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『サラバ!』上・下の西加奈子さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)

「新刊ニュース 2015年1月号」より抜粋

西加奈子 (にし・かなこ)
1977年イラン・テヘラン市生まれ、エジプト・カイロ、大阪育ち。04年『あおい』でデビュー。07年『通天閣』で織田作之助賞大賞受賞。13年『ふくわらい』で第1回河合隼雄物語賞受賞。他著に『さくら』『きいろいゾウ』『窓の魚』『うつくしい人』『きりこについて』など多数。この度、小学館より作家生活10周年記念作品『サラバ!』を上梓。
  • 『サラバ!』上
  • 西加奈子著
  • 小学館
  • 『サラバ!』下
  • 西加奈子著
  • 小学館
  • 『地下の鳩』
  • 西加奈子著
  • 文藝春秋
  • 『漁港の肉子ちゃん』
  • 西加奈子著
  • 幻冬舎(幻冬舎文庫)
  • 『舞台』
  • 西加奈子著
  • 講談社
  • 『円卓』
  • 西加奈子著
  • 文藝春秋(文春文庫)
  • 『白いしるし』
  • 西加奈子著
  • 新潮社(新潮文庫)
  • 『ごはんぐるり』
  • 西加奈子著
  • NHK出版

── この度の新刊『サラバ!』は、一九七七年五月にイランで生まれた歩(僕)、父、母、姉の圷家と親類、歩の友人たちの三十七年に亘る年代記を上下巻に収めた大作です。執筆の動機を教えて下さい。

西 二〇一〇年の冬に、もうすぐデビューして十年になることに気付いて、作家生活を十年続けられることは素直に凄いことだと思い、さらに今後十年書いていく糧になるような小説を書きたいと考えました。当時上下巻の大長編の小説を読んでいたこともあり、できたら自分も上下巻で書きたいと。それで上下巻で書くのであれば『あおい』でデビューをさせてもらった小学館の編集者にまず読んで欲しいと思い、私から長い物語を書かせてくださいとお願いしました。冒頭の《僕はこの世界に、左足から登場した。》という一文が思い浮かんだのが二〇一三年の初頭で、ここから始まりました。構想は三年前ですが、実質一年半で書きました。

── 歩の出生年と場所は西さんと同じですが、歩は男の子で『サラバ!』は自伝的小説ではないようです。

西 作家生活十周年の記念で書くのであれば、今まで書いたことのなかったエジプトのことを書こうと思いました。私が知っているエジプト、自分が体感したことを書くには自分と同じ歳にした方が書きやすかったのですが、絶対に「物語」を書きたくて、自分とは違う人物を創作しようと男の子にしました。歩君はきちんと冷静に世界を見ている人で、最初に浮かんだ文章が一人称「僕は〜」だったこともあり、自然に歩君がどういう風に家族を見ているか叙述してくれるし、世界のことを言ってくれるようになりました。

── 歩を常にかき乱す存在に、姉・貴子がいますね。

西 お姉さんが重要な人物になることは判っていましたが、ここまでいろいろなことが繋がっていくとは自分でも思いませんでした。書いていてすごく楽しかったし、物語を自分が書いているのに物語に引っ張っていってもらっている所があって、改めて「書くことが面白い」と何回も思った作品でした。それはお姉さんのおかげです。

── ということはプロットを立てずに書いたのでしょうか。

西 全く立てずに書きました。歩君に任せようというわけではないですが、最初の文章が出てから、お姉さんがどんな人物なのかとか、パーッと物語が出てきました。この長い話を一人称で、プロットを立てずに書き始めるのは自殺行為やなと思いましたが(笑)、自分のことは信じられました。

── 歩の父・憲太郎は海外赴任をする会社員であり、破産した義兄を支え、ゆくゆくは財産をすべて家族に分け与えていく人物です。

西 お父さんだけでなくエキセントリックなお母さんもお姉さんも、登場する全ての人に救われて欲しい、自分の信じるものを得て欲しいと思っていました。誰が幸せで誰が不幸なのか、絶対他人には決められない。お父さんも端から見たら高潔な素晴らしい人に見えるけれども、それは彼が幸せだからやっていることです。お姉さんは歩に「あなたは、信じるものを見つけないといけない」と言うのですが、これがテーマというか大きな核なので、父にも母にも周りの人にも見つけてもらいました。

── イラン革命から避難して帰国した圷家が暮らすアパートの大家「矢田のおばちゃん」は面倒見がよく、周囲には人が集まり、いつしかおばちゃんの家には「サトラコヲモンサマ」なる神様のようなものを祀られるようになりますね。

西 矢田のおばちゃんは、こういう人がいたら歩君やお姉さんはいいやろな、救われるやろな、と考えました。伯母の夏枝さんも二人にとって希望として書きました。私は夏枝おばさんのようでありたいなと思いますし、矢田のおばちゃんのようでもありたいなと思います。何か芯がある人は美しいです。矢田のおばちゃんもそうですが、歩を巡る友人・須玖君たちも、最初は一登場人物として出したのですが、彼らがどんどん歩君にとって重要な人物になっていき、物語にとって大きいキーパーソンになったのがびっくりしましたしワクワクしました。

── 矢田のおばちゃんの背中には弁天様が彫られていて、『きいろいぞう』のムコさんや『ふくわらい』の鳴木戸定も体に入れ墨があります。西作品にしばしば登場する入れ墨にはどんな意味合いがありますか。

西 入れ墨はあまり人に見せるものではないですよね。一生消えないものですし、その人の身体とともにあるというのが神秘的でロマンチックだと私は感じます。入れ墨を入れる決意をした人にも魅かれます。自分のために彫るのに自分では見えないところに彫る、それは自分の魂のために彫るのかと考えます。だからモチーフとして出てきやすいのかもしれません。

── 歩は小学生にあがり、一家はエジプトに向かいます。歩はカイロでコプト教の同い年の少年ヤコブと出会います。

西 ヤコブは最初から出そうと思っていた子で、エジプトでコプト教徒の男の子の話を書きたいと思っていました。私がエジプトにいた時には気付かなかったけれど、大人になってから「イスラム社会の中で、キリスト教徒でいることはどういう気持ちなのか」ということにすごく興味を持ったこともあり、信仰を超えた人間同士のつながりを書きたかった。歩君とヤコブの関係はホモセクシャルかなと思われるのを意図して書いたというか、友情と恋愛を二つに分けるのは乱暴だと思うし、本当に友情と恋愛の間の尊敬もあり、愛しさもあり、頼り切った気持ちもあり、そういういろいろなものが混ざった感情というのはあると思います。

── エジプトでのヤコブとの別れの場面、二人がナイル河で見る大きな白い生物は何でしょうか。

西 何ですかね、私も判らないです(笑)。あのシーンを書いていたらナチュラルに出てきたんです、二人の前に大きな生物が。それが何なのか私にも判らないままですね。でもそのおかげですごく二人は繋がっている感じはあります。

── 歩とヤコブはアラビア語の「マッサラーマ(さようなら)」と日本語の「サラバ」を組み合わせて「サラバ」という二人を繋ぐ魔術的な言葉を作りあげます。

西 「サラバ」の意味は、読んで下さる方それぞれで違うと思います。サラバって、時間にさよならすることでもあるし、経験にさよならすることでもあるけれど、ただ「さよなら」だけでもないし、本当に読んだ方にそれぞれに判断してもらいたいですね。

── 高校生になった歩は、友人・須玖からジョン・アーヴィングを教えてもらいます。須玖は《物事を全て等間隔で見ている感じがする。出来事に優劣を付けんと、同じ紙の上に置いている。》と評します。これは『サラバ!』のことですよね。

西 嬉しいです。アーヴィングの物語を読むといつも「私の小説がこうでありたい」と思います。何を異質だと思って、何を美しいと思うのかを一から考え直そうと思うことができるのでアーヴィングの作品は大好きです。自分のバイアスはもちろんあるけれども、作家である以上、出来事はフラットに置きたいというのはあります。

── 大学を卒業した歩はフリーランスのライターとして活躍しますが結局は仕事を失い、そしてクライマックスで思いがけない決意をします。このクライマックスを含め『サラバ!』に込めた思いはどのようなものでしょう。

西 まずは、とにかくハッピーエンドにしよう、登場する皆に救われてもらうことは決めていました。「すごく辛いこととか皆に経験させたけど、絶対ハッピーエンドやから」と思いながら書いていましたが、こんなラストになるとは想像もしていませんでした。最初、三人称にしようか迷いましたが、歩君の一人称にして正解やったと思いました。書いていて楽しかったですし、「おおーっ」みたいな瞬間が沢山ありました。それから作家として十年やってきましたが、どの瞬間が欠けても今の私じゃなかったと思います。私は、歩君の言う「神様」みたいなものを得ていて自分を信じているし、それはいろいろな人との出会いのお陰だと思います。『サラバ!』は出会った全ての人に読んでもらいたい感謝の一冊≠ネんです。出会った全ての方に「貴方たちがいたからこの物語は書けました」そして「物語を書くことをこれほど慈しめるようになれたのも貴方たちのお陰です」と言える本になりました。

── この作品にはイスラム教、コプト教、ユダヤ教、仏教、さらには新興宗教めいた集団も登場します。西さんにとっての信仰はどのようなものでしょうか。

西 お姉さんの貴子と一緒で「信仰」は自分の中にあるものだと思っています。祈ることも信じることも自分がいないとできない。自分がいなかったら神様もいないわけです。私自身は無宗教と言っていいですが、バチが当たるという感覚があって、それって何なんかなと考えると、神様というより自分の中の善き人間≠ナありたいという思いを信じている。それを『サラバ!』にも込めました。表紙の絵は色んな神様のモチーフをバラバラにして、一枚の絵にしています。信じるものを一回解体しようという作品でもあるのでこういう表紙にしました。

── 西さんは個展も開くほど絵を描いていらっしゃいます。絵を描くことはどんな位置づけですか。

西 小説は文字なので、たとえば風景で青い空を書くときに、青い空についてすごく言葉を尽くさないといけませんよね。そのまどろっこしさを私は愛しているのですが、たまにしんどくなるとクレヨンで青と紫と黄色を混ぜて「あー、この色!」とすぐ判るのでスッキリします。絵も小説も私には必要ですね。

── 今後の予定を教えて下さい。

西 近いうちに福音館書店から、ジュブナイルといいますか、小中高校生が読めるような物語を刊行する予定です。でも『サラバ!』燃え尽き症候群というか、年内は『サラバ!』のパブリシティに集中します。ご期待ください。

(十月二十一日、東京都千代田区・小学館にて収録)

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