『叛逆捜査 オッドアイ』の渡辺裕之さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)
「新刊ニュース 2014年5月号」より抜粋
渡辺裕之(わたなべ・ひろゆき)
1957年名古屋市生まれ。中央大学経済学部卒業。アパレルメーカー、広告制作会社を経て、2007年『傭兵代理店』でデビュー。人気シリーズとなった「傭兵代理店」の他に「シックスコイン」シリーズ、「暗殺者メギド」シリーズ、「新・傭兵代理店」シリーズなど著書多数。この度、中央公論新社より著者初の警察小説となる『叛逆捜査 オッドアイ』を上梓。
── この度の新刊『叛逆捜査 オッドアイ』は自衛隊基地や米軍キャンプ内で起きた猟奇的な連続殺人事件の犯人を追う警視庁の刑事、自衛隊の警務官、米軍の捜査官の、三つ巴の捜査を描いた長編小説です。どのように発想したのでしょうか。
渡辺 今、誰もが「世の中では何か≠ェ起こっている」と思いながらも日々の生活に追われて無関心になっていると思うんです。僕は普通の人が嗅ぎつけられないウヤムヤする何か≠嗅ぎつけて、それを世に知らしめていきたいと考えています。政治の裏側には何があるのか。事件の裏には何があるのか。そういうことを単なる謀略論で終わらないように暴き出すことを心掛けています。物事を深く掘り下げ、調べ尽くさないと、その本質はわからない。しかし、得られた情報を単純なニュースとして流してしまうと、人の心には残らない。では作家として何が出来るのかを考えた時、人々を魅了するストーリーの中に真実を埋め込んでこそ読者の心の奥深くに残るんじゃないかと思う。それが作家の使命だと思うんです。今回の『叛逆捜査』は欲張りな作品で、メディアの持つ問題点、警察組織の問題点を書き、それから日米関係について、最終的には日本人にとって沖縄とは何なのか、をもう一度よく考えて欲しいと思ったんです。僕は作品の中ではなるべく客観的に問題を捉えようと思って、基地の真実の姿を書いたつもりです。基地は何故あるのか、基地の中の米軍人たちはどんな人たちなのか、沖縄の人たちはどのように日々生活していらっしゃるのか、読者が客観的に捉えられるように、それぞれの立場で考えて書きました。
── 主人公・朝倉俊暉は警視庁捜査一課の巡査です。前職が陸上自衛隊で仕官を目指す有能な隊員でしたが演習中の事故に巻き込まれ退役した過去があります。
渡辺 自衛隊の人たちは非常に真面目な人が多く、特に叩き上げの自衛官は純粋に日本を愛し、国を守る意識が強いです。とは言え世の中は自衛隊をどう見ているかと言うと、否定的立場で見がちですよね。ただ、彼らは国を守るために、やむなく武器を持っているわけですから、そこに光を当てないとダメだと思うんです。かといって自衛隊の中に身をおいて、国を守ることを主張する主人公では客観性に欠けると思い、退役、つまり一歩引いて自衛隊を客観的に見られる人物にしました。しかも彼は、今いる警察も斜に構えて見ている。朝倉に限らず僕の作品はドロップアウトした人物が主人公です。『傭兵代理店』の傭兵・藤堂浩志は元警察官で、彼も世の中を斜めに見ている。自分の主義主張はあるけれど、自分の立場を主観的に見ていない、そういう立場が欲しかった。朝倉に事故で左右の目の色が違うオッドアイ(虹彩異色症)という身体的な特徴を施した理由も、半分はアウトローだとの意味合いを込めました。昔の作品だと、規律をはみ出た刑事は傍若無人だとか酒癖が悪いとかの設定でよかったと思うんですが、今はそれだけじゃ個性が足りない。だから何か足枷、社会から爪弾きにされるような見た目が怖い設定が欲しかった。それで、ごつい人間がオッドアイだったらどうなのか、片目が狼のような目を持った人間だとしたら、周りの人は彼を正視できないのではないかと考え、外見的な負の面を持った人物にしました。しかし差別的にはならないように、その辺のせめぎ合いで成立した主人公です。
── 朝倉の登場は、朝方の仕事帰りで新橋の家賃八万円の部屋に入る場面です。
渡辺 僕が書く作品の主人公は「無欲」なんです。僕自身も学生時代に主人公たちに近い生活をしていました。この小説は間違いなくハードボイルドだと考えています。自分の書く小説について、「ハードボイルドを書いているぞ」と宣言しているのは友人の作家の柴田哲孝くらいなもので、彼もレイモンド・チャンドラーを原点に持っている。紳士だがどこか不器用な主人公である私立探偵フィリップ・マーロウが難事件を解決していく。朝倉もうまく立ち回ればいい生活が出来るけれども、そんな生活は望んではいない、愛すべき不器用な人間です。また、僕の書く小説には食べる場面が多い。その原点は「男だったら、メシを喰えば元気になる」ってことなんです。そこは今回もきっちり押えていて、朝倉はどんぶり飯をかき込む。『傭兵代理店』の藤堂浩志も「死ぬ前にトンカツ喰わせてくれ」なんです。男の原点って単純でいいんですよ。
── 自衛隊の中に「警務隊」という警察組織があることをはじめて知りました。
渡辺 本当は警務隊を主人公にして物語を書きたかった。でも自衛隊の中の組織については、非常に口が堅くて取材も許されなかった。警務隊の情報だけは入らないと自衛隊の方も言っていました。なんとか写真を手に入れたり取材には苦労しました。日本の警察は基地の中に入れないので、基地の中の事件は警務隊が処理する。どこの基地にも必ず警務隊がいます。本書に書いたとおり、彼らは証拠を集めたり、鑑識や分析も行う。なぜなら組織が小さいからそこまでやらなければいけないんです。警務隊は、自衛隊の基地を守っている自負が強いにもかかわらず一般の隊員からはよく思われない。おまけに世間からも知られていない。本当に縁の下の力持ち的な存在なんです。そういう人に光を当てたかった。読者からも「はじめて警務隊を知りました」、という声を聞くので今回、紹介してよかったんだなと思いました。
── 各章は「フェーズ」と表記し、構成はプロローグの後に朝倉の仕事を紹介し、陸上自衛隊の練馬駐屯地と沖縄の米軍キャンプでおきた二件の殺人事件を紹介していきます。
渡辺 時間軸は章を追うごとに遡り、過去に戻りきってから現在の時間を展開していく構成にしました。通常のストーリーの展開からすれば一番古い物語から語っていけばいいのでしょうけれど、読者に「何でだろう?」と疑問の連続を作り出して面白みを狙いました。新しい作品を書くに当り、僕自身が今までのスタイルに拘らずに書かなきゃいけないと考え、予定より執筆時間がかかってしまいましたが、自分のスタンダードから抜け出た手ごたえは感じました。時間軸を変えることで読者を裏切りたい、驚かせてやりたいという発想もあり、また各章の事件が違い、視点人物がそれぞれ違うので今後どう関連してくるのか読者に期待してもらう企みもありました。結局、米海軍の警察組織「海軍犯罪捜査局」にしても警察にしても、自衛隊の警務隊にしても、それぞれ自分たちが一番正しいと思っている。しかも、この事件は絶対に他所にはやらない、犯人に手錠をはめるのは自分たちだという強い決意を持って捜査している。そういった強烈な個性のある人間たちをサブストーリーに埋没させたくなかった。はじめは捜査の段階でいがみ合っていた米海軍や自衛隊や警察も結局は協力していく。それは理論ではなく「俺たちは男だし、正義を貫くんだ」という単純なポリシーで繋がりをもっていく。ある意味誰も嘘を言ってない、嘘ではなくて自分の立場から物を言っているだけで、だから違う立場から見れば嘘になる。そういうことを読み取って欲しいんです。
── 警察、自衛隊、米軍基地はそれぞれ細かく具体的に描写されています。取材はどのようにされましたか。
渡辺 警視庁に取材を申し込んだら「勝手に取材して下さい」言われました。要は取材を断られたんです(笑)。仕方なく警視庁の記者クラブに入っていた元記者さんに取材をしました。自衛隊に関しては友人の自衛官や武道家の知り合いの自衛官に話を聞きました。銃に関してはグアムでいろんな銃を撃った経験があるので、その辺はなるべくリアルに書こうとしています。横田基地は実際に行ったことがあります。アメリカの基地は沖縄に取材に行ったけれど入れなくて、資料を揃えました。
── 執筆時間が長くなった理由は。
渡辺 プロットに関しては、僕は一度書いて編集部に渡すんです。ただ、書きながらいかにプロットから外れたものを書くかを心掛けています。読者を裏切る前に編集者を裏切りたい、もっと言えばまず自分をも裏切る。自分が最初に考えたストーリーで本当にいいのかと、いつも考えています。僕の頭の中には、事件のオープニングとエンディングはたいてい入っていて話が進んでいくんですけれど、資料を読み込みながら書くことで、よりいい細部が生れてくるんです。つまり欲張り過ぎが原因でしょう(笑)。
── 本作の続編は構想していますか。
渡辺 続編はあります。取材も今年の夏から秋にかけて行い、それが終わり次第、書こうと思っています。朝倉俊暉≠ニいう主人公を考えた時に書こうと思っていた事件を今回は扱っていないので、その事件を書く予定です。実は『叛逆捜査』には続編で明らかになる様々な伏線をすでに張っています。
── 他の作品の予定はいかがですか。
渡辺 五月に『傭兵代理店』シリーズの新刊が上下巻で出版されます。それから『シックスコイン』の最新作を書きます。実は、僕は毎年チャレンジしているんです。それは毎年新作を一作は書きたい、というもので、単発でもいいから新作を書かせてもらえたらいいと考えています。ご期待ください。
(三月十一日、東京都中央区・中央公論新社にて収録)