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Interview インタビュー 特別インタビュー落合恵子さん
インタビュアー 津田ジョン(ライター)
「新刊ニュース 2011年8月号」より抜粋
被災地の子どもたちに絵本を!
「HUG&READ」プロジェクトに込めた思い

東日本大震災後、子どもの本の専門店「クレヨンハウス」と「子どもの文化普及協会」が立ち上げたプロジェクト「HUG&READ」は、被災地の子どもたちに絵本を送る支援活動です。プロジェクトを中心となって進めている作家の落合恵子さんにお話を伺いました。

落合恵子(おちあい・けいこ)
1945年栃木県生まれ。明治大学英米文学科卒業後、1967年文化放送入社。アナウンサーを経て、作家生活に入る。執筆活動に加え、子どもの本の専門店「クレヨンハウス」、女性の本の専門店「ミズ・クレヨンハウス」、オーガニックレストラン等を東京と大阪で主宰。総合幼児教育誌『月刊クーヨン』発行人。新刊に『「孤独の力」を抱きしめて』(小学館)、『積極的その日暮らし』(朝日新聞出版)。『母に歌う子守唄 わたしの介護日誌』(朝日文庫)、『絵本処方箋』(朝日新聞出版)。主な翻訳書に『おやすみ、ぼく』『キスの時間』(共にクレヨンハウス)など多数。

「孤独の力」を抱きしめて 『「孤独の力」を抱きしめて』
落合恵子著
小学館
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積極的その日暮らし 『積極的その日暮らし』
落合恵子著
朝日新聞出版
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母に歌う子守唄
その後 わたしの介護日誌 『母に歌う子守唄
その後 わたしの介護日誌』

落合恵子著
朝日新聞出版(朝日文庫)
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絵本処方箋 『絵本処方箋』
落合恵子著
朝日新聞出版
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おやすみ、ぼく 『おやすみ、ぼく』
アンドリュー・ダッド文、
エマ・クエイ絵、
落合恵子訳
クレヨンハウス
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キスの時間 『キスの時間』
アントワーヌ・ギロペ作、落合恵子訳
クレヨンハウス
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子どもたちへの
精神的な支援を



── 東日本大震災で被災した子どもたちに絵本を送る「HUG&READ」プロジェクトという活動をされていますが、その概要を教えてください。


落合 一般の方や出版社から寄贈された絵本や小学生向け(一応の目安)の本を、被災地の子どもたちに届ける活動で、六月十五日までに約四万二千四百冊、二百件以上の避難所や学校などにお送りすることができました。私が代表をつとめる子どもの本の専門店「クレヨンハウス」と、「子どもの文化普及協会」の共同企画として立ち上げました。

── このプロジェクトを始めた経緯は。

落合 震災が起きた三月十一日の午後、私は神戸でタクシーの中にいました。ラジオから流れるニュース速報を聞いた運転手さんが「これはえらいことになった」と声を震わせて繰り返し、急に無言になったんです。しばらく経った後、彼が「阪神・淡路大震災であれほど世話になったんだから、今度は私らがお返しする番だ」と力強くおっしゃった口調がとても心に残りました。当日は東京までの交通手段が確保できず、翌日帰って現地の詳しい状況が判るにつれ、これは子どもたちに対する精神的な支援がぜひとも必要だと感じたのです。そこで、すぐに準備に取りかかりました。

── 実際にプロジェクトが動き出したのはいつからですか。

落合 本を送り始めたのは四月に入ってからです。被災直後は、食料や水、生活必需品、医療品などが優先で、本は後でもいい、輸送手段も充分機能していない段階では、まだ控えるべきだと考えたんです。若いスタッフたちが「すぐ送らなければ!」と前のめりになっているのを、珍しく普段とは逆に、私がブレーキをかけるような状態でした。

── 送り始めるタイミングはどうやって判断したのでしょうか。

落合 当初活動に協力していただいた、子どもの権利保護を目的とした組織「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」が被災地入りしていて、そのメンバーの方々から情報をもらい、彼らのルートにのせていただきました。また、現地の子どもの本の専門店などとも同時に連携をとりました。震災直後は電話がつながりにくく情報も混乱していましたが、四月に入ってようやく避難所の子どもたちの状況が把握できるようになり、活動をスタートしたのです。その間、報道では子どもたちの情報はほとんど入手できませんでした。これはどの社会のマスコミも同じで、戦争や災害報道では画になる被害状況を中心に流し続け、子どもや女性、老人など、声の小さい側が伝えられるのはずっと後になってから。今回の震災報道もそうで、これはマスコミの大きな問題点だと思います。

── プロジェクトのホームページなどに、震災以降「子どもが眠れない」「夜中に急に泣き出す」「無表情になった」といった、子どもたちの記述があります。

落合 実は子どもたちが怖がっているという話を最初に聞いたのは被災地からではなく、九州や北海道のお母さんたちからのご相談でした。ニュースや周囲の大人たちの態度を見て、地震や原発の暴走に不安を感じたのですね。当初は被災地の子どもたちの情報は入ってきませんでしたが、直接震災を体験しないでこの様子なら、現地の子どもたちはもっと深刻な心理状態だろうと思いました。事実、連絡が取れるようになって被災地の子どもの様子を聞いてみると、本当に大変な状況だということが分かりました。

── 絵本を送るプロジェクトの名前を「HUG(抱きしめる)&READ(読む)」とした理由は何ですか。

落合 すべての大人が被災地を訪れるわけにはいきません。まずは、周囲の身近な大人が不安がっている子どもたちをやさしく抱きしめてほしい、そして心を込めて絵本を読んであげてほしいという願いを、「HUG&READ」の言葉で表しました。私たちが直接支援できるのは「READ」の部分ですが、むしろ「HUG」の方が子どもたちにとって、より重要だと考えています。

── 本を送ること自体が目的ではないのですね。

落合 私は「本がすべて」というような人生は抵抗があります。子どもたちにとっては、愛してくれる大人がいて、お腹いっぱい食べられ、安心して眠れて、大声で泣けて…という、普通の生活が最も大事です。その点、被災地の子どもたちは、まだ衣食住が完全に保証された環境にありません。福島周辺では原発事故で、いまだに最低限の安全さえ脅かされています。そんな中でも、人生の数ある楽しみの中のひとつとして、本を通して少しでも心に豊かさを感じてほしい、安らいでほしい、というのが「HUG&READ」プロジェクトの趣旨です。

── 実際に活動を開始してみていかがでしたか。

落合 震災直後から準備を始め、四月に入ってすぐに第一便を発送しました。最初はクレヨンハウスが出版している絵本や手持ちの本を送ったのですが、まだ混乱が続いていて、避難所に届いたかどうかも連絡がなかなか取れない日々もありました。その後、四月の二週目に入ったころから、ようやく順調に届き始めました。子どもたちが集まっている場所ということで、初めは各地の避難所向けが中心でしたが、五月ぐらいからはもう少し個別に小学校や幼稚園・保育所、児童館などに送っています。これからは、被災地以外の土地に避難した子どもたちなど、さらに個別の事情にあわせた対応も必要になってくると思いますね。


ゴールを決めずに
可能な限り続けたい



── 落合さんはブログの中で、プロジェクトを始めるにあたり、ご自身との2つの約束を決めたと書いていらっしゃいますね。

落合 はい。ひとつは途中で「ここまででいいか」と思わず、ずっと継続していくこと。こういう活動は一過性ですぐ終わる例も多いのですが、出来うる限り継続したいと思います。もうひとつは、本を寄贈していただいた方に、私が直接電話してお礼を申し上げること。みなさんお忙しい中でわざわざ本をお送りくださったのですから、責任者として感謝の気持ちを伝えるのは当然です。これまで私は何十年もさまざまな運動体に関わってきて、ともすれば「良いことをやっているんだから、少々のことは大目に見てもらおう」という感覚がどこかに多少あるのが気になっていました。目的に向かって一生懸命頑張りながらも、できるだけ丁寧できちんとした活動にしたい、という気持ちです。

── 落合さんから直接お礼の電話がかかってきたら、みなさんびっくりするのではないですか。

落合 いえ、それはありませんが(笑)、電話をしてみると本当にさまざまな方が協力してくださっていることを実感します。たとえば大工さんだった方が「被災地でお風呂を作ってあげたいけど、もう身体が思うように動かないから」と本を送ってくださったり、遠くまで本を買いに行けないお年寄りが、「星の王子さま」を何十冊も注文して家に届けてもらい、それをそのまま転送してくださったり。また、子どもたちが自主的にクラスで本をたくさん集めて、「ストーリーが暗くて寂しすぎる」とか「この内容は送っていいだろうか」とみんなで討議をして、全員の手紙を添えて送ってくれました。本当に素晴らしいことだと思います。

── 電話を受けた方も、この活動にいろいろと思う所があって、詳しくお話してくれるんでしょうね。

落合 そうだと思います。ほかにもお母さんから、読んだ本を古本屋に売ったお金でお菓子を買っていた子どもが「本をプレゼントするから」と丁寧に読むようになったと、感謝されました。また、何か手助けをしたい気持ちがあるのに、義援金はちゃんと届けられるのか不安だし、他に納得できる活動がないと思っているときにこのプロジェクトを知り、協力できて良かったというお礼の声も頂きました。

── 本が届いた被災地の子どもたちの反応はいかがですか。

落合 厳しい状況の中で、心のこもったお礼の手紙や絵を頂き感動します。少し前に聞いた話しでは、福島の四歳の子どもが私が翻訳した絵本『おやすみ、ぼく』が大好きで、毎晩お母さんに読み聞かせをしてもらっていたそうです。ところが原発事故で緊急避難する際に家に置き忘れ、借り上げ住宅で寂しがっている、と。それで特別にこの本をお送りしたら、「息子が安心して眠れるようになりました」とお母さんからお礼の連絡がありました。これには何だか私の方が救われた気持ちになりましたね。

── 本誌を読んで本を送りたいと思う方がいると思いますが、注意点はありますか。

落合 受けとった子どもが淋しく感じたり悲しくなったりするようなものは避けてください。破れたり極端に汚れたりした本は、ちょっと淋しいですよね。内容については、さっきお話した小学生たちのように、ご自分で相応しい本かどうかよく判断していただければ。海が荒れるような話はいまは避けたいですし、被災した子どもたちの悲しみに重なるような内容ではないか、考えてください。非常に判断は難しいですが、思いをめぐらせることで、送る側も本ともう一度向き合うことにもなりますからね。私たちも倉庫で仕分けはしていますが、まずはご自身で。

── 集まる本の量もどんどん増えて、ますます忙しくなりそうですね。

落合 ええ、基本的に私たちの「クレヨンハウス」と「子どもの文化普及協会」のスタッフで運営しているので、大変です。でも、被災地から届く笑顔の写真や、お礼の手紙を見ていると、そんな苦労はどこかに飛んでしまいます。スタッフもみなヤル気充分で、とても頼もしく思っています。

── 被災地の復興はなかなか進まず、原発も収束せず不安な状況が続きますね。

落合 出てくる情報を鵜呑みにせず自分で勉強することが大切だと思います。脱原発の本も沢山刊行されていますし、私たち「クレヨンハウス」からもシリーズで7月末から出版します。この時代、この社会で私たちが選ぶ明日が見えてくるはずです。まさに「本の力」だと思います。被災地の子どもたちにはこれからもずっと本が必要ですから、このプロジェクトはゴールを決めずに、可能な限り続けていきたいと考えています。




(六月二十日、東京都港区・クレヨンハウスにて収録)


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