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『まるまるの毬』の西條奈加さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)

「新刊ニュース 2014年8月号」より抜粋

西條奈加 (さいじょう・なか)
1964年北海道生まれ。東京英語専門学校卒業。2005年『金春屋ゴメス』で第17回日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビュー。2012年『涅槃の雪』で第18回中山義秀文学賞を受賞。他著に『烏金』『はむ・はたる』『無花果の実のなるころに』『四色の藍』『恋細工』『朱龍哭く 弁天観音よろず始末記』などがある。この度、講談社より『まるまるの毬』を上梓。
  • 『まるまるの毬』
  • 西條奈加著
  • 講談社
  • 『上野池之端
    鱗や繁盛記』
  • 西條奈加著
  • 新潮社
  • 『御師弥五郎
    お伊勢参り道中記』
  • 西條奈加著
  • 祥伝社(祥伝社文庫)
  • 『いつもが消えた日
    お蔦さんの神楽坂日記』
  • 西條奈加著
  • 東京創元社
  • 『三途の川で落しもの』
  • 西條奈加著
  • 幻冬舎
  • 『閻魔の世直し 善人長屋』
  • 西條奈加著
  • 新潮社
  • 『千年鬼』
  • 西條奈加著
  • 徳間書店

── 『まるまるの毬』は江戸時代を舞台に、麹町で小さな和菓子店「南星屋」を営む治兵衛と一人娘・お永、孫のお君の三世代・三人家族を中心にした連作短編集です。どのように発想しましたか。

西條 「小説現代」に一話だけ短編小説を書いてほしいと依頼されたのが始まりです。実は過去にエッセイで「甘いものは食べられない」と書いたことがあるんです。それを逆手にとって、和菓子店を舞台に時代小説を書いてみようかと考えました。テレビで平戸藩のお留め菓子「カスドース」を初めて見て、名前も面白いし、珍しいと覚えていて、そこから一話だけならお菓子の話でいけるかな、と単発の短編小説を考えました。お菓子は浮き浮きした楽しい感じがあるので、いつか書いてみたいと思っていましたが、私自身が詳しくないし、味を確かめることもできないので、最初から連載の依頼だったら和菓子屋の物語は考えなかったと思います。

── 治兵衛の営む和菓子店は店の看板の菓子がなく、日によって出す菓子が変わる、という店ですね。

西條 実際は使用する道具や技術的な面からも相当難しいことだと思います。ただ、昔の和菓子の資料を見ると材料や作り方自体は意外と単純なんですね。当時の和菓子はバリエーションが少ないものでしたから、あくまでフィクションとして考えました。

── 主人公の治兵衛はどう造形したのですか。

西條 治兵衛には出生の秘密があり、当初その秘密は「小説現代」に書いた短編小説「カスドース」で明かしていました。本に纏めるにあたり第一話となった「カスドース」ではあえてぼかして、最終話の「南天月」まで引っ張りましたが、背景は時代物をよく読まれている読者には判るかも知れません。一話目の主題に持ってきたのが、一般的には自慢できるような家柄の血を引いている事実を「自分にとっては嫌でしかたない」と、ただ後ろ向きに考えている主人公というものでした。

── 治兵衛は修業時代に、腕を磨くために諸国を「東の陸奥から西は薩摩まで」巡っていた経歴があります。

西條 料理人に限らず様々な職人で、一つ処に留まらないで全国を渡っていた「渡り職人」というものが実際にいたようです。治兵衛のように珍しい菓子を求めて諸国を巡っていたのは中々難しいかもしれませんが、暮らしのために、あるいは性分で一か所に留まれない人はいたんだと思います。腕に職を持っているので諸国を渡っていける。その時々で色んな店に抱えて貰う人はいたようです。

── 仏門に入った弟の石海は何十人もの僧侶を束ねる相典寺の大住職です。

西條 物語の舞台にした麹町の近くにはお寺が多いので住職にして、「静」である治兵衛に対して石海は「動」という存在にしました。治兵衛が言えないことを石海がずけずけ言う。治兵衛の気持ちを地の文で綴るとメリハリがつかなくなってしまうので、治兵衛の本音をもっときつい言葉で代弁させる役割も担って貰う人物です。

── 物語の後半に、お永と元夫・修蔵の行末と、お君と平戸藩士・河路との恋が書かれます。

西條 編集部から連載の依頼を受けたことで、大まかな流れとして治兵衛という人物の後ろ向き加減と最後には少し前を向くような話を軸に据えて、それで表立った事件として考えたのがお君の縁談でした。私の小説では「この二人の恋愛はどうなるんですか」とよく訊かれますが、そもそも恋愛物を全く読まないものですから、構成上恋愛を出しているだけで、結果はどっちでもいい(笑)。期待させて申し訳ないとは思っています。お永と修蔵の場合は、腐れ縁というか、長く付き合っている男女の間にはあやふやな関係というものもあり、ましてや元夫婦ですから形が無くても関係は安定していると考えて書いていました。特にお永はおとなしく、決して見境無く騒ぎ立てるような真似はしない、プライドを持った女性です。私自身、お永の芯の強さには憧れるところがあります。私はこれまで市井物でもじっくり家族を語るような時代物はあまり書いたことがなかったのですが、今回は家族小説の味わいがある作品になりました。

── 敵役の老舗和菓子店・柑子屋為右衛門も、修蔵もどこか清清しさがあり、それが作品の読後感につながっているようです。

西條 性善説とまでは言いませんが、人は嫌な所も良い所もあって当たり前だと思っているので、嫌なところしかない人物は書いていないのかも知れません。悪なら悪を突き詰めた人物を書いてみたいとは思いますが、どう書いていいのか難しい。人間は善と悪の両方を持っているのが当たり前なので、悪を出したら善を出そうと考えています。

── 読み進めると時代設定が詳しく読み取れていくのですが、これはどういった理由なのでしょうか。

西條 私自身はあまり年代を固定したくはないのですが、治兵衛の出生に纏わる秘密から時代が限定されていきました。ただ、お菓子とかが一般的に食べられるようになるのが文化文政あたり、一八〇〇年以降なので、それより後にしようとは思っていました。幕末に行き過ぎず、お菓子が一番食べられていた時代だったと思います。

── 作家・西條奈加の成り立ちについてお尋ねします。いつから小説家を目指したのですか。

西條 小さい頃から本が好きで小説を書いてみたいな、という夢はあったのですが、実際に書こうと思ったのは、二十代の半ばに英語の専門学校に入学したことが切っ掛けでした。翻訳がやりたくて行ったのですが、これが私にとっては非常に難しい作業でした。それならば、自分で書いた方が良いと思って書き始めました。

── 『金春屋ゴメス』が「第17回日本ファンタジーノベル大賞」の大賞を受賞してデビューされましたね。

西條 「金春屋」と「ゴメス」は全く別の現代小説のアイディアにあった建物と人物でした。「金春屋」は裏通りの中華料理屋で、「ゴメス」はOLだったり女占い師だったりして、現代物に出てくる人でした。それを合体させて時代物として書いたら面白いと思いました。その上で女奉行を出したかったので、女性に普通にお奉行をさせるには設定を未来に持って行くしかないと思い、未来の日本に「江戸国」が独立している設定を考えました。いざ『金春屋ゴメス』を書き上げてみると、これが時代物でも歴史物でもないし、ミステリーかというとそれも違うので、どこにも応募先がない。そういうジャンルを限定できないものはファンタジーに送れと人に言われて応募しました。後に鈴木光司さんと対談した時にその話をしたら「それは正解」と言われました(笑)。デビューしたら注文のほとんどが時代小説でした。

── 時代小説を書く苦労、心得はどういった点がありますか。

西條 片仮名が使えないので、どうしても言葉が限定されてしまいます。たまに現代物を書くと「ショック」とかいっぱい使っていますね(笑)。でも「ショック」を時代小説で「衝撃を受ける」と書くのも江戸っぽくなくておかしい。二文字の熟語も明治以降に一般化されたものが多いらしいです。けれども一方で、先日現代物の長編ミステリーを書いた時には、指紋とか街頭の防犯カメラや携帯電話とか、トリックをクリアするのが大変でした。現代ミステリーってこんなに難しいのかと改めて思いました。江戸時代だったら水死体は検視しませんし、このアバウトさがいいと感じました(笑)。それから時代小説はある意味ファンタジーなのでリアルから遠ざかっていてもそれなりに読めるものになっていると思います。

── デビュー十年を振り返るとどういった感慨がありますか。

西條 よく続けてきたな、と思います。時代小説の書き方を、仕事を頂きながら勉強してきた十年でもありました。私は乙川優三郎さんの時代小説が好きなんです。隙がないというか嘘やごまかしがない、それでいて読みやすい。私の書く小説の持ち味とは違いますが憧れがあります。『まるまるの毬』は真面目に書いた小説ですが、『ゴメス』シリーズや『善人長屋』シリーズなどは、もう少し軽い感じの小説でこれからも続けていきたいジャンルです。

── 具体的に今後の予定を教えて下さい。

西條 古河藩の家老をしていた蘭学者・鷹見泉石を主人公にした連載が終わったので単行本が控えています。最近は歴史上の人物、史実に則った小説の依頼があります。伊藤若冲と同じ時代に活躍した絵師・曾我蕭白と円山応挙の弟子・長沢芦雪をモデルにした小説です。私は空想が飛びやすい人間なので歴史小説は執筆に苦労します。「この人物いいな」と思った時点でいろいろなエピソードやストーリーが思い浮かぶのに史実と照らすと十のアイディアのうち九は使えない(笑)。けれども年に一〜二作くらい書いていきたいです。それから、以前『千年鬼』という時代ファンタジーのような民話を書いたのですが、今年の末か来年に時代ファンタジーのジャンルも書き上げます。昔から松谷みよ子さんが好きなので、そういうジャンルは書いていきたいと思います。また、若干SF寄りの現代小説も書いていきたいです。ご期待下さい。

(五月九日、東京都千代田区・KADOKAWAにて収録)

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