トップ > Web版新刊ニューストップ

『冥土めぐり』の鹿島田真希さん
インタビュー・構成 『新刊ニュース』編集部


「新刊ニュース 2012年10月号」より抜粋

鹿島田真希(かしまだ・まき)

1976年東京都生まれ。白百合女子大学文学部卒。高校時代にドストエフスキーなどのロシア文学に傾倒。作品世界への興味から教会に通うようになり、17歳の時に日本ハリストス正教会で受洗、正教会信徒となる。大学在学中の1999年、「二匹」で第35回文藝賞受賞しデビュー。2004年、『白バラ四姉妹殺人事件』で第17回三島由紀夫賞候補、2005年『六〇〇〇度の愛』で第18回三島由紀夫賞受賞。2006年「ナンバーワン・コンストラクション」で第135回芥川賞候補。2007年『ピカルディーの三度』で野間文芸新人賞受賞。2009年「女の庭」で第140回芥川賞候補、「ゼロの王国」で第5回絲山賞を受賞。2010年「その暁のぬるさ」で第143回芥川賞候補。この度、『文藝』春号掲載の『冥土めぐり』で第147回芥川賞を受賞。

冥土めぐり

  • 第147回 芥川賞受賞作
    『冥土めぐり』
  • 鹿島田真希著
  • 河出書房新社
  • 本のご注文はこちら

その暁のぬるさ

  • 『その暁のぬるさ』
  • 鹿島田真希著
  • 集英社
  • 本のご注文はこちら

ゼロの王国 上

  • 『ゼロの王国 上』
  • 鹿島田真希著
  • 講談社(講談社文庫)
  • 本のご注文はこちら

ゼロの王国 下

  • 『ゼロの王国 下』
  • 鹿島田真希著
  • 講談社(講談社文庫)
  • 本のご注文はこちら

黄金の猿

  • 『黄金の猿』
  • 鹿島田真希著
  • 文藝春秋
  • 本のご注文はこちら

女の庭

  • 『女の庭』
  • 鹿島田真希著
  • 河出書房新社
  • 本のご注文はこちら

ナンバーワン・コンストラクション

  • 『ナンバーワン・コンストラクション』
  • 鹿島田真希著
  • 新潮社
  • 本のご注文はこちら

二匹

  • 『二匹』
  • 鹿島田真希著
  • 河出書房新社(河出文庫)
  • 本のご注文はこちら

── このたびは第一四七回芥川賞受賞おめでとうございます。四回目の候補での受賞となりましたね。

鹿島田  ありがとうございます。とくにこの作品は何度か書き直しをしていましたので、これで受賞できればいいなと思っていました。

── この作品は主人公・奈津子が身体の不自由な夫と一泊二日の旅に出かけ、家族との過去を振り返るというストーリーです。

鹿島田 最初は漠然と「旅と死」にまつわる小説を書こうと思っていました。旅をしながら精神的な死というものに直面し、そこである発見をして帰ってくる…そういう内容を考えていて、何度か稿を重ねるうちにだんだんと夫や家族などの具体的なイメージがわいてきました。

── タイトルに「冥土」という仏教語が使われていますね。「あの世」をイメージされているのでしょうか。

鹿島田  私自身はクリスチャンですが、キリスト教的な言葉ではなく、あえて日本人に親しみやすい言葉として「冥土」を選びました。キリスト教には天国や地獄の概念がありますが、私は「冥土」というと天国でも地獄でもないイメージを持っています。そういった死に近い状態の臨界点をめぐりながらも生きる希望を持って旅から帰ってくるという感じです。

── 選考委員の奥泉光さんから「宗教的センスに裏打ちされた作品世界の広がりがある」との講評がありました。宗教性を込めたという思いはありますか。

鹿島田  普段から霊的な感覚を感じながら、祈りとは何だろう、謙虚とは何だろう、なぜ人は悪い事もしていないのに苦しんだりするのだろう…と考えながら生きています。そういうところが無意識のうちに小説に表れたのかなと思います。宗教的なことというのは難しい言葉を使って表現されがちですけど、抽象的なことを出来るだけわかりやすい言葉で伝えられたらいいなと思っています。

── 虚栄心の強い母と弟の呪縛から逃れるように結婚した奈津子ですが、あえて家族の過去を振り返る旅に出ようと決心します。

鹿島田  悩み事があったとき、それを考えないようにしようと思うといつまでも心が暗いままです。私も昔は悩みを忘れようと努めていたのですが、最近は悩み事というのはとことん悩まないと解決しないのだと思うようになりました。やはりいつかは直視しなければならない時が来る。直視することでようやく悩みを客観的に見ることができるのではないでしょうか。

── 奈津子が過去を振り返るシーンでは八ミリフィルムや美術館の絵画が効果的に使われていますね。

鹿島田  とくに意識してはいなかったのですが、人はどういうふうに過去を思い出すのかを考え、記憶の仕組みを目に見えるようにわかりやすく表現するために、フィルムなどの映像シーンを用いて描いたというのはあります。

── 宿泊先の古びた保養所は奈津子が幼い頃出かけた高級リゾートホテル。時の流れの残酷さや時代の不公平さを感じさせます。

鹿島田  時代が変われば社会状況も変わり、ホテルに象徴されているような「よかった昔」もなくなります。それは辛いことかもしれないけれど、やはり耐えていかなければならないでしょうね。この作品の時代背景や登場人物の年齢もあえて書くということはしていませんが、そうすることでどの世代の人たちが読んでも共感してもらえるのではないかと思いました。

── 不公平さや理不尽さというのは、あらゆる意味でどの人にも共通する悩みでしょう。

鹿島田  私も小さい頃に嫌われるようなことをした覚えがないのに仲間はずれになってしまったことがあり、人は何もしていないのに嫌われることがあるんだなと感じました。旧約聖書の『ヨブ記』を読んでみたところ、やはり何も悪いことをしていないのに神の気まぐれで不幸な目に遭うという内容が書かれてあった。突然被る不幸というのを幼いながらに感じ、どうしてこういうことがあるのか不思議に思っていました。でも大きくなってみると、意外と誰もが同じような悩みを抱えていることがわかりました。この作品を読んで、自分と同じだなと思ってくださる方が一人でも多くいてくれるといいなと思います。

── 娘に過剰な期待を寄せる母と奈津子の関係にも共感される方が多いのではないでしょうか。

鹿島田  母親が娘に対して期待して、その結果傷つけるということはよくあることだと思います。小説だから少し極端な部分はあるかもしれませんが、私のお母さんにもこういうところあるなって思ってもらえるのではないでしょうか。

── 奈津子の夫・太一は突然の脳神経の発作により四肢が不自由になりますが、この設定には何か理由がありますか。

鹿島田  夫を見ていて思うのですが、ハンディがある人には心の強さを感じます。ハンディがあることによってかえって生命力にあふれ、大変なことや危険なことも乗り越える力を持てるのではないかと思います。生命力や精神力というのは、肉体ではなく魂の中にあるとということを書きたいと思いました。

── 太一の無垢な純真さが奈津子の救いになっていますが、この太一は鹿島田さんのご主人がイメージになっているそうですね。

鹿島田  夫と似ているところがありますね。私とはぜんぜんタイプが違って、こちらがすごく心配していても、むこうはのんびりとしているので、知らず知らずのうちに救われたような気持ちになることがよくあります。私は『二匹(にひき)』や『ゼロの王国』などで書いている「聖なる愚か者」という存在に興味を持っていて、それはキリスト教の修行ために人から軽蔑されるような振る舞いをしたり、乞食のようなことをしたりする人たちなのですが、妙に楽観的でのんびりした夫の性格を「聖なる愚か者」だなぁと思うことが時々あります。小説では、そういった夫の性格を少し誇張して書いた感じです。

── ご主人は聖職者でいらっしゃるとか。やはりとても純粋な方なんですね。

鹿島田  すごくピュアで、嘘をついたりずるいことをしたりがまるで出来ない性格なんです。とても優しくて、怒ったのを見たことがありません。昔、彼の同級生が一度でいいから怒るのを見てみようとわざと無視したら、彼は怒るのではなく、悲しくなって泣いてしまったそうです(笑)。本当に怒ったことがなく、懺悔を聞く立場ということもあり口も堅い。まさに聖職者に向いているのだと思います。

── お二人の出会いのきっかけを教えていただけますか。

鹿島田  作家デビューをした時に教会の方々が内輪でお祝いをしてくれて、その席で神学生だった主人を紹介されました。今から思うと、デビューして彼と出会ったことが人生の転機だったのかなと思います。私の作品を決して読まないのですが(笑)、応援してくれますし、精神的な支えとなっているのでありがたいなと思います。

── 『冥土めぐり』はお読みになりましたか。

鹿島田 今回のだけは読んだそうです。二回読んで、二回泣いたって言っていました(笑)。それだけに今回の受賞はとても喜んでくれ、私よりも先に泣いていました。

── 優しいご主人の応援のもと新しい作品が生まれることを期待しています。今後のご予定はいかがでしょうか。

鹿島田 今は男性の音大生を主人公とした作品を執筆中です。私自身、音大を受験した経験があり、また音楽学を勉強していたこともあって、『ピカルディーの三度』のように音楽をテーマとした作品を書くことがたまにあります。

── 『ピカルディーの三度』では音楽家を目指す少年と作曲家の男性との恋愛がテーマです。

鹿島田 そうですね。『冥土めぐり』に同時収録されている「99の接吻」という作品では、四人姉妹の中で妹が姉に抱く恋愛感情を描いています。近親相姦のようでもあり、同性愛の面もあると思います。愛について描こうと思ったら異性や同性はあまり関係ないですね。人は異性に対する愛だけでなく、同性同士ということもあれば、すごく年齢の離れた人、または動物などに対しても恋愛と同じくらい執着するときがあると思います。抽象的な「愛」について追求していくと、これからもいろいろなテーマが考えられます。

── 今後の抱負と読者へのメッセージをお願いいたします。

鹿島田 書く体力が少しついてきたので、これからは長編などにも挑戦してみたいです。このような大きな賞をいただくことができ、人は苦しい目に遭っても絶対に救われるのだということを、もっと明るく前向きにとらえていけるような小説を書いていきたいと思います。どんなに大きな悩みや小さな悩みを抱えている人でも、あと一日長く生きてみよう、そう思えるために文学があると思っています。自分でもそう信じてこの『冥土めぐり』を書いたので、これを読んで実際に救われたと感じてくださる方がいてくれたらとても嬉しく思います。

(七月二十三日、東京都渋谷区・河出書房新社にて収録)