『談志が死んだ』の立川談四楼さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)
「新刊ニュース 2013年1月号」より抜粋
立川談四楼(たてかわ・だんしろう)
1951年群馬県生まれ。群馬県立太田高等学校卒業と同時に立川談志に入門。前座名は寸志。1975年二つ目昇進後、談四楼と改名。1983年5月、落語立川流真打に昇進。1990年『シャレのち曇り』で作家デビュー。『新刊ニュース』にて書評「談四楼の書評無常」を連載中。著書に『たかがピンチじゃないか 人生の達人桐山靖雄に学ぶ、強く生きる知恵』『落語家のやけ酒、祝い酒』『話のおもしろい人、ヘタな人』『長屋の富』『記憶する力忘れない力』『粋な日本語はカネに勝る!』など多数。この度、新潮社より『談志が死んだ』を上梓。
── 二〇一一年十一月に落語立川流家元・立川談志が逝去し遺族や弟子、関係者が数々の追悼本を上梓しました。一周忌を過ぎ、立川談四楼師匠が掉尾を飾る『談志が死んだ』を著しました。「落語もできる小説家」として、弟子の談四楼師匠が書かなくてはいけない本ということで、読者も待っていました。
談四楼 談志が亡くなって私にもいくつかの出版社さんからお話は頂きました。そんな中「鉄は熱いうちに打て」と言わんばかりに、せっつかれたように多くの談志本が世に出ましたが、中には「鬼平犯科帳」でいう「急ぎ働き」のような本もありました。また、読んでみると小説という形式がない。それならばここはじっくり腰をすえて小説を書いてやろうと一年をかけました。一門の落語家は網羅しようと決めて全員登場させています。これからも談志の本は数多く出るでしょうけれど、談志本の基準≠ノすべく精魂傾けて書きました(笑)。一門をはじめ落語家は実名で登場しているし、小説とはいえ全てが嘘ではありません。あったことを膨らませたり、登場人物のキャラを変えたり、居た人を居なかったことにしたり、逆に「この場面であの人が欲しいな」って所には出てもらったり、時系列も多少変えて読者が読み易いように整理しました。そんな小説的な企みは盛り込んでいるんです。実際に在ったことをうんと積み重ねていくと嘘がつきやすくなる。読者も、どこが事実でどこを作ったんだろうと考えるでしょう。そこが狙いです。だから訊かれたら「当たりっ」とか「外れっ」とか答えて楽しもうと思っています(笑)。
── 第一章では、日付を付けてドキュメント風に家元の死とその後の日々が書かれ、主人公の「私」が緊急出演したテレビ番組で読者に「立川流」を知る橋渡しをしています。
談四楼 逝去直後にテレビ番組に出演したのは事実ですが、実際は小説に書いたほど長く話してはいなかったんです。小説では、ここに盛り込んじゃえと落語協会脱会の立川流騒動史を書き込んで、読者に向けておさらいしました。テレビ出演の翌日の落語会では家元ネタで爆笑を取りますが、《どの辺からが創作かを明かしておこうかと思った》と振り返るのは、芸人がどういうもので、ネタを作るとはどういうことか、そんなことを知って頂きたかった。落語家のネタ作りと小説作りとをリンクさせています。つまり読者にこの小説の虚実をご理解いただくように配慮した点です。
── 第二章・三章では「私」が家元に入門するまでと、入門以降の修行時代を描き、第四章で「私」と一緒に立川流真打第一号になった兄弟子の小談志、後に立川流を辞め落語協会へ移籍した喜久亭寿楽の葬儀に向かいます。
談四楼 何で立川流を辞めたのか、とずっと疑問でした。ポックリ逝かれるとどうして?っていうのがありますよね。今でこそ立川流は蔓延っていますが、落語協会からは傍流扱いというか業界独特の言葉で「土手組」と言われて、セミプロ扱いでした。当然、小談志さんも出戻った落語協会で言われただろうに。
── いよいよ第五章で、談四楼師匠が小誌「新刊ニュース」に書いた立川談春の著書『赤めだか』の書評が家元の逆鱗に触れ「クビ」と言い渡されます。
談四楼 果ては「一門解散」発言にまで至ってね。今でも時々思い出してカッと熱くなったりします。談志から説明が一切なかったから、未だに理由が判らない。きっと私に対して「こいつなら一方的に聞くはずだ」と瞬時に判断して、様々に溜まっていた感情を爆発させたんでしょうね。ここは読者も新しい情報が欲しいでしょうから隠し玉≠見せました。おそらく一門でも今回初めて知る人がいるでしょう。そしてこの事件から、小談志が立川流を辞めた背景に談志が致命的な一言を放ったのではないかと思い至るわけです。この他にも、小説という手法を活かし、小さなエピソードがリンクし合うように張り巡らせました。
── 「私」が家元の自宅に詫びに行った際、家元が体を掻いて大量の白い粉がポロポロ落ちる場面があります。
談四楼 白い粉は乾いた皮膚だったんですね。あれは私も吃驚しました。ご遺族は嫌がられると思ったのですが、ここは書くべきだと判断しました。実際、談志は痩せこけていて、言っていることは纏まっていない、掻き終ると抜け殻のような形のセーターと肌着を着る──。四十年近く慕い続けた人の思わぬ姿を眼にしてしまった、凄い状態を見てしまった、と思いつつ「何で俺が怒鳴られるんだ」と怒っている。そんな訳の判らない状況でした。
── 窮地に陥った「私」を救う「神山社長」にはモデルはいますか。
談四楼
います。当人は穏やかな方で優しく慰めてくれました。それで、この人物を思い切って、元は不良の叩上げで、会社を東南アジアに進出させようか、という経営者に仕立てました。小説の中でこの人物がよく機能してくれた。
── 「私」は家元と芸風が酷似していることを思い至り、以降は家元のやらないネタを探し出します。それが「浜野矩随」「柳田格之進」「井戸の茶碗」「抜け雀」など、いずれも父親という存在が重要な役割を担うネタです。師弟関係が親子と重ねられることや神山社長の父性的な包容力を考えると、談四楼師匠に父親という存在が影響を与えているのではないでしょうか。
談四楼 それは気付かなかった(笑)。談志がやらないネタを選んだんですが深層心理ではそんな理由が働いたのかも知れませんね。逆に言えば談志がそれらのネタをやらない理由があったはずです。夫婦の噺はやりますけど、確かに父子の噺はしなかった。そのことで談志の内面をうかがうことも出来るでしょう。もう少し早く言ってくれれば小説に書き込んだのに(笑)。
── 家元が「私」へ告げるアドバイスはどれも具体的ですね。
談四楼 そういう眼は本当に的確な人でしたね。他の弟子達にも一律に「頑張れ」とは言わず「お前はこんなネタをやれ」とか「ここの部分を伸ばせ」とか、よく見ている。しかも全部を聴かずに一瞬の判断でスパッと言うんです。「ちょいと聴きゃ判る」とね。「いいなコイツ」と言ってスッと引き上げることもあれば「駄目だこりゃ」で終わったりするので「そんなちょいと聴いただけで判る訳ないだろう」とじっくり聴いてみるとその通りだった、ということもしばしばありました。
── 家元の死を知った「私」は《もう小言を言ってくれる人はいない》と思うと同時に《視界良好》という感慨を抱きます。
談四楼 例えば、還暦の噺家に入門すれば、十五年修行して真打に昇進する頃に師匠は七十五歳。御礼奉公をしているうちにそろそろ亡くなる…。これが理想の姿です(笑)。しかし私は談志が好きで夢中で入門しちゃったんですが、当時の師匠は三十歳を超えた辺りでまだ若かった。芸人としての壁がいつまでも聳え立っている感じで、それはもうベルリンの壁≠フごとく強固で越えられなかったんですね。それが、談志が逝去して芸人としての壁≠ェ崩れた。《視界良好》ということです。仲間でも陽気になった弟子がいました。それくらい談志の圧は強く、壁は高かったんです。
── 「落語立川流」についてお尋ねします。寄席に出ないことで、席亭という仲間や師匠とは違う眼差しで芸の巧拙を判断する人がいません。芸人が自らを批評し研鑽していく命題を持っていると思います。
談四楼 その部分は確かに育っています。自我と言ってもいい。客観的に自分や兄弟弟子を見ることで芸を見る目は養われていますね。うちは寄ると触ると皆で言い合っていますよ。「あれはおかしい」とか「オチをこう付けたらどうだ」とか「あそこは無駄だよ」とか。後輩でも「師匠いいですか」と普通に意見をしてきて芸論を戦わせてくる。皆が作家であり編集者でもあるんです。
── 談四楼一門も充実してきましたね。
談四楼
一番弟子で、二〇一〇年に二ツ目となった三四楼の発想は悪くないし、オリジナリティがあります。しかしネタの推敲や稽古の積み重ねが足りない。変な部分を磨けと指導しています(笑)。立川流も際立った若手がどんどん伸びてきています。そうした中で三番弟子の寸志はきっちりやっています。当人も「ちゃんとやりたい」と言っているので、ブレずにやっていくんだろうと思います。もう一人、いっとき体調を崩していた二番弟子の長四楼が戻ってくるんです。昭和の匂いのプンプンする柳家系の噺家です。
── 落語をしながら執筆作業も続けています。書評や小説はいつ書くのですか。
談四楼 落語をやったその日は書けませんね。昔は一日原稿用紙三枚とか四枚を継続して書くように心がけていましたが、最近は集中して深夜から朝にかけて書くことが多いです。でも酒が好きだから、飲みたいばかりに早く書き始めます。
── 今後の予定を教えて下さい。
談四楼 『声に出して笑える日本語』シリーズの第三弾が控えています。それから『新・大人の粋』という本があり、それを英語版で出したいという企画があります。また、『下座は何でも知っている』という題名で、出囃子を演奏する下座さんの目を通して昭和の落語家たちを描く小説の構想があります。楽しみにして下さい。
(十一月十五日、東京都新宿区・新潮社にて収録)