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『花のベッドでひるねして』のよしもとばななさん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)

「新刊ニュース 2014年1月号」より抜粋

よしもとばなな(よしもと・ばなな)

1964年東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。1987年、小説「キッチン」で第6回海燕新人文学賞受賞。1988年『キッチン』で第16回泉鏡花文学賞受賞。1989年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞受賞。1989年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞受賞。1995年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞受賞。2000年『不倫と南米』で第10回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。著書に『すばらしい日々』『スナックちどり』『どんぐり姉妹』『さきちゃんたちの夜』など多数。この度、毎日新聞社より『花のベッドでひるねして』を上梓。

花のベッドでひるねして

  • 『花のベッドでひるねして』
  • よしもとばなな著
  • 毎日新聞社
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すばらしい日々

  • 『すばらしい日々』
  • よしもとばなな著
  • 幻冬舎
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スナックちどり

  • 『スナックちどり』
  • よしもとばなな著
  • 文藝春秋
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どんぐり姉妹

  • 『どんぐり姉妹』
  • よしもとばなな著
  • 新潮社(新潮文庫)
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さきちゃんたちの夜

  • 『さきちゃんたちの夜』
  • よしもとばなな著
  • 新潮社
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ジュージュー

  • 『ジュージュー』
  • よしもとばなな著
  • 文藝春秋
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もしもし下北沢

  • 『もしもし下北沢』
  • よしもとばなな著
  • 毎日新聞社
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── この度の最新小説『花のベッドでひるねして』は、海辺に捨てられていたところを拾われて成長した幹と、その家族・大平家の人々の物語です。どのように着想しましたか。

よしもと 以前から「廃墟」とか「埋まっている」とかいうものに物凄く興味があって、今回それを書こうと思いました。私は下町の育ちで、家を建てるときなどに地面を掘りおこすと何だかわからない自分のあずかり知らないものが出てくることをよく経験していて、これが自分の原風景になっています。それをあらゆる形で数作品にまとめてみようと決めていました。それから、私の読者は世の中を生きづらいと感じている女の子が多いので、そういう子たちにちょっとずつ楽になって貰える作品だといいなという思いもあったんです。自分の考えをなるべく減らして、出さないように書いていきました。その方が読者にとって空間ができると確信していたので。一度書き下した長編小説を、毎日新聞社のPR誌「本の時間」に分けて連載しながら、書籍に向けて再度調整したんです。

── エピグラフ「あなたの考えには希望がある〜」は荒木飛呂彦氏の『ジョジョの奇妙な冒険』part6ストーンオーシャンから引用されています。

よしもと 二〇一二年の一月から二月まで倒れたんです。顔の半分が大きく腫れて耳も全く聞こえなくなって、中耳炎の酷い状態だったようで熱も四十度の毎日が続き、これは死ぬんじゃないかと。そんな時に、ただ寝てて死んでもしょうがないから「ストーンオーシャン」を読んでいたんです。これは一つも希望がない話なんですよ、最終的にもない。でも逆に「これはすごい」と励まされたんです。描写も細かくて一度に三ページ位しか読めないんだけど救われて。荒木さんに敬意を捧げたいと思って書きました。

── 主人公の幹は母の淑子が海辺で拾ってくることから大平家の一員になりますね。

よしもと 彼女は奇跡的に助かっただけで、一度死んだ人というふうに考えました。死んで生まれ変わったら人間はどんな感じかな、と。透明感、地に足が着いてない感じ、だから幽霊的なものと普通に接することができる、というようなニュアンスの人物です。もう一つはイギリス的なもの、ファンタジー的なもの、『ハリー・ポッター』的な、騎士やドラゴン、人魚やネス湖のネッシーがいるような土地柄を意識しました。寓話的・神話的、そういうイギリス独特のファンタジーのムードも感じさせたかった。赤ちゃんの下に何か敷いていてほしい、と思い「わかめ」にくるまっていました。

── イギリスで長く暮らして帰国し「B&B」(英語圏における小規模宿泊施設)を開業した亡き「祖父」は飄々とした人物で《ほしいものがいつのまにか手元にやってくる特技》があります。

よしもと うちのお父さんがこうだったらもっとのほほんと老後を過ごしただろうな、という理想のお祖父さんという感じでしょうか。引き寄せ≠ノ関してはそうとう研究しましたからその成果を余すところなく伝えています。たとえば今日どうしても小田原のアンパンが食べたいと思ったとして、普通に考えたら電話してお店が開いているのか確かめて、小田原に向かう電車に乗る。これが一番着実で現実的にもうまくいく道ですよね。でももう一つ、黙っているだけで小田原のアンパンがうちにやってくる方法があるんですよ。そっちの方が難易度が高いのは当たり前ですが、絶対来るんですよ(笑)。どうしたらいいか、伝授するのは難しいですけど。でも「小田原のアンパンが食べたい」と、随所で言わなきゃいけないんです。それを誰に言うか、小田原在住の人に言っても駄目なんですよ。何で私はこの人に言ってんだろう、という人に言わないとアンパンは来ないんです。その勘所はそれぞれが掴むしかないんですけど。この小説の赤ちゃんが拾われた経緯だって、母さんがハッと思わないと拾われてないですし、そんなはずはないと思っていたら幹は死んでいますよね。論理的に考えた筋道ではなく、閃きみたいなものをもう少し大事にしてもいい、その方が人生が面白いんじゃないかなとは常に思っています。

── 母が交通事故で入院し、幹の幼馴染の「野村くん」がアメリカから帰国します。彼は大平家の裏の廃墟を購入したことが判ります。

よしもと 野村くんは絶妙なキャラで彼が登場して物事が動き出しますよね。彼は祖父の弟子でした。それは素直な男の子だったからでしょうね。野村くんの方は幹を憎からず思っているけれど幹は全く興味がない、その鈍い感じがいいかなと思います。舞台になった大丘村の中では大平家の人たちは好かれていて、廃墟になった家の人たちは敬遠されていました。しかし、ぼかして書いていますが、どっちの家も村の人にとって違和感のある家で、ある意味で村八分、あの二軒はわからないから置いておこうという存在です。大平家は受け身で、特に幹は超受け身の生き方なので、そんな中で幼馴染が帰ってくるというのは異性を感じなくてもすごく嬉しいことだったんです。そういうある種のフレッシュな感じがこの作品に出ているのだと思っています。

── 合わせて六度、幹たちが何かの啓示のような夢を見ます。

よしもと ファンタジーにおける魔法のような役割で使っています。お能とかで突然鬼に変わるように、急に非日常が入ってくるのは夢が一番いい方法かと思いました。一番書きたかったのが五度目の、若き祖父がグラストンベリーのハイストリートを歩いている姿を見下ろす幹の夢です。彼だけはイギリスに住んでいたことがないと「B&B」の成り立ちがはっきりしない。上空を見上げ幹と目が合います。時空を超えて出会うような、祖父もそういう力があった筈です。

── 本作と『スナックちどり』がイギリスに関わる物語ですね。

よしもと イギリスに行ったことで二作品書いたことは大きなことでした。一つの取材旅行で二度美味しく小説を書いたんだなと。この『花のベッド〜』ではコーンウォールとかストーンヘンジ寄りを書きたかった。ペンザンスはそこだけムードが違っていて残っちゃって、一作品これで行こうと思う存分『スナックちどり』で書きました。イギリスに住んでいて国籍も持っている友達からペンザンスの雰囲気はばっちり書けていると褒められてホッとしました。

── 『花のベッドでひるねして』と同じく宇宙のメカニズムを捉えようとした作品に『アルゼンチンババア』がありますね。

よしもと 書きながら、遺跡とか石を掘るとか、近いとは思いました。『アルゼンチンババア』はコラボ作品で、原作ものみたいな感じでした。古いものの意味について書ききれなかった悔いが残っていたんです。

── 小説はどのように書くのですか。

よしもと プロットは最後までしっかり作ります。頭から終わりまでプロット通りかっちり書いて、後で所々に細部を入れて直しています。思いのほかこんなこと書いちゃった、というくだりは意外にないです。どこでリアリティを持たせてどこで抜くか、これは重要な点で感覚的なものではなく技術です。この作品の場合、ファンタジーの度合いが多いのでかなり気を遣いました。

── よしもとさんとコラボレートするアーティストたち、原マスミさん、奈良美智さん、山西ゲンイチさんたちに共通するのは幼児性を手放さないことではないでしょうか。

よしもと 本当にそう思いますよ。どうやってこの人たちは生きているんだろうって。やっぱり子供っぽいところをもっている人の方が仕事がし易いというか。ただ、原さんや奈良さんは芸術家です。私はもっとこの世の成り立ちとか、どうやったら小田原のアンパンが手に入るかに興味がありますので(笑)。

── そう考えるとここ数年で親しくされている「雀鬼」こと桜井章一さんは異彩を放つ人物に思えます。

よしもと 私は桜井会長から下北作家支部長に任命されています(笑)。会長はこの世の真実を追求しているんじゃないですか。その点が僭越ながら私と変わらない気がします。会長に比べたら私はひよっこですけれども。

── エッセイも多作で読者と積極的に連絡し合うのは何故なのでしょうか。

よしもと そういう年齢かな、と思います。五十歳までは自分のためだけに時間など色々使っていいけど、五十歳からは若い人にあげていきたい。人前に出たり、ツイッターやメールで読者と交流しているのも学んだものや知り得たことをこれから還元していきたい、そんな年齢なんだと思います。

── 今後の予定は。

よしもと いま地方新聞に連載している『サーカスナイト』が来年単行本になります。埋まっているもの≠ノついての第二弾です。続いて今書いている小説が第三弾として上梓される予定です。『花のベッドでひるねして』から始まる三部作です。やはり、人生でこれだけたくさんの骨を見たことはなかったんです。父さんもお母さんも友だちも犬も死にました。墓の建て替えで掘り返してみたらご先祖様の骨まで見ちゃって。色んなことが一遍に起きて、大きな境目だったけれども、後半戦は少し活動の形を変えて行こうかなと思っています。楽しみにしてください。

(十一月五日、東京都世田谷区・よしもとばなな氏の事務所にて収録)