『「本」と生きる』の肥田美代子さん
インタビュアー 津田ジョン(ライター)
「新刊ニュース 2015年5月号」より抜粋
── 『「本」と生きる』は、読書の素晴らしさや大切さを訴えるとともに、肥田さんご自身が学校図書館再生に取り組まれた記録にもなっています。この本を執筆された理由を教えてください。
肥田 これまで、様々なところで読書について話したり書いたりして来ました。それをこの辺りで立ちどまって、あらためて読書とはなんだろうと、自らに問い直してみたかったということです。
── この本を通して、読者に最も訴えたかったことは何でしょうか。
肥田 日本人の精神構造は、はるか昔から書物文化・読書文化で形作られてきたとも言えます。千数百年前に『源氏物語』という優れた長編小説が世界に先だって書かれた国ですからね。長年にわたって育まれてきた美しい日本語、美しい言葉は、われわれ日本人の誇りです。私は日本を「言葉の輝く国」にしたいのです。世界に誇れる豊かで美しい国づくり・人づくりのためには、幼い頃から、言葉の力を育ててあげることが必要です。
── 本書に書かれた幾つかのテーマの中で、特に教育現場でのデジタル化に関しての記述が印象に残ります。
肥田 本当はもっとデジタル教科書について警鐘を鳴らしたかったのです。これでも編集者のアドバイスに従って、多少抑え気味に書いています(笑)。ただ、誤解しないでいただきたいのは、私はデジタル教材にすべて反対ということではありません。私が一番危惧しているのは、小学校や中学校におけるデジタル教科書の導入についてです。民主党政権の時代に、総務省が二〇一五年までにすべての小中学生に、一人一台デジタル端末を配布するという計画を打ち出しました。手もとの端末機から簡単に情報を呼び出したり検索したりできて確かに便利です。しかし、教育の原点は言葉によるコミュニケーションの育成ですし、特に低学年の子どもには、紙の教科書を読んで、じっくり考えて思考力を養ったり、足りない部分を想像力で補ったりすることが重要です。導入前には少なくともデジタル教科書がどういう影響を子どもに及ぼすか、何年か実証実験を行ってからでないとあまりに性急だと思いました。幸いにも民主党自身の事業仕分けで「廃止判定」とされましたが。スマホやタブレットの普及などにより、子どもが小さいうちからデジタルメディアに触れる機会が増えています。それにともなって、ネット中毒やネット犯罪が社会問題化してきています。私は、まず紙による本に親しんで読書習慣を付け、判断力や感性を育んでからでも遅くはないと考えています。
── 子どもにとって読書活動は、なぜ大切なのでしょうか。
肥田 本書にも幾つかデータを示しましたが、子供時代の読書体験が生涯の読書習慣を形作るという結果が、青少年教育振興機構の調査に出ています。また、別の文部科学省のアンケートでは、八割の子ども自身が「言葉や表現力を養う上で読書が大切だ」と答えています。読書というのは一見するととても地味な行為のようですが、実はものすごい迫力のあることなんだと思っています。私も若い頃は「趣味は読書です」などと言ったら、何か暗い人みたいな感じがすると思っていました(笑)。でも今は違います。子どもにとって読書をするというのは、心の中に隠れた好奇心という宝物を引っ張り出す行為なのだと。その効果は一年二年では現れないけれど、雪解けの水が岩に染みていき、何年も経って一滴ずつポトリポトリと滴り落ちて、それが最後には大河になるようにです。子どもの読書の影響は十年、二十年の単位で考えないと駄目なんですね。その子どもの読書のきっかけを作るのが、われわれ大人の役目であると思っています。
── 実際に大人はどうすれば良いのでしょうか。放っておいたら子どもは自分から読書をするわけではないですよね。
肥田 そうなんです。読書って、すごく能動的な行為ですからね。大人だって体が弱っている時や、心のエネルギーが低下している時には本を読むのは辛いことがありますからね。小さな子どもに読書体験をさせるために、家庭でできるのが本の読み語りです。これも先の調査でわかった事ですが、親から絵本の読み語りをしてもらった子と、してもらわなかった子では、学校に通うようになってから、本を読む量が違うんです。読み語りを通して言葉の訓練を受けているか、受けていないかというので変わってくるんですね。ですから、よく私は「どんなに小さくてもいいから、お家にも本箱を置いて下さい。お母さん、お父さんは時間があれば、下手でも良いですからお子さんに本を読んであげてください」と言い続けています。それから学校関係者には、授業の一環としてぜひとも読書教育を取り入れて下さいとお願いしています。文部科学省も、読書の大切さは分っていても読書教育をカリキュラムには入れる決断は出来ていません。
── 本書の後半部分では、国会議員として学校図書館再生に取り組む話がメインになって来ます。そのいきさつを教えて下さい。
肥田 一九八九年に社会党(当時)の方に誘われて、参院比例区から立候補しました。「名簿順位が二十位であれば絶対当選しないから、作家として社会勉強のつもりで選挙というものを体験してみれば。」と説得されて。ところが実際は名簿順位が十五位になっていて、当選してしまったんです。議員生活に入って二年目に、図書館関係の人から「学校図書館がひどい状態で機能不全に陥っているから見て下さい」と誘われ、関西地区の学校図書館を視察したのが最初でした。
── それまで肥田さんは学校図書館には全く注目されていなかったのですか。
肥田 そうなんです。それで実際に訪ねるとどの学校の図書館も、まるでお化け屋敷のようで、クモの巣は張っているしカビ臭いし、何年も利用された様子がない。学校の先生方も「図書館は必要ない。読書する時間があったら、勉強にあてさせる」と、そういう意識だったのです。これはあんまりだと、九一年に国会の文教委員会でこの現状を説明し、学校に司書教諭を配置することについて、質問したのです。この経緯は本書に詳しく書いてありますが、実は「学校図書館法」に司書教諭の配置義務が示されていたにもかかわらず、附則に「当分の間、司書教諭を置かないことができる」としたまま、なんと四十四年間にわたり放置されていたのです。全く怠慢です。
── これをきっかけに、学校図書館を整備する活動に尽力されるわけですね。
肥田 最初は文部科学省の反応も鈍かったですし、子どもを対象にした図書館問題など、直接票につながらないからか、ほぼ孤軍奮闘でした。それでも二、三カ月ごとに何度も国会で質問を繰り返しました。あまりにもしつこいものだから「マムシのお美代」とか、「図書館おばさん」とか陰口をたたかれましたが(笑)、次第に役所の答弁も前向きになり、一年後にはようやく実態調査が始まり、さらに一年後には五カ年計画で五〇〇億円の図書整備予算がつくまでになりました。しつこく言い続けていれば、世の中は動くものだと思いましたね。
── その後民主党に移り、三期九年間衆議院議員を務められるわけですが、その間もずっと学校図書館の整備に取り組まれたそうですね。
肥田 賛同してくれる議員も増えてきて、超党派で作っている「子どもと本の議員連盟」や「子どもの未来を考える議員連盟」の事務局長として活動を続け、九七年にはやっと学校図書館法が改正され、平成十五年までに司書教諭を置くことが明示されました。その後も様々な読書や活字関連の法律を超党派の皆さんの協力で成立させることができました。私は二〇〇五年に、十五年間の議員生活を終え、以後も文字・活字文化推進機構の理事長として、「学校図書館議員連盟」などと協力して活動を続け、二〇一四年には再び学校図書館法を改正し、専門職員である「学校司書」を法制化することができました。しかし、法律は整備されましたが、依然として学校現場での意識が高いとは言えず、まだまだ自治体の首長さんや学校関係者への働きかけが必要ですね。
── 肥田さんは学校図書館だけでなく、地域の公共図書館と地元の書店とのあり方も危惧していらっしゃるそうですね。
肥田 地域の書店がどんどん減っていて、十四年前に21,654店あったのが、今では13,736店です。書店がない市町村が332市町村もあります。原因はネット書店や中古・新古書店の伸長、スマホやゲームに費やす時間や費用の増加による読書時間の減少などと言われますが、実はもう一つ大きな理由として挙げられるのが、納税者である地域の書店が図書館に本を納入できない情況にあるということです。図書館が電算化されて以来、書誌データと装備と本が大手から一括納入されるしくみが出来、小さな地域書店は太刀打ちできなくなったのです。
── それは一般の人は知らないと思います。書店にとっては痛手ですよね。
肥田 この二十年間位に起きたことなのですが困ったことです。地域の書店がなくなるのは住民にとって大変不便なことですし、地域の活字文化の拠点を失うことにつながります。「地方創生」とは、こういう文化的な視点で考えるべきです。図書館業務の民間委託も問題になっていますが、元来、図書館運営は自治体の基礎行政であることを忘れてはなりません。これはある町の例ですが、地域の書店さんが行政と何度もかけ合い、図書館の本の納入はすべて請け負うことになりました。書店さんは、毎週図書館へ行って、新刊書を案内し、また「装備」は、障害者の施設に依頼し、新しい雇用が生まれています。書店さんは「もう廃業しようと思っていましたが息をふき返しました」と、さわやかな笑顔でした。
── 最後に今後の活動予定を教えて下さい。
肥田 活字文化を守る活動としては、今年は消費税の軽減税率の問題に、議員のみなさんと協力して取り組みます。また、書き手としては四月に『森の本やさん』という絵本を出していただきます。物語は、動物たちが大切にしている森でただ一軒の書店が、ある日嵐で潰れてしまう。そこで、どうすればいいか動物たちがみんなで話し合うというストーリーです。そこに書店の持つ意味合い、書店に対する熱いメッセージを込めたつもりです。私はしばらく議員をしていたからか、肩書でときどき「元童話作家」と言われるのがつらいんです(笑)。もちろんずっと現役のつもりでしたし、これからも書き続けていきたいと思っています。
(二月十七日、東京都千代田区 文字・活字文化推進機構にて収録)
Copyright©2000 TOHAN CORPORATION