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『浮雲心霊奇譚 赤眼の理』の神永 学さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)

「新刊ニュース 2015年2月号」より抜粋

神永 学 (かみなが・まなぶ)
1974年山梨県出身。日本映画学校(現日本映画大学)卒業。自費出版した『赤い隻眼』が編集者の目に留まり、2004年『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』と改題しプロデビュー。デビュー作に始まる『心霊探偵八雲』シリーズの他に『天命探偵』シリーズ、『怪盗探偵山猫』シリーズ、『コンダクター』『イノセントブルー 記憶の旅人』など著作多数。この度、集英社より作家デビュー10周年記念作品『浮雲心霊奇譚 赤眼の理』を上梓。
  • 『浮雲心霊奇譚 赤眼の理』
  • 神永 学著
  • 集英社
  • 『怪盗探偵山猫 虚像のウロボロス』
  • 神永 学著
  • KADOKAWA(角川文庫)
  • 『革命のリベリオン 第T部 いつわりの世界』
  • 神永 学著
  • 新潮社(新潮文庫nex)
  • 『確率捜査官 御子柴岳人 密室のゲーム』
  • 神永 学著
  • KADOKAWA(角川文庫)
  • 『クロノス 天命探偵 Next Gear』
  • 神永 学著
  • 新潮社
  • 『心霊探偵八雲9 救いの魂』
  • 神永 学著
  • KADOKAWA(角川文庫)
  • 『イノセントブルー 記憶の旅人』
  • 神永 学著
  • 集英社(集英社文庫)

── 『浮雲心霊奇譚 赤眼の理』は、江戸時代末期、死者の魂を見る赤い瞳を持った憑きもの落としの「浮雲」と、絵師を志す「八十八」の二人が幽霊に関わる事件を解決していく連作小説です。執筆の動機を教えてください。

神永 構想自体は何年も前からありました。僕の代表作『心霊探偵八雲』シリーズは死者の魂が見える青年が事件を解決する現代劇ですが、「幽霊が見える」設定やそこに映し出される人の感情の機微を描くには、現代よりも江戸時代の方が合うかもしれないとずっと思っていたんです。本作を書くにあたって江戸や明治に書かれた怪談を色々読みましたが、やはり一番恐ろしいのは人間だと思います。幽霊は恨みを晴らしたり復讐したりしますが、そのきっかけは人間が作っているわけで、そうした人間模様を書こうと思いました。ちなみに本作は、デビュー作と同じくらいの中編三作の連作です。短編よりも、もう少し色付けをしてキャラクターを掘り下げることが可能なこのくらいの長さが僕には合っていると思っています。

── 作品の面白さは、真相解明の謎解きはもちろん、霊が見える浮雲の特長や浮雲と八十八とのコンビネーションの妙があると思いますが、そこは意識された点でしょうか。

神永 二人のやり取りの中に、江戸の空気感、時代が醸す熱量を出したいと考えていました。ただ設定を細かく書き過ぎると読者にとってハードルが高い小説になってしまう。なので、現代小説の読者が無理なく読める物語になるよう意識しました。浮雲と八十八という価値観の違う二人のやり取りが、現代劇を読みなれた人がこの物語にすんなり入れる一つのきっかけになってくれればと思います。

── 主人公の浮雲は、どのようなイメージで造形されましたか。

神永 浮雲は、僕が考える江戸のイメージそのものです。例えば現代劇で常に日本酒を呑んでいると粋には見えませんが、江戸のあの空気だと始終酒を呑んでいても粋になる。色好みも現代劇で書くと読者の方の好き嫌いが分かれそうですが、江戸の色≠セとまた違う空気感がある。詳細な設定を書かない分、江戸時代というものを人物の個性で描出しようと試みました。浮雲は書いている中で勝手に酒を呑み始めてしまいました(笑)。また、ちょっとイイ女がいるとヘラヘラする所も愛すべきポイントですね。手癖の悪さも現代劇だと窃盗の常習犯ですが(笑)、江戸だとどこか許せてしまう大らかさがある。個人的には主人公も清廉潔白で頭脳明晰というよりも、どこか抜けている所、ダメな所がある人間の方が魅力を感じます。また、僕が探偵役に仕立てる人物は本人に謎があったり昼行灯的な人物だったりしますが、浮雲にもそういう含みを持たせました。

── 八十八の設定はどのように考えましたか。

神永 八十八は、純朴であるがゆえに見えることや感じることがあります。八十八の設定はいろいろ悩みましたが、一番しっくりきたのが呉服屋の長男ながら絵師を志す、少年から青年に移り変わる人物でした。彼は、読者目線の人物です。浮雲に共感できないこともあるけれど、理解しようとする。そこが今後の彼の成長につながっていくと思っています。

── 伊織は武家の娘で武道に励む女性ですが、こういうヒロインになったのはなぜですか。

神永 実は一話目でヒロインも出すつもりでしたが、百三十枚に収まらないということで、泣く泣く二話目に持ち越しました。伊織は僕の作品の中ではあまり描いたことのない、自分を持った強い女性、剣を持ったヒロインです。僕はこれまで江戸の物語を書いたことがなかったので、江戸時代の空気感を掴むために天然理心流の道場に通ったのですが、道場の半数以上が女性であることに驚きました。今の時代に剣術を習う彼女たちに触発されて伊織を造形しました。今後、伊織は恋愛の方へ進むのか、武芸に秀でる方に進むのかはわかりません。八十八との恋も身分の差の障害があるので、二人の行く末を含めて一層物語に深みが出てくると思っています。

── 天然理心流の道場に通われたことで、作品に何か影響はありましたか。

神永 今回の『浮雲心霊奇譚』では剣で戦う場面がありますが、チャンバラにしたくなかったので、武道をやっている人が判る技がちらちら入っています。そういう所は道場に通ったお陰で、資料を開くというより体感値として時代を書けたと思います。

── 脇役に歴史上の人物・土方歳三がいて、浮雲に情報を提供し、手足となり動きます。彼の役割はどのようなものでしょうか。

神永 読者に向けて時代を伝えるのにこれほど判り易い人物はいないと思いました。土方歳三が薬売りをしていた時代、と言われれば、その時代背景が読者にもイメージしやすいと思い、登場させました。

── 第一話「赤眼の理」は八十八が、姉「お小夜」の憑きものを落として貰おうと「浮雲」を訪ね、解決していく物語です。第一話ということで、気をつけたことはありますか。

神永 これは途中まで書いたのですが、浮雲が登場するまで枚数がかかってしまったので全面改稿しました。物語が転がり始めるまで時間がかかると、読者は誰を読めばいい物語なのか不安になってしまう。「この人たちが、こんなことをする物語です」と早い段階で提示しないと引き込むのが難しいと思い、プロットを変えて、もっと早く浮雲と八十八が出会い、物語が転がるように書き直しました。

── 第二話「恋慕の理」で八十八は伊織と出会います。伊織の家に幽霊が出て、長男「新太郎」が床に臥すようになり、八十八が浮雲と解決に臨む物語です。物語を作る際、工夫されたことはありますか。

神永 二話目は恋に関する話にしようと決めていました。これは男の許に通い詰めた女の話で、その恋の話が周りの人間に影響を与えていくわけですが、現代劇にするとストーカー的な恋愛になってしまうのに、江戸に変化させると情緒が生まれる。ここが書いていて面白かったところです。実は今回、三作とも古典の怪談をベースにしています。一話目は「姑獲鳥」の話、二話目が『牡丹灯籠』、三話目が『番町皿屋敷』ですが、いずれも原型は残していません。これらの怪談は日本人の情緒の機微を掴んでいるから古典として今でも読み継がれていると思い、それを現代風に味付けをしつつ物語を作りました。

── 第三話「呪詛の理」は不気味な掛け軸から幽霊が出てきて人を斬るという事件の中、重要な人物が登場します。今後、どのように話が進んでいくのでしょうか。

神永 浮雲のキャラクターをひたすら謎にしておくと人物像がぼやけてしまうので、謎を残しつつも人物像を捕らえるフックとしての役割を持つ人物を登場させました。今後の物語で浮雲の過去に何があったのか明らかになります。また、浮雲に対する八十八の考えが、二度の憑きもの落とし≠見ることによってどんどん浮雲の内部に入っていっています。今後はもっと小生意気な八十八の一面も出てくるでしょう。

── 「幽霊とは人の想いの塊だ」と浮雲は語ります。この言葉にどのような思いを込められたのでしょうか。

神永 『心霊探偵八雲』シリーズを書く前から疑問だったのは、ホラー映画などで優しかった人が殺されると急に怪物のように見境なく人を襲うことでした。幽霊だって元は人ですから、死んで人格が変わるのは変だと。物語の中では幽霊を怖い存在、恐るべき力を持った存在ではなく、その人が残した気持ちや想いという設定にしました。

── 浮雲の霊が見える赤い瞳≠ヘ『心霊探偵八雲』の斉藤八雲やその父に繋がる特徴です。このような特徴を、どうお考えですか。

神永 浮雲は、八雲との血の繋がりを百パーセント意識して、八雲の先祖としての描き方をしようと思っています。赤い瞳≠フように人と違うことは差別されがちですが、裏を返せば個性であり、その人の力でもある。嫌だった所を美しいと言ってくれる人として八雲には晴香、浮雲には八十八や伊織がいます。

── 『心霊探偵八雲』シリーズの成功の背景に、ミステリーの理詰めの構築とオカルト的な世界の同居があると思いますが、いかがですか。

神永 自分が書くミステリーに個性を持たせるのにはどうすればいいのか考えに考えて、禁じ手を正面から扱ってみました。霊が見えるのなら「殺害された被害者の霊に訊けば終わり」ですけれど、それを敢えて承知した上で、そこから絡み合っていく人の心情とか、死んだ人が犯人逮捕だけを望んでいるわけではないことに寄り添って書くことにしました。

── 神永作品のあとがきやHPで登場する言葉「待て、しかして期待せよ!」に込めた想いは何でしょう。

神永 デュマの小説『モンテ=クリスト伯』は今でも読み返している小説ですが、最後にモンテ=クリスト伯が手紙を残して去って行くシーンがあります。手紙には「人間が幸せであるかそうでないかは、他人との比較、もしくは自分の過去との比較に過ぎない。故に待て、しかして希望せよ」というような内容があります。希望を持って待つ。未来は明るいものに変わっていく。この言葉があれば「辛いのは今だけだ」と、どんな状況でも耐えられる気がします。僕の中で座右の銘になっているほど影響を受けた言葉です。今後の僕に「期待」してほしいというメッセージを込めて、「希望」を「期待」に変えて使っています。

── 今後の出版の予定を教えてください。

神永 『心霊探偵八雲』シリーズの文庫版九巻が十二月に刊行されました。一月に文庫版『イノセントブルー 記憶の旅人』、春に『天命探偵』シリーズの続編、その後に『革命のリベリオン』の続編の刊行が控えています。また二○一五年中に何とか『浮雲心霊奇譚』の続編も刊行したいと思います。ご期待下さい。

(十一月十八日、神永学氏の事務所にて収録)

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