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「新刊ニュース 2011年12月号」より抜粋
小川糸(おがわ・いと) 1973年生まれ。2008年小説デビュー作『食堂かたつむり』がベストセラーになり、10年に映画化された。小説の他に絵本の執筆・翻訳や作詞など、幅広い分野で活躍中。著書 に小説『喋々喃々』 『ファミリーツリー』『つるかめ助産院』、旅と食に関するエッセイ『ようこそ、ちきゅう食堂へ』などがある。 |
── 初の短編小説集『あつあつを召し上がれ』は、隔月刊誌『旅』(新潮社)の連載を収録したものですね。
小川
はい。全7編のうち6編が連載作品で、最後の「季節はずれのきりたんぽ」のみ新たに書き下ろしました。『旅』は以前から愛読していた素敵な雑誌で、私自身も旅行
が大好きなのでいつも参考にしていました。ですから連載の話を頂いた時は非常に嬉しかったですね。連載にあたっての条件は、読み切り形式であることと、食べ物や料理を
テーマにすることで、特に旅の要素にはこだわっていません。連載時にも使っていたタイトル『あつあつを召し上がれ』には、読者の方が作品を読んだあとに、あつあつの美
味しいご馳走を食べた時のように、お腹の中からほっと温かい気持ちになってほしいという思いを込めました。
── 短編小説を執筆するうえで、長編小説とは違ったご苦労はありましたか。 小川 今回は雑誌の連載用なので一編が原稿用紙約20枚と短いため、やはり長編とは書く時の心構えや集中度が違いましたね。毎回なるべく変化をつけようと考えて、ストー リーの設定はもちろん、登場人物も各話で異なる感じの名前を付けるなどバラエティーを持たせる工夫をしました。短編といえども長編と同じぐらいのエネルギーを使ったの で、執筆はけっこう大変な作業でした。 ── それぞれのストーリーや登場する店には実在のモデルがあるのですか。 小川 自分が直接体験した話はないのですが、何気ない会話の中で相手が発した一言や、私自身が見聞きした話を元にして、頭の中で想像してストーリーを展開していきまし た。例えば、老婦人が夫との記念日に思い出のパーラーを訪れる「いとしのハートコロリット」は、昨年バンクーバーへ旅行した時に、近くの港町で見かけたご夫婦の姿がヒ ントになっています。海沿いのレストランで、アジア系のお婆さんと白人のご主人が隣のテーブルに座っていらしたのですが、年老いたご主人はこの話と同じように会話もあ まりできないご様子で…。でもお二人の雰囲気がとても素敵で、その映像がずっと頭の中に残っていたんですね。それと私自身が大好きな老舗パーラーのパフェに対する思い をイメージとして組み合わせて、物語を作り出していきました。このようにストーリー自体は想像を膨らませる一方で、作中に登場する店や料理に関しては、私が実際に訪れ たり食べたりしたものが多いですね。「親父のぶたばら飯」で彼氏が案内してくれる中華街で一番汚い店≠竅A「さよなら松茸」で恋人と最後の夜を過ごす奥能登の宿や豪 華な松茸料理などは、実在のものに近いです。 ── 7編のうちで、ご自身が最も思い入れのある話はどれになりますか。 小川 一番印象的なのは「こーちゃんのおみそ汁」ですね。若くして死の病に冒されたお母さんが、幼い娘が将来困らないよう家事やみそ汁の作り方を徹底して教えこむ話です。この話の設定は実話の部分が大きく、母親のモデルは知人の奥様なんです。私よりあとに生まれたのに先に亡くなるという、わずか33歳の短い人生でした。残り少ない命と知りながら、まだ幼稚園児の娘にみそ汁の作り方を伝えたという事実は、すごく重い意味を持っていると思うんです。そういう方と不思議なご縁で繋がったからには、私がひとつの物語として世の中に伝えることができればと、なかば導かれるような気持ちで書かせて頂きました。 ── 今回の収録作品の中で、ひとつだけ異色なストーリーがありますね。ある男性が愛人の「男性」を「豚」になぞらえて(!?)、一緒にパリを訪れる「ポルクの晩餐」。どう解釈したらいいのか、戸惑う読者も多いと思いますが(笑)、あれはどこから発想した話なのですか。 小川 まずパリを舞台に話を書きたいという気持ちがありました。実は私にはパンクな部分があって(笑)、型にはまった予定調和的なものは崩したくなるんですよ。それでおしゃれなパリの街に、あえて逆のイメージの豚を組み合わせて話を書いてみたんです。他の作品を書いた時は、他社の担当編集者から「良かったですよ」などの感想を頂くんですが、この作品を読んでもらった際は、シーンとして誰も何も言ってくれなくて…(笑)。でも短編集の中に、一編ぐらいそういう少し枠をはみ出したような話が入っていた方が、私としては変化があって面白いのではと思っています。 ── 各話のストーリーはバラエティーに富んでいますが、そのほとんどが「食」と「命」あるいは「死」を扱った話になっています。その理由はなんですか。 小川 実は「最後の食卓」というのが、全体に共通するテーマなんです。最初に連載を始める時に、何かひとつ統一したイメージがあったらいいなと思ってこれに決めました。ですから、人生にとっての大きな最後である「死」はもちろんですが、それ以外にも恋人と別れる夜に食べる食事だったり、嫁入りの朝に父親に作ってあげる味噌汁だったり…。そういういろんな意味での「最後の食卓」を書いたつもりです。 ── 小川さんは執筆する時は一気に書いてしまうほうですか、それともじっくり考えながら文章を膨らませていくタイプですか。 小川 私は頭から一気に書いていくほうですね。もともと私の小説は一人称ですから、主人公の気持ちになりきってどんどん書いていきます。一歩引いて第三者的な視点から話を組み立てることはほとんどありません。命に関わる内容が多いので、主人公と気持ちが同化するため辛い時もありましたが、短編なのですぐに書き終わるから大丈夫でした。私は以前から、執筆にあてるのは早朝から午前中までと決めていて、その時間に真剣に集中してパソコンに向かいます。それ以外の時間は、街を歩いたり料理をしたりしつつ、普段どおりの生活を送る中で頭の片隅で考えているので、実際の執筆にかける時間は本当に短いんですよ。 ── 集中するためでしょうか、ご自身のブログで「冷蔵庫の無い暮らしをしたい」と書いてあるのを拝見しました。 小川 そうなんです。私は耳が敏感なのか、それとも神経質なのか、冷蔵庫のモーターからでる「ブーン」とうなる機械音が非常に気になって、執筆の時に集中できないんですよ。夏は窓を開けているからまだいいんですが、冬に閉め切って仕事しているともう「あーっ!」て叫んじゃうぐらい。だから電源を切ってしまうんです(笑)。早朝に仕事をするのも、電話やお客さんなどが来ない、誰にもじゃまされない静かな環境だからです。音楽をかけながらなんて絶対にありえません。執筆の最中に話しかけられたりしたら大変ですよ。仕事中は周囲から見たら、ちょっと嫌な人になっていると思います(笑)。ですから、冷蔵庫が無くても、家のまわりに畑があるような、自然豊かな環境の中で生活できないかと、半ば本気で考えているんですよ。 ── 最後に、今後の執筆予定を教えてください。 小川 『旅』誌上で、来年の三月号(二〇一二年一月二〇日発売)から長編小説の連載が始まります。私自身が何年も前から書きたかった、サーカス団を舞台にした物語です。昔から中東欧の移動民族であるロマの生き方に憧れていて、今年の春にはロマのサーカスを見にパリに行ったぐらい好きなんですよ。彼らは旅のスペシャリストであり、必要なだけの荷物を携え、さまざまな土地を回って芸をしながら生きていく。日本人の暮らしからすると一番かけ離れた生活で、私はとてもそこまで覚悟を決めた生き方はできそうにありませんが、気持ち的にはロマのようにありたいと、ずっと考えていました。今度の連載では、ロマのような移動集団であるサーカスを一つの家族と捉えて、食べ物の話を絡めながら人と人との繋がりをテーマにした物語を書こうと思っています。 (十月十二日、東京都新宿区・新潮社にて収録) |
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