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『沈黙のエール』の横関 大さん
インタビュアー 青木千恵(ライター・書評家)

「新刊ニュース 2013年12月号」より抜粋

横関 大(よこぜき・だい)

1975年静岡県生まれ。武蔵大学人文学部卒業。2010年『再会』(応募時のタイトルは「再会のタイムカプセル」)で第56回江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。同作はフジテレビでドラマ化された。他著に『グッバイ・ヒーロー』『チェインギャングは忘れない』『偽りのシスター』などがある。この度、講談社より『沈黙のエール』を上梓。

沈黙のエール

  • 『沈黙のエール』
  • 横関 大著
  • 講談社
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グッバイ・ヒーロー

  • 『グッバイ・ヒーロー』
  • 横関 大著
  • 講談社(講談社文庫)
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偽りのシスター

  • 『偽りのシスター』
  • 横関 大著
  • 幻冬舎
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再会

  • 『再会』
  • 横関 大著
  • 講談社(講談社文庫)
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チェインギャングは忘れない

  • 『チェインギャングは忘れない』
  • 横関 大著
  • 講談社
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── 『沈黙のエール』は、パティシエとして働く朝宮里菜を主人公に、家族の絆を問う長編ミステリーです。この小説を書くことになった経緯をまず教えてください。

横関 シリアスな現代ミステリーを書きたいと、そこから考え始めたのが端緒でした。デビュー以来、ポップな作品を書いてきて、ここで少しまじめな話を書かなくてはと思いました。事件の謎が解かれるのと同時に、家族の謎が解かれる物語にしたいというのも、最初に考えたことでした。ただ事件の謎が解かれるだけではなく、読者の心に響くような感動が最後にあればいいなと。

── 主人公で二十六歳の朝宮里菜は、東京・恵比寿の有名洋菓子店〈ドンナ〉で働いている。実家は湯島天神の近くにある〈朝宮洋菓子店〉。ある日、実家が火事で焼け、焼け跡から父の朝宮有三の死体がみつかる──。物語は、父を亡くした里菜と、上野署の刑事、片山悟郎の二視点で描かれます。

横関 捜査をする側の決意や事件を解くための思考も書きたかったので、被害者の里菜と、捜査をする片山の二視点にしようと考えました。実家が火事で焼け、父が死に、見ず知らずの子供がやってきて、音信不通だった兄が帰ってくる。そこからスタートする物語にしようと決め、構想を練りました。

── 洋菓子をモチーフにされた理由は。

横関 女性の読者に読んでいただけたらいいなという思いから。まず女性の主人公を考え、職業としてパティシエが思い浮かびました。女性視点で書くことに苦手意識を持っていたのですが、『チェインギャングは忘れない』と『偽りのシスター』で女性の視点を交えたらうまく書けていたと褒めていただけたので、新たな挑戦として女性を主人公にし、彼女に不幸が降りかかる話を考えました。

── デビュー以来、小説の舞台を東京にしているのはなぜでしょうか。

横関 ごく単純な理由で、いちばん人が多く集まっている町だから(笑)。全国的に知られる町も多く、読者がすっと物語に入れるように、東京を舞台にしています。今回、里菜の実家は、東京の下町のほうにしようと思いました。あまり下町すぎると情緒と人情の色合いが濃くなるから、地縁が残りつつ都市化も進んでいる上野界隈にしました。

── 下町と都会、菓子職人≠フ父・有三とパティシエ≠フ娘・里菜、ベテラン刑事の片山と、刑事を目指す若手警官・深津、と新旧の対比が感じられます。時代の移り変わりについては意識されましたか。

横関 そこは意識しました。下町と都会のコントラストと同時に、親と子の対比にもつながってくると思うんですよね。この小説を書くために洋菓子について調べると、たとえば最近の流行では、パリジャンといわれるサクサクした歯ごたえのシュークリームが主流ですが、僕が覚えている昔ながらのシュークリームは生地が柔らかった。調べながら変化に気づいて、物語に取り入れました。僕が意識した以上に、時代が移り変わっていく様子が強く表れたと思います。また、若手警官の深津が車椅子に乗って事件の捜査にかかわるのは、彼が立ち上がる場面を書いてみたかったのと(笑)、交番勤務の警察官なので、入院中じゃないと自由に動きづらい。それで車椅子に乗っている設定にしました。

── 冒頭、里菜の前に、十歳の少年、平井陽介が突然現れる。家族の秘密を書いてみたいと思われたのはなぜでしょうか。

横関 家族の謎を解く鍵として、少年を登場させようと考えました。また、主人公の里菜が冒頭でつらい状況に陥りますから、鬱々とした話にならないように、生意気な少年を里菜のそばに早めに置きたい意図もありました。ラストへ向かう過程で、里菜、陽介、有三、兄の克己ら、キャラクターそれぞれが抱えていたものが現れてくる。僕はデビュー以来、人と人とのつながりをテーマにして書いてきました。今回は、家族のミステリーを真正面から書いてみたかった。家族は人と人とのつながりの中で一番コアな部分で、どの人にとっても、最終的に頼る存在だと思います。家族の絆が希薄になったと言われている中で、家族のことを再認識したり、実感してもらえたらいいなと。有宮家の秘密ほどではなくても、どの家族にも何かしらの秘密があるのではないかと思います。

── 兄の克己は二十九歳で、彼が子供の頃に所属していた少年野球の話がモチーフになっている。横関さんはいま三十代ですが、時代の変遷を感じることはありますか。

横関 新旧どちらかというと、自分では若いつもりで(笑)、里菜や克己のほうに近い気がしながら、五十八歳の片山の心情を書いていても違和感がなかったですね。移り変わりを感じることはあります。僕は第二次ベビーブームの生まれで、少年野球チームに入っていた頃は、地元に同級生が大勢いて、同じ地区内でAチーム、Bチームに分かれて試合ができたほどでした。それから東京の大学に進学し、二十代後半で実家に戻ったら、同世代の人が僕と二、三人くらいしかいない。あれ、みんないないな、どこに行ってしまったのだろうと思ったのを覚えています。僕自身は実家に戻り、家族同士の仲がよく、血縁に対する信頼を失わずに、今回、家族の物語を書きました。しかし、すべての家族が強い絆で結ばれているとは限らないとも思います。それぞれに家族の環境が異なる読者に、この小説をどのように読んでいただけるか、怖くもあり、興味もあります。

── 小説を書き始めた理由は。

横関 大学生のときに書き始めて、当初は純文学を書いていました。人文学部の日本文学科でしたから文学的なところに惹かれて、村上龍さんの小説を何度も読み返したり、自分はちょっと違うんだぜと、背伸びをする意識がありました。二十代後半で実家に戻ることが決まり、東京にいられるうちにと、カルチャースクールの創作教室に一年間通いました。短編を書いて講評しあうクラスで、そこでミステリー系のものを書いたら、意外に受けがよかった(笑)。もしかしたらいけるのかもしれないと、純文学からエンターテインメントに切り替えました。いま、根本的なところで影響を受けた人を挙げるとしたら、赤川次郎さんです。中学生の頃にたくさん読んでいた赤川次郎さんの影響が大きかったと思います。畏れ多いですが。

── 八年連続で応募し、江戸川乱歩賞を受賞。三年連続で最終候補に残りながら受賞を逸したときもあったと思いますが、なぜ乱歩賞を目標に定めたのでしょうか。

横関 ミステリーの公募賞でもっともメジャーな賞だと思い、ものは試しで送ったら、二次選考まで通過しました。気をよくして、それからずっと書いていました。応募するために毎年いろいろなことを考えて、毎回違うモチーフを使い、手を変え、品を変えして書いていました。七度落選して、落ちた作品は何かしら欠陥があったのだろうと、リライトして出版することはせず、デビュー後も、いちから新しいものを書いて発表しています。その都度考えて新しいものを書くことが、僕のレベルアップにつながると思って。

── 後味のよい結末にすることは意識しておられますか。

横関 少しでも前向きな終わり方をしたいなとは思っています。今回の小説も、謎が解かれて犯人が明らかになるだけでなく、さらにもう一段、胸がすくラストを提供できたらと考えていました。僕自身が登場人物たちにエールを送りたい気持ちで、タイトル『沈黙のエール』の意味が明らかになったところで、読者の心にぐっと迫るような話にしたかった。いまは世知辛い世の中で、生活に困っている人が少なくないですが、つらい思いをしている人に救いがあるような、そんな物語を今後も書いていくと思います。これからは、地縁がますます大事になってくると思います。助け合わないと、生きるのはなかなか難しい。今回は、そんな気持ちも入ってきました。

── 今後の執筆予定を教えてください。

横関 次は集英社から、書き下ろしの長編ミステリーを出版する予定です。また、乱歩賞作家による短編競作集が年末に出版される予定で、面白い短編を書きました。僕が人と人とのつながりを書くのは、それがあるからこそミステリーが生まれるという気がするからで、今後もテーマにしていくつもりです。僕は、乱歩賞作家として一刻も早く独り立ちしたいと思っているんですよ。そのために良質なミステリーを書いていこうと、決意をいま新たにしました(笑)。読者のみなさんの心にぐっと来るようなミステリーを、たくさん書いていきたい。

(十月十一日、東京都文京区・講談社にて収録)