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「ひどい感じ 父・井上光晴」 井上 荒野 著
紹介者 講談社 文芸図書第一出版部・見田葉子さん

 
小説家の父と娘
 「九州男は大ボラ吹きで大嘘吐きだからね、その代表が井上光晴だ」と、例のごとく独断(と愛)に満ちた編集長の言葉を聞きながら、「群像」編集部に入ったばかりの私が初めて井上光晴氏にお目にかかったのは、一九八九年のことだった。
 その時どんなお話をうかがったのだったか、今では覚えていないけれど、とにかく井上氏のお話はいつも面白く刺激的で、ドラマ性に満ちていた。大きな声と、人を逸らさない強烈な印象。満州・旅順生まれ、少年時から九州の炭鉱で働き、革命をめざして、共産党入党、党批判により除名……といったきびしい人生経験と社会への鋭い批評意識を持つ小説家・井上光晴氏は、その後まもなく癌との壮絶な闘いに入っていかれた。
 当時、江國香織氏とともに「フェミナ」誌の新人賞を受賞、華やかにデビューされたご長女の井上荒野氏の印象は、父上とはずいぶん異なっていた。一筋縄ではいかない文章はさすが親譲り、と思われたけれど、現代の男女の空虚な関係や何の事件も起こらない日常を、クールで繊細な筆致で描く荒野氏は、都会的で洗練された女性だった。そんな荒野氏は父上に、「おまえにはハングリー精神がない」といつも言われていたそうだ。あの父の娘であることは大変だ、と思われた。
 それにしても……いくら井上光晴氏が「大嘘吐き」の小説家であったにしても、自身の出生や履歴という根本的な部分について、家族に対してまで終生嘘を吐いていた、などということが、あるものだろうか? しかも外出すればいつも外泊、挙動は不審な点に満ちていた、というのだから……それはちょっと「ひどい」のではないか?
 しかし小説家である娘は、父を理解する。嘘こそが真実である小説の世界で、自身の真実を貫いて闘い続けた父の姿を、クールで繊細に、そして深い愛情をこめて描いたのが本書『ひどい感じ――父・井上光晴』である。折しも井上光晴氏が逝って十年目の今年の夏、刊行される。

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