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『とうへんぼくで、ばかったれ』の朝倉かすみさん
インタビュー・構成 『新刊ニュース』編集部


「新刊ニュース 2012年6月号」より抜粋

朝倉かすみ(あさくら・かすみ)

1960年北海道生まれ。北海道武蔵女子短期大学教養学科卒業。2003年「コマドリさんのこと」で第37回北海道新聞文学賞、04年「肝、焼ける」で第72回小説現代新人賞を受賞。09年に『田村はまだか』で第30回吉川英治文学新人賞を受賞。他著に『ロコモーション』『ともしびマーケット』『深夜零時に鐘が鳴る』『感応連鎖』『静かにしなさい、でないと』『声出していこう』『夏目家順路』、エッセイ集『ぜんぜんたいへんじゃないです。』などがある。この度、約一年半ぶりの新刊となる『とうへんぼくで、ばかったれ』を新潮社より上梓。

とうへんぼくで、ばかったれ

  • 『とうへんぼくで、ばかったれ』
  • 朝倉かすみ著
  • 新潮社
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ロコモーション

  • 『ロコモーション』
  • 朝倉かすみ著
  • 光文社(光文社文庫)
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エンジョイしなけりゃ意味ないね

  • 『エンジョイしなけりゃ意味ないね』
  • 朝倉かすみ著
  • 幻冬舎(幻冬舎文庫)
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田村はまだか

  • 『田村はまだか』
  • 朝倉かすみ著
  • 光文社(光文社文庫)
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ぜんぜんたいへんじゃないです。

  • 『夏目家順路』
  • 朝倉かすみ著
  • 文藝春秋
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Boy’s Surface

  • 『ぜんぜんたいへんじゃないです。』
  • 朝倉かすみ著
  • 朝日新聞出版
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感応連鎖

  • 『感応連鎖』
  • 朝倉かすみ著
  • 講談社
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── このたび上梓された約一年半ぶりの新刊『とうへんぼくで、ばかったれ』 は、二十三歳の吉田苑美が四十代独身のエノマタさんに恋し、札幌から上京した彼を追って東京へやってくるというストーリーです。このお話を書こうと思われたきっかけを教えてください。

朝倉  最初は中年男性のお話を書きたいと思い、男性のエノマタさんを語り手として第一話を書きました。しかし、エノマタさんにあまりにも動きがないので、書き続けるのが耐えられなくなり(笑)、第二話からは大胆に恋の相手を追いかけていく若い女の子を語り手にして書くことにしました。実は吉田と、吉田の親友の前田は、以前に「ハシボウ」という短編に書いたことがあるんです。吉田と前田の「箸にも棒にも引っかからない時代」という意味のタイトルでした。二人のキャラクターがとてもしっくりきて、いつかまた二人を登場させたいと思っていました。

── 吉田は、一度しか会ったことのないエノマタさんの事を知るため、彼の会社の近くで張り込んだり、噂で素性を聞いたりし、転職した彼を追ってとうとう上京してしまいます。

朝倉  ほぼストーカー行為ですよね(笑)。吉田自身も自覚していますし、心配した前田とは上京前に大喧嘩をします。吉田は純粋なんです。吉田の言葉に「〈好き〉の内訳は〈会いたい〉と〈知りたい〉でほぼ十割」とありますが、誰かを好きになれば、吉田のような行為は普通だと思うんですよ。ところがストーカー≠ニいう言葉で表現すると、何だか痛々しいことになってしまうので、かねてより違和感を覚えていました。女の子の素直な行動としてとらえてもらえると嬉しいです。

── とても行動的な女の子ですね。

朝倉  吉田は「しあわせ」に落ち着くのが最終的にはいいと分かっていながら、たどり着くまでにひとあばれしたい、と思っています。今の若い方はじっとしている人も多いような気がしますね。不景気ですから安定した人並みの生活を望んでしまうのはもっともだとも思うんですが、どこへ行ったって不景気なんですから、逆にどんなところへ行ってもいいのに。じっとしていても楽しくないから、みんなもっと動け!と思います。

── 今回の作品の登場人物はどのように作られていったのですか。

朝倉  前田は私の友人がモデルになっています。前田のように、あそこまでハッキリとしたことは言わないんですけど、言ってもおかしくない雰囲気の人です(笑)。吉田の東京のバイト仲間、りえぽんは、私がアルバイトをしていた時代によく見かけたタイプの女の子をイメージしています。吉田も前田も内面は柔らかいものを持っていますが、外側が堅い人たちなので、りえぽんは反対に外側が柔らかく女性的な人物として登場させたつもりです。二人ずつの会話ならいいのですが、三人が一緒に会話をしているところはテンポが難しく、少し苦労して書いた部分でした。

── 吉田のペット、ハムスターの枇杷介も気になる存在です。

朝倉  枇杷介も「ハシボウ」に登場してるんですよ。ハムスターって、回し車をガラガラ回しては周囲をキョロキョロ見回しますよね。それは、回し車を回しているうちに、自分がとても遠い所まで行ったつもりになって、今いる場所を確認しているんだそうです。その短編では吉田と前田はなかなか就職が決まらないんですが、つまり、どんなに遠くへ行きたいと思っていても、どこに行っても、枠組みの中というのは変わりないかもしれないよということを象徴しています。今回、再び吉田と前田を書くことにしたので、枇杷介にも再登場してもらおうと思いました。

── エノマタさんのような四十代独身男性について書こうと思われたのはなぜですか。

朝倉  エノマタさんは、男同士で遊ぶ方が楽しくて、あまり女の子と縁がない独身の中年男性です。こういう男の人達は、年をとっても群れて遊んでいるような人が多くて面白いなと思っていました。彼女とかお嫁さんが欲しいんだけど、積極的な気持ちはなく、デートしてもなぜか立ち消えになっていく。「今の状態で楽しいのか?」と疑問に思いますが、確かに楽しそうなんですよ(笑)。吉田は物語の最初と最後で変化します。しかし、エノマタさんは何も変わっていなくて、ただすべてが通り過ぎていっただけ。「今のままで何が悪いのか」と思っているのかもしれないですね。

── エノマタさんはどうして吉田に出会うことになったか、最後まで本当の理由を知りません。また、吉田も、エノマタさんの部屋のある点に関して自分が誤解していることに最後まで気づきません。

朝倉  誤解があってもなくても、この人達の結末はこうなるんじゃないのかな、ということを書きたかった。二人の間の小さな誤解が全部解けたら結果が変わっていたかといったら、変わっていないと思うんです。私たちの日常生活では小説で出てくる誤解よりも、もっともっとたくさんの誤解があるのかもしれないと思います。

── 朝倉さんの小説はどれもタイトルが印象的です。今回の『とうへんぼくで、ばかったれ』は、ちょっと懐かしい響きの言葉ですね。

朝倉  罵詈雑言で何かやりたかったんですよ。コンコンチキとか朴念仁とか(笑)。「とうへんぼく」っていうのは野暮で気の利かない人ということで、エノマタさんに向けての言葉です。「ばかったれ」と二つくっつけてリズムを良くしました。

── 書き終えてみて、朝倉さんにとってどのような作品になりましたか。

朝倉  私としてはデビュー作『肝、焼ける』に近いと思いました。東京から稚内まで行く女の子の話なんですが、稚内へ行って恋人たちの関係がどうなったかまでは書けなかったんです。二〇〇四年にデビューしてずっと書いてきて、関係が始まって終わるまでを書けたのは、『とうへんぼくで、ばかったれ』が初めてですね。楽しくて軽やかで愛嬌のある小説が大好きなので、私自身もそういうものを折に触れて書いていきたいですね。

── 小説以外にエッセイも数多く書かれていますが、小説とエッセイの書き方に違いはありますか。

朝倉  エッセイは依頼を受ける時、大抵「お題」が決まっているんですが、なるべくそのテーマに、自分の書きたいもので真っすぐ向かうよう心がけています。例えば「本屋さん」というお題だったら、私が子どもの頃に行った本屋さんの名前と、その店で買った本のタイトルを書けばいいだろうと。エッセイというのは何人かが同じお題で書く場合も多いので、「私の直球はこうでございます」と書いた方が気持ちいいじゃないですか。別角度からの球をつい投げたくなるものですが、どれだけ真っすぐ書いていけるのか、逃げないで直球で勝負しています。

── 今後のご予定はいかがでしょうか。

朝倉  今年はあと二冊の刊行を予定しており、いくつか連載も始まっています。これからしばらくは、長編小説を中心に書いていこうと思っています。『とうへんぼくで、ばかったれ』は約一年半ぶりの新刊でドキドキしています。読者の方がどのような作品を求めているのか詳しくは分かりませんが、私としては、少しずつでもいいから変化していきたいと思っています。いっぺんに変わることは無理なので、少しずつ。一冊一冊ではわかりにくいかもしれませんが、『とうへんぼくで、ばかったれ』があるから、次の作品を書き、そしてまた次の次の作品が書けるんです。読者の皆さんに長い目で見ていただいて、ゆっくりと歩いていけたらいいなと思います。



(四月十一日、東京都新宿区・新潮社にて収録)