『真夜中のパン屋さん 午前2時の転校生』の大沼紀子さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)
「新刊ニュース 2013年3月号」より抜粋
大沼紀子(おおぬま・のりこ)
1975年岐阜県生まれ。法政大学卒業。脚本家として活動する傍ら、2005年「ゆくとしくるとし」で第9回坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、小説家デビュー。著書に『真夜中のパン屋さん 午前0時のレシピ』『真夜中のパン屋さん 午前1時の恋泥棒』『ばら色タイムカプセル』『てのひらの父』など。この度、ポプラ社より『真夜中のパン屋さん 午前2時の転校生』を上梓。2013年4月からNHK BSプレミアムにてドラマ「真夜中のパン屋さん」放送予定(毎週日曜22:00)。
── 好評の『真夜中のパン屋さん』シリーズ第三巻『午前2時の転校生』をこの度上梓され、四月からはドラマが放映されます。まずはどんな着想でスタートした小説ですか。
大沼 最初、編集者さんからレストランもの≠ナ何か書いてみてはどうかと提案されたのですが、なかなか思いつかなかったんです。もう少し敷居が低いというか、自分が入るのに抵抗がない店は、と考えて思いついたのがパン屋さんでした。イートインのコーナーがあるパン屋さんであれば、パンを買って帰る人もいるし、そのままテーブルに向かう人もいる。そこで寛いだり、楽しめたりできるのでは、と。私も小説の舞台になった三軒茶屋に住んでいて、あの辺は夜遅くまで開いている店が多く、パン屋さんも夜の十時位まで開いている店があります。それで、もうひと息長く開いていてくれればいいのにな、という思いから発想していきました。
── 舞台は夜の十一時に開店し早朝五時まで営業するパン屋「ブランジェリークレバヤシ」です。オーナーの暮林陽介とパン職人の柳弘基の元に、高校生・篠崎希美が同居することから物語は始まります。
大沼 最初の設定はラブストーリーにする予定でした。十七歳の女の子と、三十代の優しい暮林、二十代で年が近いけれど口の悪いイケメン弘基との三角関係にしよう、と。でも、全然恋愛に発展していかなくて、むしろおかしな脇役が、どんどん増えていく一方で……。希美も、最初はもう少し年齢が上のOLとかパティシエで、仕事を辞めてパン屋さんで働く、という設定を考えていたのですが、どうもストーリーがうまく組めなくて年齢を徐々に下げていくうちに、高校二年生まで下がってきました。抱えている悩みも家族に関わる事が多く、高校生という設定ならば希美の発言も納得できるのではないかと。
── 希美に続きパン屋を訪れるのは、水野こだまです。
大沼 こだまは、近所にいる誰にでも懐く猫をイメージして書き始めました。はたから見るとつらい状況なのに「つらい」とは言わず、明るく振る舞う小学校三年生の男の子です。「お母さんが好き」と言い、お父さんが登場すると「お父さんが好き」とあまり深く考えずに言える。自分の境遇を周りから「かわいそうだ」と言われた時も、何となく意味は判るんですが、自分の感覚の方を優先させるような少年です。私自身が子供時代に経験したことも、こだまに反映させています。
── 続いて登場する斑目は、巻を追うごとに愛すべき人物になっていきます。
大沼 そうですね、私も次第に、面白い人だなと思うようになっていきました。ネットを駆使して暮林たちに情報を提供するなど、物語に欠かせない人物になりましたし。こんなに使える人になってくれてありがたい限りです。
── そして女装するホームレス、ソフィアさんが現れます。
大沼 編集者さんが丸の内線で、お爺ちゃんのホームレスを見かけたそうです。両手に紙袋を抱えていてかつらを被っている、それが巻き毛だったというので「乙女心だよね」って話し合って造り上げました。それで、細部を詰めていくうちに、包容力がある人物になっていきました。
── 『真夜中のパン屋さん 午前0時のレシピ』を上梓され一年を待たずに続編『〜午前1時の恋泥棒』が世に出ました。
大沼 一巻のプロットの段階では、こだまと母親、ソフィアさんも物語から去ってしまう嫌な終わりで締めくくっていたのですが、実際に物語を書いていくうちに、キャラクター皆と、私も一緒に過ごしてきたような意識が芽生えてきたんです。それで、このまま皆を不幸にしていいのかと逡巡して、ちょっと救いのある終わりに変更しました。二巻を書き出す時は全員居てくれて助かりました(笑)。一巻を書いた時は、長編小説を書いた経験が少なかったのと、三人称で書くのも初めてのことでしたので、連作短編なら大丈夫ですと答えたんですが、二巻では長編小説を書くようにしました。二巻以降は人物が自由に動いていると言って頂くことがあります。一巻で作ったキャラクターが二巻で動き始めたということかも知れません。
── 第二巻『午前1時の恋泥棒』はどのように構想したのですか。
大沼
二巻は弘基を中心に書こうとしました。一巻の五話目で弘基の過去を書いていますが、元はもっと長く書いてあったのを削ったんです。そこを含めて弘基が片想いを続けた暮林の亡き妻の美和子を書きながら、彼の過去を共有していた女性も登場するので「恋泥棒」としてスタートしたんですが、斑目が想像以上に活躍していまして(笑)。
── このシリーズでは既に亡くなっている暮林の妻・美和子の存在が作品世界を覆っているようです。
大沼 いなくなった人を含めて人格や人生が形成されていると思うので、いなくなったことを昇華するというより、彼女がいたことで暮林や弘基の人生があり、今後どういうふうに生きていくのかもう少し書けたらいいなと思います。
── 『〜恋泥棒』では「天に届くほどの高い塔を建て、神の怒りに触れて一つだった言葉が分たれたバビロニア」がキーワードであり、続く第三巻『午前2時の転校生』では「平行線は交わることが出来るか」がキーワードとなっています。このシリーズのテーマの一つに、人と人は理解し合えるのか、がありますね。
大沼 「話が通じてないな」と思うことは誰でも普通にあると思います。登場人物が呟く「世界はバビロニアの成れの果てだ」はみんなが一度や二度は思ったことのある普遍的な感情として書きました。私自身も十代の頃は「通じてないな」と思うことがあったんです。でも、十代の頃は「通じないな」で済んでいたことも大人になると通じさせないといけなくなってくる。通じないな、無理だな、しょうがないな、では済まなくなってくるので、通じることだってあるんだ、という願いを込めて書いたところもあります。
── 希美と母・律子の和解が今後のテーマの一つになるのではないでしょうか。
大沼 和解というよりは理解という方向性で考えています。理解した上で親を許せるかどうか考えてみたいです。
── 三冊が出て、「家族の再生」「新たな家族と呼びうる関係を探る」テーマが浮かび上がっていると感じました。
大沼 家族を血の繋がった人たち≠ニいう意味合いで言えば、良くも悪くも繋がり続けてしまうものだと思うので、崩壊も再生も意識はしていません。どうしようもなく繋がっているものであり、それにどう決着してゆくのか、ということだと思います。子供の頃から「家族とは何なのか」と考えています。パン屋での人間関係は擬似家族ではなく、他人同士だからこその居心地のいい距離感でいられる関係性を書けたらいいと思います。人が何人か集まると争い事が起こるという発想もあると思いますが、そうじゃない関係もあればいいなと「ブランジェリークレバヤシ」を考えています。
── 大沼さんにはシナリオライターのキャリアがありますね。
大沼
物語を書く仕事がしたかったんです。「シナリオは技術論だから、ちゃんと学べば仕事になる」と誰かが何かに書いていて、それを鵜呑みにしてシナリオの学校に通いました。卒業して、昼の帯ドラマのシナリオを書きましたが、人が大勢関わることの難しさを感じました。私にとって書き上がったシナリオは完結したもの≠セったんですね。脚本家として、それではダメなんですけど。でも、出来上がってくる映像がシナリオと違うことにいつまでも慣れることができませんでした。そうしたなか、小説「ゆくとし くるとし」で第九回坊っちゃん文学賞の大賞を受賞して小説家デビューしていたこともあり、シナリオを辞めようと思っていた矢先にポプラ社さんからお声をかけて貰い『ばら色タイムカプセル』を書いたんです。
── 小説はプロットを作ってから書き始めるそうですね。
大沼 プロットを詰めるんです。でも、書きながら大きく崩れるんです(笑)。事件や展開の骨子はプロットで固めてあるのですが、実際書いてみるとキャラクターの心情が伴わない、この人はこの動機では動かない、成立しない、と遡って大きく書き直します。そのため編集者さんにすごく迷惑をかけています。すみませんと思ってます。いつも。
── ドラマ化の感慨と今後の予定は。
大沼 ドラマを見た方が原作の『真夜中のパン屋さん』を手にとってくれれば嬉しいです。四月にはデビュー作が文庫化されます。七年前に書いたものなので、加筆修正をする予定です。『真夜中のパン屋さん』シリーズもなるべくお待たせしないように最新刊を出したいです。楽しみにして下さい。
(十二月二十一日、東京都新宿区・ポプラ社にて収録)