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Interview インタビュー

『介護退職』 楡周平さん

インタビュアー 青木 千恵(ライター)

「新刊ニュース 2011年9月号」より抜粋

楡周平(にれ・しゅうへい)

1957年生まれ。慶應義塾大学大学院修了。96年、米国系企業在職中に執筆したデビュー作『Cの福音』がベストセラーとなり、翌97年より作家業に専念。綿密な取材に基づく圧倒的なスケールの作品で読者を魅了し続けている。著書に『プラチナタウン』『ゼフィラム』『宿命 ワンス・ア・ポン・ア・タイム・イン・東京』など多数。この度、『新刊ニュース』2007年2月号から09年2月号まで連載された「クロス ロード」に加筆・修正を施し『介護退職』(祥伝社)として上梓。

介護退職

『介護退職』

楡周平著
祥伝社

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プラチナタウン

『プラチナタウン』

楡周平著
祥伝社(祥伝社文庫)

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宿命 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京 上・下

『宿命 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京 上・下』

楡周平著
講談社(講談社文庫)

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血戦 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京2

『血戦  ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京2』

楡周平著
講談社

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衆愚の時代

『衆愚の時代』

楡周平著
新潮社(新潮新書)

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クレイジーボーイズ

『クレイジーボーイズ』

楡周平著
角川書店発行/角川グループパブリッシング発売(角川文庫)

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ゼフィラム

『ゼフィラム』

楡 周平著
朝日新聞出版

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── 『介護退職』は、総合家電メーカーで部長職にある会社員が、老母の介護問題に直面する物語です。 介護問題を書くことになった経緯を教えてください。


楡  都会では独居老人や孤独死が、地方では過疎高齢化が問題になり、「老後」には暗いイメージがつきまといます。 幸せな老後とはどんなものだろうと考え、二〇〇八年に『プラチナタウン』という小説を上梓しました。 真の意味で豊かな老後を暮らせる理想の町をつくる話でしたが、現実をみると、真面目に生きてきた人が長生きするほど辛い思いをする、不幸な状況が続いている。 その子供たちに目を向けると、ローンや教育費などにお金がかかり、仕事の面でいちばんの勝負どころにさしかかる四十、五十代で、親の介護に直面している。 人生の正念場を迎えたまさにそのとき、介護問題が降りかかったら、どうするか。これは、母親が田舎で一人暮らしをしている、私自身の問題でもある。 最も考えたくないテーマを小説にしてみました。

── 主人公、唐木栄太郎は五十歳。 年収は手取りで一千万円。いわゆるエリート層であり、比較的恵まれた環境だと思いますが、介護の問題でつまづき始めます。


楡  それでも自宅と車のローンを抱え、遅くに授かった一人息子の教育費がかかる。 そのため、更に報酬があがる役員の地位を目指し、実績を挙げようと決意を新たにしているわけです。 そんなとき、田舎で一人暮らしをする七十六歳の母が転倒事故で介護が必要になり、引き取ってほどなく認知症になる。 当然妻だけでは負えない負担なので、会社の仕事にも影響が出るようになり、栄太郎は追いつめられていく。 会社組織は、傷を負った人間に対して厳しいです。業務に支障をきたすようなことがあったら許されない。

── そこは栄太郎も分かっているから弱みをみせたくないが、介護の問題は容赦なくふりかかる。 高齢化社会が進む中、悩んでいる人はたくさんいそうです。


楡  いると思います。でも、親子の絆ばかりは切れない。この小説には、「誰のための人生なの?」という問いがあります。 親を看取るために、自分の人生をふいにしてもいいのか。親が認知症や寝たきりになり、いつまで続くか、 あてどもない戦いになったら大変でしょう。この小説で母親が認知症と診断されたとき、栄太郎の妻の和恵が 〈こうなってみると、お義母さんが一人で歩き回ることができないのが救いだわ〉と言うのは、介護する側の本音だと思います。

── 介護が必要になっても安心して暮らせる場所があるといい。


楡  それは『プラチナタウン』で書きましたが、高齢者がのびのびと暮らせて、完全介護が必要になったら手厚いケアを受けられる町を、 過疎に悩む地方都市に整えたらいいと思うんです。住居は2LDK、3LDKといった完全定住型。 介護を必要としない居住者は、家庭菜園や釣りをしたり、ゴルフ、習い事、観劇やコンサートを楽しんで、地域の人たちと交流する。 ディスコもある(笑)。東日本大震災の復興プランのひとつとして、私は「プラチナタウン」はありだと思います。 被災地は高齢者が多い地域ですから、改めて住む家を個々に建てるより、政府が土地を買い上げて高齢者のための町を作り、居住権を販売する。 都会の独居老人にも移り住んできてもらったらどうだろうと。

── 高齢者ケアでミスマッチが起きているのはなぜでしょうか。


楡  日本は、高齢者を高齢者扱いしかしていないところがありますね。都市部の老人ホームの部屋は狭く、レクリエーションといえばカスタネットを叩いたり、押し花をやらされたり、いわゆる「老人」扱い。私はそんなところで人生の最後を過ごしたいとは思いません。ただ、素晴らしい老後のあり方を一般的に示してくれている人がいない。

── 若いうちから、自分が送りたい老後のイメージを考えておくのは重要ですね。


楡  重要ですし、最後は一人だと覚悟する考え方ではだめだと思う。老後を考える場合、最後の何年かが重要。夫婦のどちらかが亡くなり、残された方がいよいよ動けなくなった後、最後の数年間をどう送れば幸せかを考えて、プランをたてる必要がある。誰にも頼らずに済む老後などあり得ないですから。

── この作品は、二〇〇七年から〇九年まで、「新刊ニュース」に連載されました。連載時とは設定を変えられていますね。


楡 連載時はビジネスの場面を書き込んでいましたが、家族の話なので仕事の場面を少なくしました。それと、主人公の勤め先を石油プラントメーカーから家電メーカーにしたり、だいぶ加筆修正しました。執筆中、当初の構想と違う展開が生まれた部分は、問題解決への道筋です。長男がボランティアのような形で家の問題を引き受けるのは間違いじゃないかと、書く過程で気づきました。ひとつの家だけで抱え込まず、それぞれがどのような形で介護に参加できるのか、身内全体で考えていくべき問題なのではないか。

── 昨年刊行の『衆愚の時代』でも、老後の問題について書かれていました。


楡  どんなことがあっても、人間は生きていかなくてはならなくて、最終的に道を切り拓くのは自分なんですよね。「天は自ら助くる者を助く」で、自ら何かをやらないと何事も動かないんですよ。『衆愚の時代』を書いたのは、うまくいかないことを社会のせいにする人があまりにも多いと思ったから。憂いなきシステムの構築は大切ですが、何もしない人間が、一生懸命働いて税金を納め続けてきた人と同じようにそのシステムを利用できると思ったら、少し違うんじゃないかと。

── 楡さんはサスペンス小説でデビューして、ファンタジー、経済小説、政治小説、今回は介護問題と、広いジャンルを扱っています。主人公たちが自ら道を切り拓いていく点で、一貫したところがある。


楡  とりあえずの問題を抱えながらも、私の小説の主人公たちは強いです。この小説の栄太郎はちょっと弱いですけれど(笑)。前向きに生きていく人が多い。そうしないと人生が拓けないからですよね。

── 楡さんが世の中について考え始めたのはいつ頃からですか。


楡  学生時代にアメリカに住んだ経験は大きかったですね。貧乏を経験し、安い外米を炊き、激安激辛の切干キムチで一食済ませたり、ぎりぎりの生活を送りました。会社に入り、お金の心配なしで同じ街に長期滞在したら、全く違う街だった(笑)。お金があればいいということではなく、人間、とにかく頑張って前を向いて生きていくと、何かいいことがあるんだなと思いました。逆に、傍から見てこれほど幸せな人がいるんだろうかと思うような裕福な人にも、悩みはあるものなんです。悩みのない人生なんてない。外からは見えない部分をみんな持っていて、ひと皮向けば人間は同じだと分かってきた。この作品の栄太郎も、傍からは幸せなビジネスマンに見えたのでしょうが、彼にも悩みがある。

── 「老後」について、読者にメッセージがありましたら。


楡  お金も自分の持ち味も、きっちり使い切って終わる人生がいいんじゃないかと思います。働いて得た資産を余生を安心して送るために使い、子供に迷惑をかけることなく、きれいさっぱり何もなく死ねるのが、素晴らしくいい人生のような気がします。

── 今後の執筆予定を教えてください。


楡  これから数ヵ月おきに四冊の新刊をだします。十月から、「小説現代」「野性時代」「小説宝石」で連載を開始します。介護のような重いテーマをしばらく書いてきて、今は現実から逃避したいモードに入っています(笑)。秋から始まる連載は、三作ともエンターテインメント性が非常に強い作品になる予定です。



(七月八日、東京都千代田区・祥伝社にて収録)

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