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『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている
再生・日本製紙石巻工場』の佐々涼子さん
インタビュアー 津田ジョン(ライター)

「新刊ニュース 2014年9月号」より抜粋

佐々涼子 (ささ・りょうこ)
1968年神奈川県横浜市出身。早稲田大学法学部卒業。日本語教師を経て、ノンフィクションライターに。2012年『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で第10回集英社・開高健ノンフィクション賞受賞。他著に『ミケと寝損とスパゲティ童貞 サクラの国の日本語学校』『たった一人のあなたを救う 駆け込み寺の玄さん』がある。この度、早川書房より『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』を上梓。
  • 『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている
    再生・日本製紙石巻工場』
  • 佐々涼子著
  • 講談社
  • 『ミケと寝損とスパゲティ童貞 サクラの国の日本語学校』
  • 佐々涼子著
  • 万来舎
  • 『たった一人のあなたを救う 駆け込み寺の玄さん』
  • 佐々涼子著
  • ロングセラーズ
  • 『エンジェルフライト
    国際霊柩送還士』
  • 佐々涼子著
  • 集英社

── 本書は、東日本大震災による津波で壊滅的被害を受けた日本製紙石巻工場が、苦難の末に復興するまでを描くノンフィクションです。佐々さんが、この作品に取り組むきっかけは何だったのでしょう?

佐々 本書のプロローグでも触れましたが、震災直後に、ある雑誌編集者から「今社内で『紙がない』って大騒ぎしています。津波で石巻にある製紙工場が壊滅状態だそうです。佐々さんは東北で紙が作られていたのを知っていましたか」といわれたのです。私も出版の世界にいるのに、恥ずかしながら聞いたことがなく、その工場が無くなれば日本の多くの出版社が危機的状況に陥ることを初めて知って驚きました。しかし、当時多くの日本人がそうだったように、東北の被災地のために何かできないかと考えながらなかなか行動に移せませんでした。しだいに自分の生活が震災前の日常に戻るにつれ、どこかに宿題を積み残したような、中途半端な気持ちのまま、月日が過ぎて行きました。そして震災からちょうど2年たった頃、偶然にも早川書房の担当者から、「石巻工場が再生するまでの過程を記録したノンフィクションを書かないか」と持ちかけられたのです。私は、なにか忘れ物を取りに行けるような気持ちになりました。その一方で、そんな大企業の巨大工場の復興物語を、私の力量で描ききれるのかという不安もあったので、「まず現地へ行ってみよう」と、担当編集者と石巻に向かいました。

── 実際に石巻工場周辺を訪ねてみていかがでしたか。

佐々 工場はすでにきれいに修復され、働くみなさんも「よくいらっしゃった」と歓迎して、街を案内してくれました。多くの家が流された南浜町では、残った家の土台や転がったままの子どものおもちゃなどを見て、そこに以前は平和で温かい家族の暮らしがあったのかと想像して、言葉を失いました。この経験は、後に震災の描写をする上で大きな影響を与えました。その後、工場の方たち数人から話を聞きました。するとつらい体験のはずなのに、皆さん明るく、時に笑いながら話してくれるんです。感情をなるべく交えずに、客観的に語ろうとしていましたね。私は彼らの淡々とした態度の奥に「自分の経験を生き残った者として次の世代にしっかり伝えていかなければ」という強い意志を感じたのです。これはもう引き返せない、私がその気持ちを受け取って書くしかないんだなと、覚悟を決めた瞬間でした。その夜、工場の皆さんに近所の居酒屋に連れて行ってもらったのですが、そこである人が「工場の復興を果たすまで、僕らは駅伝のたすきをつなぐ気持ちでした。誰もがコケるわけにいかず、何としてでも次の復興の作業工程を担当する人にたすきをつなぐことばかり考えていました」とおっしゃったんです。石巻での初日に聞いた、「たすきを『つなぐ』」という言葉。これが、この作品のタイトルとなり、全体を貫くキーワードになりました。

── 工場の従業員以外にも、多くの石巻の人々が登場しますが、実際には何名ぐらいの方に取材をしたのでしょうか。

佐々 全部で50人以上の方にお話を伺いました。それぞれの体験談は、本人にとってはつらいけれど掛け替えのない、とても大切な事実です。しかし構成上、全員の体験を載せるのは不可能で、どなたかの話で代表して記述しなければなりません。録音テープを100分回しても、原稿には数行分しか書けないようなこともたくさんありました。それでも少しでも多くの方の名前を出したつもりです。あまりにもご本人の思いが大きくて、1章分を使わないと書けないような話を、章立ての都合で泣く泣くカットしたこともありました。今回は、取材自体の苦労はあまりなかったのですが、せっかく私が皆さんから「託された」お話を、切っていく作業が最もつらかったですね。

── 今作には、例えば出版社によって文庫本の用紙の色が違うというような、本好きには興味深い話もたくさん出てきます。そのほか、製紙工場の設備に関する、専門的な技術用語も頻繁に登場します。

佐々 出版関係はともかく、製紙業界は全くの素人でしたから、最初の頃は技術的な話はまったくわかりませんでした。例えばボイラーのことなど、正直言って何回聞いても理解できなくて。技術者の方は「大変だ、この人は本当に何も知らないらしい!」と思ったのか(笑)、一から丁寧に教えてくれました。また、石巻工場野球部の話も、一つの重要な軸になっているのですが、実は野球のルールもさっぱりで(笑)。取材メモに「スクイズを打つ」って書いたら、みなさんから一斉に「決める」だよと突っ込まれて、寄ってたかって野球の講義が始まりました。実はノンフィクションで賞をとって以来、最近では柄にもなく「先生」と呼ばれることも多いのですが、自分では何も知らない「生徒」だと思って毎回取材に臨んでいます。何度聞いても「分からないことは分からない」と素直に言えるところが、私自身のノンフィクションライターとしての良い所かなと思っているんですが…。

── 震災の体験談を扱うという意味で、原稿を書く上で心がけた部分はありますか。

佐々 皆さんの体験談そのものが、訴える力のある内容でしたので、私はそれを正確に、そのまま伝える「媒介役」になることに徹しました。ですから、「取材を元にストーリーを構成して書きあげた自分の作品」という感覚は全くありません。皆さんから託された、大切な思いが詰まった「たすき」を、いかに大事に読者に届けるか、それだけを心がけました。前作の『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』ではあえて遺族感情を描きましたが、私は基本的に、淡々と事実を記述するライターなんです。

── 震災直後の場面などは、非常に悲惨な状況の記述もあります。集中して書いていて、精神的につらくなることはありませんでしたか。

佐々 執筆している期間は、一日中原稿に没頭していました。寝ている時も頭のなかを物語が回っていましたね。自分がどこにいるかも、何日かも分からない。最後の方は食事も作れなくて、大学生の子どもたちにお金を渡して勝手に食べてもらうぐらい、集中してパソコンに向かっていました。そういう状況なので、もちろん悲惨な場面を書くときはつらいのですが、描く覚悟はありました。『エンジェル〜』は「弔い」の話ですが、『紙つなげ!〜』は、「再生」のストーリーだからでしょうか。『エンジェル〜』のときは、吐いたり、髪の毛が抜けて部分的に大きく禿げたり、体調も崩すし精神的にも相当きつかった。今作ももちろんつらい場面はありましたが、負けずに前に進む人たちの姿がたくさん出てきて、書いている私自身も次第に元気になっていきました。横浜の自宅で執筆しながら、心はいつも石巻にあって、工場を立ち上げるのを見ている気持ちになっていました。石巻での取材でも、みなさん元気で明るくて、一緒にお酒を飲んで笑って…。「僕たちはあなたの応援団です。頑張って石巻のことをしっかり書いてくださいよ!」って反対に励まされて帰ってきましたね。

── 最終的に「たすき」を受け取った読者の皆さんに対して、あらためて伝えたいメッセージはありますか。

佐々 繰り返しになりますが、今回私は、石巻の皆さんの思いが詰まった「たすき」を受け取って、それをどう伝えるかばかり考えてきました。私自身も「たすき」をつなぐ走者の一人でした。その「たすき」は原稿となって出版社に託され、印刷所に渡り、書店に届けられ、ついに読者の皆さんの所までつなぐ事ができました。日本製紙石巻工場は無事に再生しましたが、石巻市、さらには東北の復興はまだ終わっていません。読者の方は、受け取ってくださった「たすき」をさらに周囲の人につないで、一緒に考えてもらえたらと思います。別に大げさなことではないんです。まず現状を知ること、そして自分で何ができるかを考えて欲しいんです。最初から諦めてしまったり、無力感や罪悪感で被災地を語ったりしないで、出来る範囲ですればいい。それは東北に旅行したり、かまぼこを食べたり、直接東北に関わることでなくてもいいんです。それぞれ自分の持ち場の中で与えられたことを一生懸命にすることが、まわりまわって東北の支援につながるかもしれません。

── 今後の作品の予定はありますか。

佐々 ノンフィクションという性格上、前もって公表すると取材などに支障があるので、残念ながらテーマや題材はここでお伝え出来ません。しかし、これまでと同様、私らしいアプローチで、読者の皆さんに届けられる作品になるよう頑張っていますので、期待して待っていて下さい。

(七月三日、東京都千代田区・早川書房にて収録)

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