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本多孝好(ほんだ・たかよし)
1971年、東京生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。学生時代に書いた「眠りの海」で小説推理新人賞を受賞。同作を含むデビュー作『MISSING』が“このミステリーがすごい!2000年版”にランクイン。『ALONE
TOGETHER』、『MOMENT』とミステリ小説界に収まらない透明感あふれる作品が注目を集めている。 |
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『FINE DAYS』
祥伝社
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『MOMENT』
集英社
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『ALONE
TOGETHER』
双葉文庫
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『MISSING』
双葉文庫
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−−前作『MOMENT』は連作小説、今回の『FINE DAYS』は長めの短編小説が4作品収録ですね。
本多 短いもので原稿用紙100枚くらい、長いものでも130枚くらいでしょうか。収録作品のうち最初に書いたのが「イエスタデイズ」で、それを編集の方にお渡ししたときに、短編集を作りましょうという話になったんです。
−−オーダーはどのような?
本多 ゆるやかなまとめ方として、スーパーナチュラルな恋愛小説を本多さんのテーストで書いてほしいという依頼でした。
−−たしかに恋愛小説ですけど、ラブシーンが出てくるような、あるいは分かりやすく恋愛に向かい合う人物たちが描かれるのはなく、普通にイメージする恋愛小説とはずいぶんと違いますね。
本多 恋愛小説と通常聞いて期待される形にしようとは自分でも最初から思ってはいませんでした。ある程度、恋愛を軸にして自分の好きな物語を書こうという感じですね。
−−デビュー作品集の『MISSING』、初の長編『ALONE TOGETHER』、そして大きな評判を呼んだ『MOMENT』同様に、この『FINE
DAYS』でも収録の4作品いずれも人間の生と死が物語の核になっています。
本多 『MISSING』の頃は、ほとんど何にも考えていなかったというか、自分の中に立ち上がってきたものを自然に書いて一冊にまとめたんです。それが生と死を見据えた短編集と評されて、そんなにそれが出ているかな、と自分自身では非常に意外でした。『ALONE
TOGETHER』でも同じように言われて、『MOMENT』のときは、じゃ、生と死を正面から意識したらどうなるだろうという思いがありました。でも、今回はとくにそれを意識したわけではないんですけどね。
−−もう、生と死を描くことを特別に意識されるというよりは、本多作品における避けがたい要素とでもいうか…。
本多 うーん、なんて言うのかな、限られた時間しかもてない人間、生き物すべてそうではありますが、ほかの動物とは違うレベルで生きなければならない人間のある種の滑稽さ、もちろん悲しみや苦しみもあるんですけど、それが日常生活で僕の頭のどこかにいつもあって、自然と小説に反映されているのかもしれません。
−−成熟した作品の魅力を『FINE DAYS』に感じました。きっとそれは、本多さんが得意とされる短編小説ということも大きいと思うのですけど、ご自身の中で何かこれだ!というようなスタイルを獲得されたんじゃないか。
本多 とくにスタイルというものを作ろうという意識はないです。その時々に書いてもトータルで見れば、どうしようもなく僕の小説になるということなんでしょうけど。それはもう読者の方にそう感じてもらえればそれでいいと思います。
−−収録の4作品の出来上がった順番は本の並びとは違うんですか。
本多 「イエスタデイズ」、「眠りのための暖かな場所」、「FINE DAYS」で最後に「シェード」です。
−−「シェード」は骨董屋の店主の老婦人からランプシェードをめぐる逸話を聞く青年の話ですが、他の3作品とはずいぶん雰囲気が違いますね。
本多 時間的な問題もありましたけど、すでに書き上げた三つの作品を読み返しながら、一冊の本になるなら、あと一つはなんだろう?という意識が強かったですね。この短編集をまとめるという意味で、最初から違う出来上がり方をした小説ではあります。
−−他の作品は「FINE DAYS」なら美少女の転校生がいやな感じ≠ニ表現される超能力のようなもの、「イエスタデイズ」ですと主人公は異なる時空を行き来するし、「眠りのための暖かな場所」には予知能力のような不思議な力が出てきます。このあたりがスーパーナチュラルということなのでしょうけれど。
本多 僕は小説の中で成立していれば、現実に起こり得ないようなことであっても、それはそれでいいだろうという大前提があって、自分の頭の中にあるものをリアルじゃないからという理由では排除したくないんです。書いているのはもちろんつくりものの世界ですけど、そこに入ってくれた読者が違和感を感じなければOKだと思うんです。
−−本多さんの作品を純文学的だという人がけっこういますよね。美しい文体や私小説を思わせる主人公のふるまいとか。
本多 ただ、僕がエンターテインメント小説ということに自覚的なのは、読み手を選ばない、もちろん読んでつまらなければ、もうそれは「ごめんなさい」なんですが、少なくても入り口で読者を撥ねつけるようなことはしたくないんですね。
−−主人公の飄々としていながらも拘りがないわけではない姿は、どの作品にも共通していると思います。
本多 逆にすごくアグレッシブな脂っこい主人公を書けといわれてもちょっと無理だろうなと思うし(笑)。それと僕が書きながら思い巡らす映像があるとするなら、それは主人公を含んだ映像の視点ではなくて、主人公の視点そのものなんです。だから主人公の行動規範、倫理観、考え方はどうしても自分に引き寄せられますね。きっと時間が経って僕自身の価値観が変わってくれば、また違った形の印象の主人公像が出来上がっていくんじゃないかと思います。
−−作品の並び順に主人公が年齢を重ねていますが、どれもコンテンポラリーな話で、下手をしたら風俗的な小説になってしまう可能性だってあるのだけどそうなりません。
本多 エンターテインメント小説ってあくまで同時代に読まれることを前提としているものが多いし、宿命的に時代と寝るというか、それが強い求心力となって読者を巻き込んでもいる。でも、僕はそれとは違う求心力を求めたい。長い間読んでもらえるエンターテインメントを目指したいですね。
−−逆に本多さんの作品って癒し系≠ニいう言葉で括られてしまう場合もあって、もうそういう紋切り口調でいわないでほしいとでもいうか…。
本多 でも、基本的に物語って癒す力を持ってますよね(笑)。先ほども話したようにエンターテインメントとは物語である、という意識は強く持ちたいですし、自分がどうして小説家という職業を選んだのだろうと考えたときに、この社会は物語が不足していると感じたからじゃないのか、と思うんです。自分の見も知らぬ人たち、横断歩道で横に佇んでいたり、電車の隣のつり革を掴んだ人たちの背後に物語を感じられれば、世の中ってもう少しやさしく回っていく気がしますし、たぶん僕はそういう社会に行きたいと思って物語を書いているんだと思います。
−−なるほど。もう一度「シェード」に戻りますと、読了して一本とられました、というか、こんなにぴたっと着地する作品を本多さんは書けるんだなって思いました。
本多 物語の落ち着く場所ってだいたい書いていると見えてくるんですけど、あの作品に関しては僕自身ときっと読者が期待するだろう場所がほとんどずれていなかった。でも、無理に自分の中にない場所に落としてもしょうがないですし、これはもう素直に…、だから「シェード」という作品には照れがあるんです。
−−推敲を重ねることで有名な本多さんとしては、今回の作品集でいちばんそれを発揮されたのは。
本多 「眠りのための暖かな場所」ですね。女性の一人称もはじめてだったですし、4作品の中でいちばんお話≠フ要素がつよい構成だということもあると思います。
−−大学院生の女性と目立たないゼミ学生の青年をめぐる話ですが、登場人物の出入りや話の展開がめまぐるしい。でも、作者がそんなに苦労されているとは感じませんでした。
本多 逆に「FINE DAYS」が推敲にはいちばん時間がかからなかったです。
−−高校時代の美少女の転校生にまつわる恐ろしい噂をめぐる話。非常にエロチックな話ですね。彼女を無口な青年がデッサンするシーンをはじめ、60年代のヨーロッパ映画のようで、簡潔な美しさにはまりました。
本多 「FINE DAYS」だけじゃないのですが、僕の書き方はいちばん自然なものを想定して、読者はこれで面白いと思うか−−、このことはとくに今回つよく考えました。僕の小説は派手な物語はないですから、嫌な言い方かもしれませんが、あざとくならずに読者の興味を惹こうということは考えずにはいられないです。
−−「神は細部に宿る」といいますか、よく作家の方が書き進めていくと思いもよらぬ形で見事にストンと決着をみるといいますけど。
本多 いや、僕もプロットをかっちりと作るようなことはまったくしませんが、一つの小説ができるまでに完結しなかったものが10ぐらい出てきてしまいます。それに文章を書く時にいちばん気になるのは、言葉や単語の選び方云々というより全体を読んでいくときのリズムなんです。これが自分の中で落ち着くまでは何度でも読み返して直していく。
−−なるほど。本多さんが寡作な作家といわれる理由がわかりました(笑)。
本多 読者に対してそれなりのスピードで応えなければいけないと思う一方で、やはり無理な力で小説の本質的な部分が侵されてしまうようなことはあまりしたくない。それに僕のような駆け出しは、アウトプット以上に物語を作るためのインプットをしないといけないと思うんです。ですからもっと書くペースを上げるのはむずかしいし、全部にお応えするにはもう、長生きしなきゃいけませんね(笑)。
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