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『法服の王国 小説裁判官』上・下の黒木 亮さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)


「新刊ニュース 2013年9月号」より抜粋

黒木 亮(くろき・りょう)

1957年生まれ。北海道雨竜郡秩父別町出身。早稲田大学法学部卒業。カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士。2000年、三菱商事ロンドン現地法人・プロジェクト金融部長在任中に上梓した国際金融小説『トップ・レフト』で小説家として一躍脚光を浴びる。他著に『獅子のごとく 小説投資銀行日本人パートナー』『トリプルA 小説格付会社』『排出権商人』『赤い三日月 小説ソブリン債務』『冬の喝采』など多数。この度、産経新聞出版より『法服の王国 小説裁判官』を上梓。

法服の王国 小説裁判官 上

  • 『法服の王国 小説裁判官』上
  • 黒木 亮著
  • 産経新聞出版
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法服の王国 小説裁判官 下

  • 『法服の王国 小説裁判官』下
  • 黒木 亮著
  • 産経新聞出版
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カラ売り屋

  • 『カラ売り屋』
  • 黒木 亮著
  • 幻冬舎(幻冬舎文庫)
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エネルギー 上

  • 『エネルギー』上
  • 黒木 亮著
  • 角川書店発行/KADOKAWA発売(角川文庫)
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エネルギー 下

  • 『エネルギー』下
  • 黒木 亮著
  • 角川書店発行/KADOKAWA発売(角川文庫)
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アジアの隼 上

  • 『アジアの隼』上
  • 黒木 亮著
  • 幻冬舎(幻冬舎文庫)
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アジアの隼 下

  • 『アジアの隼』下
  • 黒木 亮著
  • 幻冬舎(幻冬舎文庫)
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鉄のあけぼの 上

  • 『鉄のあけぼの』上
  • 黒木 亮著
  • 毎日新聞社
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鉄のあけぼの 下

  • 『鉄のあけぼの』下
  • 黒木 亮著
  • 毎日新聞社
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ザ・コストカッター

  • 『ザ・コストカッター』
  • 黒木 亮著
  • 角川書店発行/KADOKAWA発売(角川文庫)
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貸し込み 上

  • 『貸し込み』上
  • 黒木 亮著
  • 角川書店発行/KADOKAWA発売(角川文庫)
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貸し込み 下

  • 『貸し込み』下
  • 黒木 亮著
  • 角川書店発行/KADOKAWA発売(角川文庫)
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── 新刊『法服の王国 小説裁判官』は、司法官僚の津崎守や地方裁判所を転々とさせられる裁判官の村木健吾、弁護士の妹尾猛史たちの半生を描く上下巻八百ページを超える社会派長編小説です。執筆の動機を教えて下さい。

黒木 かつて、旧三和銀行が脳梗塞で痴呆状態になった資産家に立会人もつけずに二十四億円以上を貸した過剰融資事件があり、僕自身がその裁判に巻き込まれたことがきっかけでした。平成十五年に僕は債務者側──いわゆる被害者側の証人として東京地方裁判所に出廷して証言したのですが、裁判官は居眠りするし、判決は銀行の主張を丸写しだし、奥さんの署名捺印が偽造されていたのに保証債務を認定した判決が出るというめちゃくちゃな裁判だった。この顛末は角川文庫の『貸し込み』という小説に書いています。その裁判官は東大法学部を出て裁判所の中でエリートコースを歩み、司法試験の考査委員もやっていた。そんな高給取りの秀才が何でこんな判決を下すのか、裁判官の世界はどうなっているのか、一度徹底的に解明してみて小説にしたいと考えたことが執筆の動機です。二十四人の裁判官、原発など訴訟関係の弁護士十二人を含め、法曹関係では三十六人に実際に会って取材しました。裁判官の懇話会の世話人をやっていた人から「よく調べて書きましたね」と言われましたよ。

── プロローグでは、平成十八年、日本海原発二号機差止請求の判決を控えた裁判官の村木が描かれ、三・一一の東日本大震災と福島第一原発の事故を想起させます。

黒木 竹中省吾(修習22期)という実在の裁判官がいました。平成十二年に神戸地裁で尼崎公害訴訟の原告勝訴判決を出すなど、数々の裁判で画期的な判決を出しています。村木はこの竹中判事を人物造形の幹にしています。当初は大きな事件として公害訴訟を扱おうかと考えていましたが、古い話なので読者に馴染みがないのではと思案していたところに三・一一の原発事故が起きました。当時イギリスでニュースを知り、日に日に大事になってきていると感じました。福島第一原発の事故には司法も少なからず責任があると思い、クライマックスに原発訴訟を取り上げることにしました。

── 村木は青年法律家協会員ということが響き、定年まで地方の裁判所を回されます。

黒木 村木は主人公達の一方の対立軸とし、様々な問題を立体的に表そうと考えたキャラクターです。実際、裁判所でも現場組と司法官僚組がいますから、村木と、もう一人の主人公・津崎にそれぞれを代表させています。昭和四十年から現代までの時間軸を、日本社会の時代時代の訴訟を通して表し、そこに彼らの人生を絡ませながら描いていきました。社会派小説を書く場合の伝統的な手法です。

── 村木とは対照的に司法官僚の道を歩む津崎は、幼いころに母親を亡くし、父親は犯罪者という影を背負っています。

黒木 津崎は『白い巨塔』の財前五郎のような強烈なキャラクターをイメージしたかったのですが、結局は多数いる登場人物の中で造形に苦労した人物です。親が犯罪者だけれども、奨学金で東大を出て官僚になった方がいて感銘を受けたことがあり、そのエピソードを津崎に投影するなど、僕の知り合いから色んな要素を入れて作りこみました。

── 学生時代に村木と一緒に新聞配達をしていた妹尾は弁護士になり、原発訴訟に関わっていきます。

黒木 妹尾の故郷を能登とし、父が原発反対派で、兄は電力会社に就職していて原発用地買収の担当者という設定にしています。実際に原発の地元では、賛成派と反対派で親族家族の対立がよくありました。また、妹尾は狂言回しのような人物で、必要に応じて彼を使って色んなことを判り易く説明しています。

── 司法界に君臨し、物語に強烈な印象を残している弓削晃太郎は「毀誉褒貶の激しい人物」「怪物」と称されていますが、改革者の一面も持ち合わせています。

黒木 裁判員制度導入などの改革を行ったのも自己顕示欲からではないかという解釈もできます。難しい人ですよね。大物≠ニいう人は、スパッと数学的に割り切れる人はいないようです。小説『冬の喝采』に書いた、僕の大学時代の箱根駅伝の監督・中村清氏もそうでしたが、毀誉褒貶の激しさが人物の魅力になっていると思います。実は弓削をこの物語の主人公にしようかともずっと考えていて、連載の最中でも「今から主人公を変えられないか」と考えていたくらい、魅力的な人物です(笑)。

── 下巻に「原発は自衛隊に匹敵する国策で、負けると大変なことになる」というくだりがあり、文字で読むと改めて息を飲みます。

黒木 実際の裁判の結果を見ていると、原発と自衛隊は本当の意味での大きな国策だと判ります。自衛隊を否定する判決は、ことごとく最高裁までに否定されているし、原発訴訟も下級審で二つ勝ったけれど最終的には上級審で覆されている。裁判長の人柄も変えてしまうのが、国策なんだと思います。

── 田中角栄や鬼頭史郎判事補など実名で登場する人物がいる一方、明らかにモデルが判るのに仮名で登場する政治家もいて、重層的な小説になっています。

黒木 実名で書いている人物は時間や細部を変えずに書いていて、少しフィクションを入れた方が判り易い場合は実名をもじったり仮名を使います。実名と仮名が混然一体になっているのは僕がよく使う手法です。でも最終的に小説はモデルを離れて生きていかなければならないので、作品自体が強い力を持つようにしなければいけないと思っています。

── 黒木作品では要所で出てくる食べ物や歌が特徴的です。

黒木 馬の腸の煮込み「おたぐり」が出てきますが、信州の飯田まで行って食べてみました。熊本県の天草ではうつぼ≠フ懐石料理を食べてみましたし。その場所に行かなければ判らないことがあるし資料も出てこない、と吉村昭さんも語っています。能登は二、三回行き、天草で蛸釣りしたり、北海道で吹雪の中で電車に乗ってみたり…小説に書くことは全国を回って自分で体験しています。大阪弁や能登弁などの方言は、地元の方に直して貰いました。また僕の小説では歌がよく登場します。この小説でも「世界の国からこんにちは」や「六甲おろし」「琵琶湖周航の歌」など。歌や食べ物は時代やその場の雰囲気をよく表して、リアリティが出るのでしばしば使います。

── プロローグでクライマックスに向かうシーンを描き、第一章では昭和四十年に戻って先へ先へと進みます。

黒木 クライマックスを冒頭にもってきて、以後は時系列で物語が進んでいくのはよく使う構造です。読者には物語がここまで進むと判るし、読んでいる途中でもどこに向かうのか判り、安心感と期待感を持ってくれる。修業時代、編集者から「小説は一ページ目が勝負で、そこで読者の心を掴まなければいけないから、印象的で強烈なイメージを持ってくるように」と言われました。これは今でも心がけています。

── いつから作家志望だったのですか。

黒木 若い頃から本を出したいとは考えていましたが、小説ではなくて実務書やビジネス書を書こうと思っていました。しかし当時はサラリーマンだったので、ノンフィクションを書いたのでは会社の守秘義務などに抵触して問題が生じる。それで小説を書くようになったんです。今でも小説の形をした実務書を書いている意識があります。僕の読者はビジネスマンをはじめ、大学教授や学生、官僚や弁護士が多い。彼らは物語を楽しみながら違う世界の知識を得たいと、一石二鳥ならぬ三鳥を狙って読んでいるようです。ですから、僕が理解したことを判り易いように手をかけて書き、巻末には必ずその小説に出てくる専門用語の用語集を付けています。

── ロンドン在住のメリットは。

黒木 執筆に集中できることです。常時カンヅメになっているようなものです。東京との距離の感覚は埼玉県にいるくらいにしか感じないし、原稿は電子メールで送信して、ゲラはファックスでやり取りしています。先日出版社に百六十七枚をファックスで送ったら感動していましたよ(笑)。

── 長編小説の魅力は。

黒木 一つの世界を長い時間軸を追って描くには長編小説が有効です。重厚な迫力のある作品は最低でも七百枚、できれば千枚くらいは欲しい。現在は短編・中編小説が多くなっていますが、読者は重量級の大河小説を待っていると信じて、時代の波に逆らっても書き続けていきたいと思います。

── 今後の予定を教えて下さい。

黒木 英語で小説を書いて世界をアッと言わせたい、と常に思っていますが、連載などの目先の仕事に追われてしまっています。近々の予定では、今、毎日新聞の「本の時間」という冊子で「対米交渉人」という日本の戦後復興の話を連載しています。また、年末までに幻冬舎の書き下ろしを脱稿する予定ですし、新年から週刊誌の連載も予定しています。中断している清水一行さんの伝記『兜町の男 清水一行と日本経済の興亡』を再開したいですね。当面はこの四作が控えています。
出版不況と言われて久しく、小説を書く環境は中々厳しいものがありますが、陸上競技をやっていた経験で、苦しくなってきてからが勝負だと思っています。僕は箱根駅伝は二回走りましたが、思うように力を発揮できなかったので、同じことを繰り返したくない。これからが勝負で本番です。楽しみにして下さい。

(七月十二日、東京都千代田区の産経新聞出版にて収録)