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『サファイア』の湊かなえさん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)


「新刊ニュース 2012年6月号」より抜粋

湊かなえ(みなと・かなえ)

1973年広島県生まれ。2005年第2回BS-i新人脚本賞佳作入選。07年第35回創作ラジオドラマ大賞受賞、同年「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞し小説家デビュー。「聖職者」から続く連作集『告白』は08年「週刊文春ミステリーベスト10」2008年度国内編第1位に選ばれる。09年に同作品で第6回本屋大賞を受賞。他著に『少女』『贖罪』『Nのために』『夜行観覧車』『往復書簡』『花の鎖』『境遇』などがある。この度角川春樹事務所より『サファイア』を上梓。2012年4月、「望郷、海の星」(『オール讀物』2011年4月号)で第65回日本推理作家協会賞短編部門受賞。

サファイア

  • 『サファイア』
  • 湊かなえ著
  • 角川春樹事務所
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境遇

  • 『境遇』
  • 湊かなえ著
  • 双葉社
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花の鎖

  • 『花の鎖』
  • 湊かなえ著
  • 文藝春秋
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往復書簡

  • 『往復書簡』
  • 湊かなえ著
  • 幻冬舎
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夜行観覧車

  • 『夜行観覧車』
  • 湊かなえ著
  • 双葉社
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Boy’s Surface

  • 『贖罪』
  • 湊かなえ著
  • 東京創元社
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告白

  • 『告白』
  • 湊かなえ著
  • 双葉社(双葉文庫)
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── この度の新刊『サファイア』は宝石の名前を題名にした七作の短編小説が収められています。執筆の経緯を教えていただけますか。

湊  デビュー作『告白』が刊行されてひと月ほど経った頃、角川春樹事務所の編集部から「先生」か「恩返し」をテーマに短編小説を書いてみないかと提案がありました。「先生」は学校に限らず様々な指導者が想定できると考えましたが、やはり『告白』で中学教師の森口悠子を書いています。「恩返し」という言葉からは、いろいろな場面や人々、嬉しい恩返しや嬉しくない恩返しなどすぐに浮かんできて、新しいチャレンジだと思えたので「恩返し」というテーマを選びました。それから短編集には、あるお話の主人公が別のお話では脇役で登場したりと人物がちょっとずつ重なっていたり、舞台が同じ街で展開したり、それぞれ独立したお話なのに全部読み終えると一つの大きな物語が見えてくるなど、テーマ以外に共通項、大きなたくらみがあるものも多いですが、今回は全体を貫く仕掛けを作らずに、短編小説として一つ一つの作品を読んで読後の達成感を得て頂ければいいなと考えました。

── PR誌「ランティエ」に連載されていたのですね。

湊  「ランティエ」には四ヶ月おきに連載させて頂き三年がかりで書籍になりました。書いた順番どおりに本に纏められています。長期間の連載になりましたので、私の他の作品を読まれた方が『サファイア』を読むと、この短編を書いている時期にこっちの長編小説を書いていたのかな、とそれぞれに響きあうものを楽しんで貰えるかも知れません。一冊の中にこの三年にわたるテーマや文章の書き方の変化を見ていただけると思います。

── 『サファイア』は湊さんにとって初めての短編集ですが、短編小説「聖職者」で作家デビューした湊さんにとって本領発揮した一冊ではありませんか。

湊  短編小説を書き賞を頂き、この世界に出して貰ったので、短編小説はちゃんと書かないといけないなと思っていました。短編小説は短い分、長編小説よりも簡単だと思われがちですが、限られた枚数で起承転結を作り無駄なものを削いでいく作業は長編を書くのと同じくらい大変です。小説の書き方を見直すことができ、良い勉強をしました。

── 個々の作品についてお尋ねします。「真珠」は三十三歳の会社員平井が五十歳の主婦に呼び出されて身の上話を聞く物語です。

湊  これはまず男性を主人公にしようと決め、初めて男性の一人語りで書きました。「恩返し」は誰が誰に対してするのか、を考えて浮かんだ物語です。短編小説は書くときにキーワードになる小道具が見つかればお話が一気に広がっていくんですが、この作品を考えたときには歯磨き粉とシャンプーが出てきました。特定の小道具が浮かぶと、ではその小道具にこだわりを持つ人はどんな生活を送ってきたのか、と考えていきます。いっぱい謎を散らしておいてラストで回収することを心がけています。

── 続く「ルビー」は瀬戸内海の小さな島に建設された老人福祉施設に入居する老人と隣接する土地に住む家族の物語です。

湊  兄弟姉妹を書きたいなと考えた作品です。たばこ畑が出てきますが、私が住んでいた土地にもたばこ畑がありました。知らない人は想像しにくいようですが、兄弟姉妹だと「ああ、あの畑」と会話が成り立つんです。記憶を共有する関係を書きたくて、登場人物を姉妹に絞り、二人を通して両親や施設の「おいちゃん」が浮かび上がる構成にしました。昭和の愛憎犯罪や往年のハリウッド映画を創作したり、嘘話を考えるのは楽しいなと思いながら書いたんですよ(笑)。

── 「ダイヤモンド」は傾向が変わった一種のお伽噺ですね。

湊  これまで手がけてこなかったファンタジー要素のある物語で、書けたことが嬉しい作品です。七作のなかでもひと際目立つ短編ではないでしょうか。短編小説を書くときは昔の自分の記憶を探っていき、何か拾えそうなものはないか考えることがあります。主人公の古谷は助けた雀から恩返しを受けますが、私も雀を助けたことがあるんです。小説と同じく雀がガラスにぶつかり動かなくなってしまい、触っていたらピクピクって動いて飛んでいきました。「恩返しがくるかな」と思いましたよ(笑)。初めての幻想的な物語なので、ファンタジーにも読み取れるし、古谷の妄想とも読めるように配慮しました。ただ単に良いお話よりもどこか皮肉めいた味付けをしています。

── 「猫目石」は三人家族と少し変わった隣人・坂口を描いた問題作ですが、筆致は軽やかで笑えます。

湊  重いものを短編の中で書こうとすると沈んでしまうので、バランスをとることは意識しています。本人たちが真剣でも端から見れば逆に滑稽なことってありますよね。スーパーで尾行している場面では、周りは誰も不審に思っていないのにわざわざカモフラージュでかごに商品を入れてみるとか、人間らしい点を入れました。

── 坂口の経歴も綴ってありますね。

湊  単に変わった人として登場させるより、そこに至るまでの背景を押さえていかないと、短編小説とはいえ読者が作品世界に入ってくれないのではないでしょうか。虚構だけどリアリティがあったり、実際にありそうだけど現実離れをしているなあ、という両方を入れたいと考えています。

── 「ムーンストーン」は女性同士の友情が語られ、読後は胸が熱くなりました。

湊  恩返しというテーマで書きはじめたのに、有難くない恩返しばかりが多くなっていたかも知れないと思い、王道の恩返し物を書きました。昨日の恩を今日返すのではなく、時を経た恩返しです。「わたし」の一人称でお話が進み、ラストにある仕掛けを用意したので、楽しんで頂ければ嬉しいです。

── 「サファイア」はこの短編集で唯一、次のお話「ガーネット」と物語が繋がっていますね。

湊  詐欺などの悪徳商法の被害に遭ったとしても、もしかするとそれをきっかけにいい方向に転じることもあるかもしれない、という考えから書きはじめたお話ですが、悪事を書いた時点で枚数が尽きてしまったんです。圧縮しようと試行錯誤しましたが、悪事の内容や真美と修一の恋愛関係、恋人が約束した場所に来ないことから展開してゆく物語、修一の姉の言い分など、全てのエピソードが削除出来ないと判断し、「サファイア」はほろ苦いまま終わらせて、最後にもう一話分の連載を頂いて続編を「ガーネット」として書き継ぎ、詐欺の被害に遭った人を登場させました。「ムーンストーン」「サファイア」「ガーネット」は、引っ込み思案だった人物が、あるきっかけで変身していく物語です。お金や物ではなくて、自分を変えてくれたことへの恩返しを書きました。

── 「サファイア」から十年を経て、「ガーネット」では真美がある職業になっていますね。

湊  作品で遊べることや試せることは全部やってみたかった。「この登場人物は何処まで作者のエピソードが入っているんだろう?」と読者の方を翻弄してみたかったんです。こんなたくらみは長編小説だと作品世界を壊してしまいそうですが、短編小説なら成立すると判断しました。また「ガーネット」でも自立した短編小説として、プロローグにネットでの書き込みを、エピローグには手紙を挿入しました。書簡という手法も以前から親しんでいた小説話法です。

── 『告白』『贖罪』や、『サファイア』中の何作かも母親が強い存在感を示しています。

湊  自分が女だから母親の目線に立つことが多かったのだと思います。男性作家さんなら父親が主人公の物語の方が、母親が主人公の物語よりも書きやすいでしょう。創作は自分が歩み寄りやすいものの中から出来てくると思います。でも今後は新しい挑戦として、父親、父性をテーマにした小説を書いてみたいと思っています。

── 今後のご予定を教えてください。

湊  長編小説『白ゆき姫殺人事件』の発売が控えています。また私がずっと暮らしてきた島≠舞台にした短編集が出る予定です。年内には、作家としてのこれまでの四年の締めくくり、集大成の書き下ろし作品を出します。私はその時ごとに書きたいものを書かせて頂いているので「何が出てくるかなあ」と楽しみに待っていただけるとありがたいです。



(四月四日、東京都千代田区・角川春樹事務所にて収録)