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Interview インタビュー 短編時代小説『大江戸落語百景』 風野真知雄さん
新連載開始 記念インタビュー
「新刊ニュース 2011年8月号」より抜粋

風野真知雄(かぜの・まちお)
1951年福島県須賀川市生まれ。立教大学法学部卒業。20年近くフリーライターとして活動したのち、92年「黒牛と妖怪」で第17回歴史文学賞を受賞しデビュー。2002年第1回北東文芸賞を受賞。主な著作に「耳袋秘帖」シリーズ(文春文庫)、「若さま同心徳川竜之助」シリーズ(双葉文庫)、「妻は、くノ一」シリーズ(角川文庫)、『八丁堀育ち』(朝日文庫)など多数。この度季刊小説誌『小説トリッパー』(朝日新聞出版)と本誌『新刊ニュース』にて、短編時代小説「大江戸落語百景」の同時連載を開始。

夢泥棒 『夢泥棒』
「女だてら 麻布わけあり酒場」シリーズ
風野真知雄著
幻冬舎(幻冬舎文庫)
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ふうらい指南 『ふうらい指南』
「手ほどき冬馬事件帖」シリーズ
風野真知雄著
コスミック出版
(コスミック時代文庫)
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王子狐火殺人事件 『王子狐火殺人事件』
「耳袋秘帖」シリーズ
風野真知雄著
文藝春秋(文春文庫)
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最後の剣 『最後の剣』
「若さま同心 徳川竜之助」シリーズ
風野真知雄著
双葉社(双葉文庫)
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幻魔斬り 『幻魔斬り』
「四十郎化け物始末」シリーズ
風野真知雄著
角川書店発行/角川グループパブリッシング発売(角川文庫)
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東海道五十三次殺人事件 歴史探偵・月村弘平の事件簿 『東海道五十三次殺人事件 歴史探偵・月村弘平の事件簿』
風野真知雄著
実業之日本社(JOY NOVELS)
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国境の南 『国境の南』
「妻は、くノ一」シリーズ
風野真知雄著
角川書店発行/角川グループパブリッシング発売(角川文庫)
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鹿鳴館盗撮 『鹿鳴館盗撮』
「剣豪写真師
志村悠之介 明治秘帳」
シリーズ
風野真知雄著
新人物往来社(新人物ノベルス)
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八丁堀育ち 『八丁堀育ち』
風野真知雄著
朝日新聞出版(朝日文庫)
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── 今月号から短編時代小説『大江戸落語百景』の連載が始まります。今後は本誌と『小説トリッパー』(朝日新聞出版)誌上とで連載していく形になります。落語小説という一風変わった形式ですが、執筆の経緯を教えてください。

風野 落語小説を書きたいという希望は、ずっと以前から持っていたんです。しかし、他の作品の執筆が忙しくて、なかなか一冊分の量をまとまって書き下ろす時間がありませんでした。そこで、雑誌の連載という形で短編を一話ずつ執筆できればいいなと考えていたところに、今回の企画を頂いて実現することになりました。

── 時代小説家として活躍している風野さんが、あえて落語小説を書きたいと考えた動機は何ですか。

風野 実は大学時代、落語研究会に入っていました。そこで分かったのは、上演できる古典落語がとても少ないことでした。時代背景が現代人には理解しにくかったり、差別的な内容を含んでいたりして、やりにくい話がどんどん増えているんです。一方で新作落語も、舞台を現代に設定した話が多く、僕にとっては違和感がありました。やはり落語と言うからには新作であっても「江戸時代を舞台にした物語」がしっくりくるのではないかと思ったのです。そこで、いつか自分なりの落語を書きたいと、長年思い続けてきました。また、時代小説を現在十シリーズほど抱えていますが、ほとんどが捕物帖なので、もっとさまざまなタイプの小説を執筆してみたいという気持ちもありました。

── 登場人物も時代小説と落語の世界ではずいぶん違いますね。

風野 時代小説は武士や岡っ引きが主人公ですが、落語は江戸の町人たちが中心になります。僕が目指しているのは、葛飾北斎が描いた『北斎漫画』のイメージなんです。庶民の暮らしや風俗などを生き生きとした筆致で数千点もスケッチして、絵手本集として出版したものです。今回の落語小説を執筆することで、自分も『北斎漫画』と同じような仕事ができればいいなと考えています。

── 落語≠テーマに多くの物語を作りだすのは大変ではないですか。

風野 僕は昔から、小説を書くときの材料に苦労したことがないんです。江戸時代に関するエッセイを読んだり、絵を眺めたりしているうちに、頭の中に次から次へとアイディアが湧いてきます。妄想力だけは発達しているのかも知れませんね(笑)。特に落語はシチュエーションさえ決まれば、あとは与太郎やご隠居のような決まった役回りの登場人物が何人か出てきてストーリーが進んでいきますから、話のパターンは無限に創りだせる気がします。

── 落語は最後に「オチ」がつきものですが、その点での苦労はありませんか。

風野 落語形式と言ってもあくまで小説ですから、あまりオチを意識しすぎると逆につまらなくなると思うんですよ。途中にオチへつながる伏線を「仕込む」必要があるし、それによってストーリーが縛られてしまうこともある。ですから、今号に掲載した『猫見酒』のように上手にオチが決まれば入れますが、すべての話に無理やりオチをつけることはしません。小説だから僕はそれで良いと思いますし、オチにあたる部分には、さまざまなバリエーションをつけて変化を出したいと考えています。

── 連作として、全話共通の時代設定や登場人物は想定しているのですか。

風野 特に共通するシチュエーションや人物は、今のところ考えておらず、基本的には独立した物語です。しかし、従来の落語では描かれなかった世界や、新しいタイプのキャラクターを登場させたいという構想はあります。たとえば大奥を舞台にした話や、女性の忍者「くノ一」の話などは、これまでないパターンだと思います。落語にはおかみさん的な人物は結構出てきますが、女性のキャラクターをメインに活かした話はほとんどありません。また、岡っ引きも意外と出てこないので、主人公にして捕物帖風とは違う、ちょっとした謎解きと笑いを絡めたストーリーにするとか、いろんなバリエーションを考えています。新しいシチュエーションやキャラクターをどんどん話に取り入れたいと思いますし、そういった特徴あるキャラクターが、複数の話に顔を出すことは今後あるかも知れません。

── ところで風野さんの作品は女性読者も多いそうですね。

風野 ええ、『耳袋秘帖』シリーズだと六割が女性読者というデータもあります。理由はよく分からないのですが、基本的に僕はフェミニストなんですよ。時代小説には、男性に尽くす女性がたくさん出てきますが、僕の身の回りにはそんな女性はいませんし(笑)、作品にも登場しません。自己主張が強かったり、ちょっとヒステリックだったり、芯の強い女性が多いです。そういう部分が女性読者に受け入れられているんでしょうか。あと斬り合いなど、残酷な場面が少ないことも理由としてあるかも知れませんね。

── あまり詳細な歴史的背景などはあえて書き込まず、読みやすさやエンターテインメント性を重視しているようにも見受けられます。

風野 僕はもともと時代小説を書くときに細かい部分にはこだわりません。だからよく読者に怒られるんですよ、間違いがいっぱいあって(笑)。でも言い訳に聞こえるかも知れませんが、限られた時間の中で厳密に時代考証をするより、登場人物のやり取りの面白さや、ちょっとしたくすぐりを考えるとか、そっちのほうに時間と頭を使いたい。実は僕自身は、歴史にあまり興味がないんです。他の作家の時代小説もほとんど読みません。たまたま時代小説で賞を取ってデビューしたので、その後時代小説家になりましたが、特に思い入れはないんです。そういう意味では、舞台設定として歴史を利用しているのであって、ストーリー仕立ては現代小説とほぼ変わりません。会話も現代語に近いですし、細かい説明を要するような時代背景はなるべく使わないで、読者がすんなり話に入っていけるように心がけています。

── 非常に多作で知られていますが、たとえばこの落語小説だと、一本書くのにどれくらいかかりますか。

風野 僕は書くのが速いと思われているようですが、実はすごく遅いんですよ。他の作家さんは普通一日に四、五時間しか仕事をしないと言いますが、僕は十四、五時間、一日中遊ばずに原稿を書いています。物語の設定やストーリーはすぐ浮かぶのですが、より面白くするための仕掛けや、キャラクターなど、読者に少しでも楽しんでもらえる方法を途中でいろいろ考え始めるので時間がかかるんです。ですから、一本あたり三日ぐらいで書き上げますが、実質は他の作家さん一週間分の時間がかかっていますね。

── 今後の予定を教えてください。

風野 例年十三、四冊ペースで出しているんですが、今年中に書き下ろし、復刻版を含めて全部で二十三冊出す予定です。それにおかげさまで雑誌の連載もいくつか新しく始まりますし、この落語小説の連載もある。ちょっと乗り切れるかどうか心配ですが(笑)。ここ四、五年で、丸一日休んだことはありません。四十一歳でやっとデビューしてからも、しばらく売れない時代が続いたので、できる限り仕事を入れてしまうんですよ。

── では、この落語小説も更に続きそうですね。

風野 ええ、エネルギーが続く限り百本と言わず、二百本、三百本と続けて書いていきたいくらい(笑)。ただ、気力だけでは限界があるので、昨年から体力づくりのためにマラソンを始めました。これまで運動らしいことは何もしてこなかったのですが、走るたびに記録が伸びて、前回の東京マラソンを完走できるまでになったんですよ! スタミナも充分ですし、気合いを入れて楽しい話を書いていきますので、ぜひ期待していてください。



(六月十三日、東京・中央区築地の朝日新聞出版にて収録)


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