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「新刊ニュース 2012年1月号」より抜粋
── 「かわいそうだね?」と「亜美ちゃんは美人」の2作品の中編小説が収められた新刊『かわいそうだね?』が上梓されました。まず、「かわいそうだね?」は百貨店の販売員・樹理恵の恋人の隆大が元彼女アキヨと同棲することになる、その顛末を書いた作品です。どのように発想されたのですか。
綿矢
都内でもし大地震が起きたら、という主人公・樹里恵の想像シーンから始まるのですが、このくだりがまず念頭にありました。災害時という極限状況の時、自分の彼が自分と元カノのどちらを助けるのか、そんなシミュレーションをしている主人公がまずイメージされて、そこから考えていきました。
── 地震描写が細かく書かれています。これは震災を意識したものですか? 綿矢 この作品は三月の東日本大震災前に書き終わっていて、このシーンも単行本にする際に手を加えたわけではありません。私は京都生まれで阪神・淡路大震災の記憶があり、その時の恐怖が残っていて、地震には常に怯えていたので私自身の気持ちが出たのだと思います。 ── 『週刊文春』という、文芸誌以外でしかも週刊連載での発表は初めての試みですね。 綿矢 この作品は全部書き上がっていたものを、まず文春の編集者に提出したんです。前回の『勝手にふるえてろ』の時のようにてっきり『文學界』などに一挙掲載かと思っていたんですが、『週刊文春』の連載で発表するのはどうかと打診されてこの形になりました。だから特に書き下ろしと連載の違いや読者層などは意識せずに書いています。 ── 「かわいそうだね?」の面白さの一つに、様々な小説様式のアンサンブルを楽しめるところがあります。 綿矢 前半は風俗小説的な展開で、中盤は携帯メールの文面がそのまま引用されたり、後半には樹理恵の感情の爆発で関西弁が出たりと、雰囲気がそれぞれ違いますよね。書いていた時はあんまり思わへんかったけど、通して読んだ時に統一性があまりないなと気づきました。逆に生々しいというか、そんな点を楽しんで読んで貰うと嬉しいです。 ── 樹理恵がまくし立てる大阪の言葉は、京都出身の綿矢さんの小説に初めて出てきた関西弁ですね。 綿矢 以前から関西弁や京都弁が出てくる小説を書きませんか、と編集者に提案されていて、「書けたら書きます」と答えていたのですが、こんな形で──感情の爆発という一番凄みのある形で出てきてしまいました(笑)。そのおかげで樹理恵は地震さえ怖くなくなるくらいすっきりします。この作品はこのシーンありき、みたいな話ですよね。私の小説は女性の描写が結構意地悪な感じになっています。 ── 人物はどのように作られていったのですか。 綿矢 主人公は樹理恵ですが、むしろアキヨがいたからこその樹理恵という感じです。現実にアキヨのような人物を見たことはないのですが、妙に生々しく頭に浮かんできて、会ったことがあるような感じがありました。樹理恵は頑張り屋で仕事に生きる女の子です。人に甘えるのが下手で悪いことを企んだりはできない。アキヨと反対にいるようなイメージです。 ── 隆大はアメリカ育ちで、鍛えた体躯の朴訥なヒーローという人物でしたが後半に向かいイメージが変わっていきます。 綿矢 熱い言葉を言っても言っても、やっていること自体に説得力がないので空回りする人物です。別に悪い人を描きたかったわけではなく、彼なりの正義を懸命に貫き通してる男の子。もうちょっと彼の考えみたいなものを出したかったのですけど、女二人に圧倒されて結局どういう人か掴みどころのない人になった。アキヨは何回か書いているうちに喋りだして自我が出てきたのに、彼はぼやっとした微妙なキャラクターのままになってしまいました。 ── 小説の幕切れを飾る樹理恵の一言≠ェ綿矢作品『インストール』の野田朝子や『蹴りたい背中』の長谷川、『夢を与える』の夕子たちのように諦念を抱える人物に重なります。 綿矢 どういう言葉で自分を納得させるか、ということですよね。一作ごとに主人公が夢を見ている所と現実を知って諦める所の節目があります。『インストール』の朝子やったらめんどくさいけど学校へは行かなあかんとか、自分なりにうまく折り合いをつけていくとき、次の展開に進むのではないかと思っています。 ── さて、「亜美ちゃんは美人」は高校の入学式で出会った亜美とさかきの関係を綴った一種のクロニクルです。冷徹な観察眼が突き抜けていて「かわいそうだね?」以上に笑いを誘いますね。 綿矢 綿矢 私が口うるさくなったというか(笑)。以前は観察眼が自己反省のように自分に向いてたんです。 ![]() ── 二十四歳になった亜美が出会う恋人の崇志が出色です。 綿矢 ヤンキーでスピリチュアルを信じている、現実にはいないタイプかもしれませんが、作品の中では圧倒的な存在感を放っています。ただの不良ではなく亜美ちゃんを理詰めで説得できるような部分が欲しかった。スピリチュアルな部分がわかる男の人だと女性の心の扉は開きやすくなるのではないか、最先端でおしゃれな感じがしました。 ── 作中での登場人物の名前≠フ呼び方には、終盤で判明する仕掛けを施していますね。 綿矢 女の子だと、親しみがあって下の名前で呼ばれる子としっかりしていると見られて苗字で呼ばれがちの子と、個性の差ってありますよね。その違いははっきりさせています。そもそも登場人物の名前を考えるのは好きなんです。 ── 『勝手にふるえてろ』でのイチとニ、良香の男二人と女一人の三角形の構図が、「かわいそうだね?」で樹理恵とアキヨ、隆大の女二人、男一人の三角形に変奏されていますね。 綿矢 三人≠ェ書いてて一番楽しいんですよね。癖のような感じです。前から三角関係のような人物の配置は書きやすいと気づいていました。『蹴りたい背中』も「にな川」と「長谷川」「絹代」も男の子一人に女の子二人でした。三人は社会を形成する最小の単位とも考えられますし。三人が書きやすい。 ── 書名に「蹴りたい」「与える」「ふるえてろ」「かわいそう」など人物の行為や感情が採用されている点が綿矢さんの特徴ではないですか。 綿矢 そんな勢いのある言葉を使う題名が好きやったんですけど、最近はもっとあっさりしたほうがいいかなとも考えています。 ── 『インストール』『蹴りたい背中』では高校生の集団の中での個人を書いて、『勝手にふるえてろ』と「かわいそうだね?」では社会人のOLや販売員として集団の中の個人を書いています。大学生活を舞台にした作品が抜けていますね。 綿矢 確かにそうですね、『夢を与える』の夕子は大学受験に失敗しますし、言われて気がつきました。これまでは集団の中の一人が、二十代が近づいてくる、とか三十路が近づいてくる、と焦る気持ち、そんなテーマで書いているのが楽しいかなと感じていました。今後は大学生活を送る主人公が登場しても面白いかなと思います。 ── 『蹴りたい背中』で既に指摘されている冒頭の研ぎ澄まされた聴覚、他の作品でも異性に対して「いぐさの香り」や「コンソメスープと同じにおい」と捉えることなど、五感に秀でている点も綿矢作品の特長ではないですか。 綿矢 書いているときには気づかなかったのですが、読み返すと耳とか目とか鼻から入ってくる情報を文章化するのが好きです。これからも五感に入ってきた感覚は重要な表現の一つになっていくと思います。 ── デビューして十年が経ち五冊の小説が世に出ました。ほぼ二年に一冊というスタンスは綿矢さんにとって程よいペースですか。 綿矢 綿矢 本当はもっと書きたかったんですけどね。あっという間に過ぎた、というより書けなかった時期が長かった。これからの十年は充実させたいです。エッセイは依頼があっても思い浮かばなかったので断っていたんですが、今は出来るんちゃうかな、ちょぼちょぼ書きたいことあるなと思い始めています。近い予定では『文學界』に書いてきた小説がまとまったので来年には出版されると思います。よかったら読んでみて下さい。 (十月十二日、東京都千代田区・文藝春秋にて収録) |
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