『煽動者』の石持浅海さん
インタビュアー 青木千恵(ライター・書評家)
「新刊ニュース 2012年12月号」より抜粋
石持浅海(いしもち・あさみ)
1966年愛媛県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。1997年、公募短編アンソロジー『本格推理 11』に「暗い箱のなかで」が採用される。2002年、光文社のカッパ・ノベルス新人発掘企画に応募した『アイルランドの薔薇』でデビュー。2006年『扉は閉ざされたまま』が「このミステリーがすごい!」2006年版で第2位となる。著書に『月の扉』『ブック・ジャングル』『人面屋敷の惨劇』『彼女が追ってくる』『玩具店の英雄 座間味くんの推理』『トラップ・ハウス』など多数。この度、実業之日本社より『煽動者』を上梓。
── 長編小説『煽動者』は、無血主義を貫くテロ組織をテーマにした〈テロリスト・シリーズ〉の二作目です。この作品を書くことになった経緯をまず教えてください。
石持 なにか短編を一本書いてほしいと言われて、一見、テロとは思えないテロ≠ニいう、前から温めていた設定で短編を書きました。それが、連作短編集『攪乱者』(二〇一〇年刊)に収められている「檸檬」という作品で、二〇〇四年のことです。設定が面白いので長編をと言われて取りかかったのですが、うまく進まず、連作短編と長編を並行して進めるうちに短編集のほうが先にできました。長編のほうは雑誌連載でこつこつ書くことにして、仕上げたのがこの作品です。このシリーズは、テロリズム、ものづくり(兵器製作)、本格推理の三つの要素を融合させた物語で、三要素をバランスよくまとめあげるスキルが〇四年当時の私にはなく、徐々に技術が身について書けたのだと思います。
── テロ組織「V」の目的は、暴力や流血によらない方法で現政府への不信感を国民に抱かせること。この無血テロという設定を、どのように思いつきましたか。
石持 テロと聞くと、無差別大量殺人を連想されると思いますが、そうでないテロはあり得ないのかと、暴力や流血によらないテロ組織を考えました。また、なんらかの結果を意図して行動するテロと、ただ治安を乱すことだけが目的のテロとがあると思います。読者の共感を得るとしたら、おそらく前者のほうですから、一般市民が一見テロとは思えないような任務を遂行し、世の中をいい方向に持っていこうとする設定を考えました。なるほど、これもテロなんだなと思ってもらえる物語を書こうと考えました。
── そこに居合わせた人の間で謎が解かれていくのは、石持作品の特徴ですね。
石持 現実世界を生きている人たちが、私の物語の中にいるのだと思っています。ミステリー小説の場合、作品世界のルールに従って登場人物が動きます。傑作であるほど作品世界をつかさどるルールが特殊で、変わり者の名探偵など、現実にいたらそうとう特殊な人物も登場する。しかし私の場合は、状況設定は特殊でも、普通の人をあてはめていくんですね。普通の人がこんな目にあったらどうするか、どうなるかを考えていく。人物が集まりディスカッションをする場では、探偵役の人物とほかの人物との能力差がない。現実でも、年をとるほど似たレベルの人同士で集まるようになるものですし、飛びぬけて優秀な人がいないほうがリアルです。読者の反響に応じた〈碓氷優佳シリーズ〉という例外もありますが、特別な名探偵や、なぜか事件に遭遇するシリーズ探偵を、私の場合はつくりようがないんですね。
── テロについても、探偵についても、既存のものと違う発想を持ってくる。
石持 犯人を捕まえないのはどうしてだとも言われます(笑)。しかし、犯人を逮捕しなくてはいけないのは警察です。私の作品では一般人が推理をしますから、謎が解かれ、事件の全貌が明らかになる目的が達成されればいい。事案にいかに対処するかが重要で、この発想はサラリーマン的かもしれません。会社員的な目で政府をみたらどうかなど、会社員経験が小説づくりに影響している。
── 公募アンソロジー『本格推理』に初めて掲載された短編「暗い箱の中で」は、閉鎖状況ミステリー。デビュー作『アイルランドの薔薇』は、北アイルランドのテロがテーマです。『煽動者』は、閉鎖状況とテロリズムがミックスされたかたちですね。
石持 本格ミステリーというジャンルは、探偵でも警官でもない一般人による、謎を解くための知恵と工夫を最も美しく発揮できる世界です。それが行われる環境として、閉鎖状況が最適だと考えています。名作も含めた過去の作品に対して、警察が来ていながら探偵役の主人公がたくさん情報を得られるのはおかしいと、私は違和感を持っていました。そこで、逆に警察が事件に近づけない閉鎖状況をつくり、その状況で探偵役の一般人がどう活躍するか、そんな発想をします。たとえば『月の扉』という作品では、ハイジャックが起きて、周囲を取り囲んだ警察が入れずにいる旅客機内で、乗客のひとりが殺され、機内の一般人が事件を推理する状況をつくりました。今回の『煽動者』では、殺人が起きたにもかかわらず、メンバーがいったん帰宅し、また週末になって犯人も含めた全員が事件現場に戻ってくる展開が肝≠ナす。メンバーが互いの素性を知らず、施設が組織の管理下にあるからこそできる展開。閉鎖状況に通う≠ネんて、このシリーズでないとできないですから、ぜひやってみたかった(笑)。
── 会社員をしながら、よくこれだけ小説を書けますね。
石持 よく言われます(笑)。平日の夜、帰宅して深夜まで書いています。会社では小説のことを考えている時間はなく、完全に二重生活です。まず設定を決め、物語のだいたいの流れが生まれてくると、ラストシーンが決まります。川が流れていて、向こう岸のラストシーンまで行きたい。飛び石のように書きたいシーンがあり、飛び石の間は少しずつ石を積み、道や橋をつけながら向こう岸まで渡る感じです。飛び石のつなぎがすんなり進まず苦心することも多いですが、書きたかったシーンを書くのは非常に快感です。
── 子供の頃から本がお好きでしたか。
石持
漫画家になりたかったのですが、絵が下手で文章に走った(笑)。一九七〇、八〇年代は僕が漫画に目覚めた時期で、江口寿史さんの『すすめ!?!パイレーツ』には影響を受けています。あの作品はスポ根漫画のパロディで、私がいま書いているのは本格ミステリーのパロディのようなところがありますから。池澤夏樹さんの作品も好きで、理詰めでかっちりとテーマを落とし込んだ短編や、エッセイが非常に知的で、池澤夏樹さんが書かれるもののたたずまいに惹かれました。整然としたそのたたずまいを、ミステリーの世界に持ち込みたいと考えていました。非の打ち所がなく満足する作品というのは、なかなかないと思います。どの人のどの作品でも、人物の行動やセリフに違和感を覚えるところはあるので、自分の目指す作品を、自分で書きたいと考えるようになりました。
── 『煽動者』は、結末が知りたくて一気読みでした。
石持 物語がかなり進んでから新たな事件を起こすなど、雑誌連載でもあり、計画的に書き進めていきました。ただ、ラストに関しては、自分でも予想外のものが、書く過程で出てきました。最後に求められるものは何だろうと、物語をつくりながら考え、物語のほうが最後に求めたのがあのラストだった。ミステリーは、着地が非常に重要なジャンルです。作品世界のルールにのっとり、最後は美しく、整然と世界を閉じたい。着地がうまく決まれば決まるほど次はない。そのくらい重要な着地がある話を、自作に求めていますね。
── 『本格推理』常連投稿者から選抜され、光文社の新人発掘企画〈カッパ・ワン〉の第一期生として長編デビューをして、今年で十年。〈カッパ・ワン〉同期生に加賀美雅之さん、林泰広さん、東川篤哉さんがいて、四人とも小説を書き続けている。
石持 『本格推理』で互いの作品を読んでいて、デビュー時に四人で集まりました。首都圏に住む、似た年恰好の四人で、同じ本格ミステリーのジャンルでも書きたいものは違っていたから、いい感じで仲良くなりました。同じように頑張っている人が近くにいる安心感がありましたね。十年はあっという間で、全力で駆け抜けてきた感じです。生き残るためには書くしかないと、依頼はできる限り断らずに、書き続けた。サラリーマンが作家をやっていると、上司からの業務命令と、出版社からの執筆依頼の区別がつかないですから(笑)。お金をいただく立場なので、こんな設定で書いてほしいと言われれば、「はい、わかりました」と応えます(笑)。
── 今後の執筆予定を教えてください。
石持 新刊『フライ・バイ・ワイヤ』(東京創元社)が十一月に刊行されます。昨年、今年は年四冊刊行し、『ブック・ジャングル』で冒険もの、『人面屋敷の惨劇』で館ものに挑戦するなど、新しい設定を思いついたら書いています。会社と同じで、仕事というのはずっとし続けるものですから、これまでと変わらず、一つひとつ書いていきます。
(十月十二日、東京都新宿区で収録)