の作家が好きで、対談で法月綸太郎さんに「瀬名さんは、実は合作がしたいんじゃないか」と指摘されたこともあります。二人で書くことで世界観の広がりが出て、一人では書けないものが生まれることは明らかで、自分だけでは書けない作品を書いてみたいという思いは常に抱いています。
青木 デビューから十一年ですね。どのような変化がありましたか。
瀬名 僕の変化よりも、環境が大きく変わった感じがします。今年の一月から東北大学機械系特任教授になりました。以前は、研究の現場にいながら小説を書くのは異端のイメージでしたが、十年間、小説の仕事を積み重ねてきた結果、研究者の方たちが評価と機会を与えてくださったのだと、非常に感激しました。
青木 今後の執筆の予定を教えてください。
瀬名 今は書き終えて改稿していない長編があるので、最新の科学的知見を取り入れながら改めて発表したいと考えています。あと、秋に刊行の予定で、ノンフィクションも書いています。また、飛行機乗りの小説も改稿しなくてはいけないのですが、そのためには、自分も飛行機を操縦できないとダメだろうと思って、来月飛行機の免許を取りに行ってきます。
青木 デビュー当時にインタビューした時とお変わりないですね。
瀬名 いやいや、だいぶ白髪が増えましたよ(笑)。
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