『雪月花黙示録』の恩田 陸さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)
「新刊ニュース 2014年2月号」より抜粋
恩田 陸(おんだ・りく)
1964年宮城県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。1992年、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞、第2回本屋大賞をダブル受賞。2006年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞、『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞をそれぞれ受賞。著書に『夜の底は柔らかな幻』『私と踊って』『夢違』『隅の風景』『土曜日は灰色の馬』『私の家では何も起こらない』など多数。この度、KADOKAWAより『雪月花黙示録』を上梓。
── 新刊『雪月花黙示録』は、伝統回帰主義のミヤコ≠ニ、企業の利益と個人の快楽を追求する帝国主義≠ノ二分された近未来の日本を舞台にミヤコ≠フ最高学府・光舎に通う春日一族の御曹司・紫風と従妹の萌黄、蘇芳が活躍するエンターテイメント長編小説です。発想のきっかけは何でしょうか。
恩田 角川書店で出した作品は、ハイテンションの『ドミノ』で始まり、続く『ユージニア』では暗い内容を扱ったので、今回の『雪月花黙示録』ではもう一度明るい作品を書こうと考えました。ここに描いた未来は安保闘争から百年、二〇六〇年頃を設定しています。ミヤコ≠ヘハイテクと昔の文化が融合している「日本がこういう国だったらいいのにな」という思いを込めました。
── ミヤコ≠フ世界観に、新たな中世・新たな闇として「ゴシック・ジャパン」がありますね。
恩田 小説の中ではミヤコ≠ェ鎖国の状態が続いて動きが少なく停滞しているという意味です。実際は分裂していてミヤコ≠フ世界と帝国主義≠フ消費社会の退廃とが同じ国土の中で二重に乖離している。だから二つの価値が断絶していることも含めての停滞として、世界からゴシック・ジャパンと呼ばれている設定にしました。回帰する方を選ぶか、このままグローバル化を推し進める方を選ぶか、もし回帰する方を選んだとしてもすぐには移行出来ないだろう。分裂して二つの世界が存在していた方が現実的かなと思ったので、両方あるようにしました。
── 描写は書割のようで人物も舞台の登場人物のようです。もしくはアニメーションの世界も狙ったように感じました。
恩田 私が子供の頃に読んだ、少女マンガとか、学園ドラマの「お約束」的なものを全て投入したつもりです。アニメーションとか漫画チックな世界、色んなものを含めた歌舞伎的でキッチュな、ありえないような世界を確信犯的に書きました。また華やかさも心がけたので登場する人物や小道具も派手目のものが多いです。本のデザインも連載中から映画美術監督の種田陽平さんにお願いしたいと考えていたので実現できて嬉しいです。今回の小説に色はピンクが多く出てくるので装丁もピンクを使って貰いました。ぜひ手に取ってみてください。
── 春日家の三人の主人公はどのように作り出しましたか。
恩田 まずは、紫風、萌黄、蘇芳と名前を色で示しています。しかも美青年、美少女で、さらに文武両道にも秀でている典型的なお約束のキャラクターです。物語がそれぞれSFやホラーやアクションもののパロディだったり、ジャンルもいろいろ寄せ集めた感じなのでキャラクターもそのジャンルからイメージされる人物をもってきました。帝国主義≠フ手先と陰口を叩かれる及川家の長男・道博は、私が及川光博さんのファンだから創ったんです。でもファンにしてはコメディリリーフの扱いだという話もあり、本人が読まれると怒るのではないかと思うのですが、ファンなんですよ(笑)。
── 物語は光舎の生徒会長選挙に向けて、再選を狙う紫風、対抗馬及川道博、改革派の長渕省吾の三名が立候補し議論を戦わす中、この国を統べる第三の勢力『伝道者』を名乗る謎の集団が乱入して物語は展開していきます。各章について狙いを教えて下さい。
恩田 第一章「春爛漫桃色告(はるらんまんももいろのびら)」は学園ドラマのお約束コメディです。続く、御前試合に蘇芳たちが参加する第二話「水澄金魚地獄(みずすましきんぎょじごく)」で、五メートル以上のミズスマシロボットが登場します。昔の『鉄人28号』とかのSFをイメージして書きました。夏休み、美作の泰山寺に合宿する第三話「夏鑑黄金泡雨(なつかがみしゃんぱんしゃわー)」は漫画的なものを意識しました。第四話「冥府牡丹灯籠(めいふぼたんどうろう)」は伝奇もの、半村良的な世界です。ミヤコ$ャ立の状況を知る「隅の老人」ならぬ「塔の老人」が登場します。第五話「重陽節妖降臨(ちょうようせつあやかしのこうりん)」は公営のカジノ「賭庁」でビンゴ大会が行われます。ナゴヤのホテルが舞台になる第六話「鯱髪盛双児麺(しゃちほこ、かみもり、ついんずめん)」は連載中に名古屋万博があり、名古屋に行ったら本当に女性が髪を盛り付けて「名古屋巻き」をやっていて印象に残っていたので書いてみました。ヘリコプターが飛び、ビルを日本刀で斬るアクションものです。最後の「幻影払暁縁起(げんえいふつぎょうえんぎ)」は紫風、萌黄、蘇芳がそれぞれの幻影にのまれて夢と現の迷宮を彷徨う物語です。私はあまり細部を決めずに書きはじめて、書き終わって漸く全体像が見えてくることが多いんです。今回もこんな話だったと判ったのは連載終了してからでした。ラストシーンは本にするために新たに仕掛けを書き加えて現在にリンクする小説になりました。明るいハイテンションの物語が実はものすごく暗い話ともとれるわけで、皮肉なラストをどうとらえるかは読者の解釈にまかせたいと思います。
── エッセイ集『隅の風景』では「土地の力、場所の力を信じている」と書き、本作でも法隆寺の夢殿や石舞台のような造形がありますね。
恩田 エッセイでは奈良について「あの懐かしさは遺伝子レベルで刷り込まれているとしか思えない」と書きました。奈良はすごく好きだし、日本人の原風景ではないかと思います。ミヤコ≠フ中心都市「平常京」も平城京からの発想です。一方で名古屋は行くたびに不思議な面白い土地だなと思っています。食文化にしても関東でも関西でもなくてその中間でもない。八丁味噌もすごく変わった味噌だと思います。名古屋の近くには日本を代表する企業のトヨタもありますし。変わっている面白いところだなといつも思います。
── 今回の小説は奇想天外なファンタジーですが、執筆の苦労はどのようなものがありましたか。
恩田 フランスとのハーフの双子の女や名古屋のラーメン店主の双子とか、春日家が博打で三役を決めたり、子供に日本刀を贈る家風があったりとか、細部を考えるのは楽しかったです。でもハイテンションの話なので書くのは大変でした。一旦テンションが上がれば書いているのは楽しいのですけど、そのテンションから降りてしまうと、もう一度そこまで自分を持っていくのに苦労したのを覚えています。その意味では暗い題材の小説って入っていきやすいんですよ。明るいものは大変だなと思うし、書いていても笑いを誘うのは大変です。笑いのツボって人によって違うし、外さないように努力したつもりですが。泣かせることよりも笑わせることの方が難しいといつも思います。だからコメディアンも大変だと思いますよ(笑)。
── 『雪月花黙示録』という題名にこめた思いは。
恩田 タイトルを考えるのは好きなんです。和風でハイパーな世界を感じさせるかっこいい題名を考えていて、和歌などの華やかさから雪月花、終末と停滞している世界としての黙示録で、二つともありふれた言葉ですが組み合せたものはなかったな、と。漢字六文字のタイトルは最近見ないのではないかと思い、気に入っています。
── 続編の構想はありますか。
恩田 今は完結していて考えていません。でも、過去に遡りミヤコ$ャ立の「暁の七人」に纏わる物語はもしかしたらあるかも知れませんね。
── 恩田作品の特長、「夢」についてお尋ねします。寝ている間に見る夢は創作に影響を与えていますか。
恩田 夢は起きてから日記につけています。変な夢はよく見るのでその意味を考えたりします。夢には二種類あって、昼間にあった出来事の影響で似たような夢を見ている時と、不可解で奇天烈な夢を見る時がある。奇天烈な夢のイメージが小説に役立てればいいんですけど、そのまま小説にはなりません。ヒントを得ていることはあるかもしれませんが創作に直接影響はないと思います。この『雪月花黙示録』にも奇想というような場面はありますが、考えて創り上げています。ちなみに本作はしばらく寝かせていたのですが、二〇一三年になって「今年に出版した方がいい」というような夢を見たんです。それでもう一度読み返してみたら、確かに今の世相、昔に回帰するかグローバリゼーションの路線を進めるか、日本が迷っている状況なのでタイミングはよかったのかも知れません。
── 恩田さんには小説家のキャリアのスタート時、社会人の経験がありますね。イマジネーションを駆使する恩田作品には必要な経験でしたか。
恩田 すごく役に立ったというか、本当は兼業の時の方が精神衛生上はバランスがよかったような気がします。社会との接点があるのと執筆という個人的な作業の世界を棲み分け出来ていてよかったんですね。今はもう専業になったんですけど、独りで書いていると煮詰まるので専業は大変です。
── 今後の執筆の予定は。
恩田 今年はいろいろ連載中の小説がまとまって、何冊か刊行される予定です。春くらいには新潮社から出版される予定です。楽しみにしていてください。
(十二月十三日、東京都千代田区・KADOKAWAにて収録)