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『何者』の朝井リョウさん
インタビュアー 青木千恵(ライター・書評家)


「新刊ニュース 2013年4月号」より抜粋

朝井リョウ(あさい・りょう)

1989年岐阜県不破郡生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。大学在学中の2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞してデビューし、2012年には同作が映画化。2012年『もういちど生まれる』で第147回直木賞候補となる。他著に『チア男子!!』『星やどりの声』『少女は卒業しない』『学生時代にやらなくてもいい20のこと』がある。この度、『何者』で第148回直木賞を受賞。

何者

  • 第148回 直木賞受賞作
    『何者』
  • 朝井リョウ著
  • 新潮社
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桐島、部活やめるってよ

  • 『桐島、部活やめるってよ』
  • 朝井リョウ著
  • 集英社(集英社文庫)
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チア男子!!

  • 『チア男子!!』
  • 朝井リョウ著
  • 集英社
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星やどりの声

  • 『星やどりの声』
  • 朝井リョウ著
  • 角川書店発行/角川グループパブリッシング発売
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もういちど生まれる

  • 『もういちど生まれる』
  • 朝井リョウ著
  • 幻冬舎
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少女は卒業しない

  • 『少女は卒業しない』
  • 朝井リョウ著
  • 集英社
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学生時代にやらなくてもいい20のこと

  • 『学生時代にやらなくてもいい20のこと』
  • 朝井リョウ著
  • 文藝春秋
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── 第一四八回直木賞受賞おめでとうございます。受賞の感想をまずお聞かせください。

朝井  ありがとうございます。まだデビューして三年で、これからちゃんと足元を固めていかないと、直木賞作家と名乗れない気がしています。初めて候補になった時は、候補になった時点で100%嬉しくて、すごく幸せでした。今回は二度目の候補で、あらためて大きな賞だと実感しました。もし万が一受賞したら、自分の人生にとってターニングポイントになる、自分の人生が明らかに動いてしまうと、むしろ怖さを感じていました。この受賞が自分の人生をどう変えたかは、十年、二十年、ずっと先まで進んでみないと分からないのだろうなと今は思っています。

── 受賞作『何者』を書かれた経緯を教えてください。

朝井 僕らの時の就職活動は、東日本大震災の年でもあり、少し特殊な感じがしました。人生において就活はごく短期間の出来事ですし、使っていたアイテムもツイッターやフェイスブックなど5年くらいしたら誰も使っていないかもしれないもので、そういう一時的なものにとても惑わされた期間でした。惑わされたのは一時的なことでも、惑う人の姿は普遍的で、小説として広いところに着地できる素材かもしれないと思いました。就職してすぐの時期に書き始めたのですが、もしかしてすごいブラック企業で家に帰れないとか(笑)、自分の生活がどうなるか見えない時期だったので、書下ろしで書きました。

── 就活の情報交換をきっかけに集まった、同じ大学に通う五人の男女が主に描かれています。自分を投影した人物はいますか。

朝井  この作品は自分への戒めとして、主人公の二宮拓人=朝井リョウ=読者と思って書き、最後に大きく転回させたいと考えていました。自分の中に根を下ろし、ずっと覆らなかったことが覆されたら、その物語はその人の人生で残るものになる、と思ったんです。ただ、僕はこれまで、自分の本では喜怒哀楽でいうと「喜」と「楽」の部分で読者の心に残ればいいと、明るい話を書いてきました。それが最近、「怒」と「哀」で心に残っても、素敵なことじゃないかと思うようになりました。多くの人が、自己愛の中で大事に守っていることを取りだし、突きつけてみようと。それで心を動かすことができたら、重くても大切なものになるのではないかと思います。

── ツイッターが重要な素材になっていますね。

朝井  就活を書くならツイッターは切っても切れないので、自然に入ってきました。主人公の拓人は、観察と分析が鋭いつもりで、実は多くの人が気づいていることしか言えない人です。今、傍観することが流行っているというか、何か起こると、それに対する傍観的なコメントや企画がインターネット上に流れる。これまでひとりで思っていたことがさらけだされ、共有されるのは面白いシステムですが、傍観をより鋭くして、何が生まれるのだろう、面白い傍観または価値のある傍観なんてないんじゃないか、と言いたかった。今回の作品は、「怒」と「哀」を書くのと同時に、今、ちょっとおかしくないか? と、自分が世の中に対して思っていることを初めて落とし込みました。

── 今、書いておかなくてはと。

朝井  個人的な思い出を書いて、そこに普遍性が宿るというのは、青春ものを書きながら思ったことです。それを時代に置き換え、二〇一二年の現象を書いても、そこで惑う人たちの姿は普遍的ではないかと思いました。就活の面接はたった三十分ほどで、意図的に選抜した言葉だけで乗り切れる時間です。ツイッターも選抜したことしか言っていなくて、ツイッターと就活は似ている。それを同時にするとこうなっちゃいます、という感じです。作中に書きましたが、選ばれなかった言葉のほうを見るようにしないと、人と本当に向き合えなくなってきているのかなと思います。今回は、面接や試験の場面をたくさん出して、主人公たちがゲームのようにランクアップしていく構想ではなかなか進まず、就活≠ナはなく就活をしている人たち≠フ話にしようと切り替えたら、人物が動きだしました。悩む人の姿は、面接や試験の場では意外と現れないもので、家に帰り、ESに何を書こうとひとりで思っている時の方に現れる。面接の三十分じゃない、その周りにある、二十三時間三十分を書くことにしました。

── 就活は「自分は何者でもないのだ」と思い知らされる時期ですね。

朝井  もうレーサーやパイロットにはなれないんだ、もしこの会社に決まったら、本社がここだからこのあたりに住むのかなと、想像がみるみる三次元に収まって、四次元で考えていたことがしゅっと小さくなる時期ですよね。僕は本を出すことが夢で、夢が叶ったのが就職よりも早く、順番が逆になりました。「どうして就職をするの?」とあまりにも聞かれるので改めて考えてみると、まず、小説を書けることだけでえらいとは思っていませんし、小説は人と人との関わりを通してやっと生まれるものなので、人と関われる場所に身をおいて、嫌な思いをたくさんしないといけないと思ったことが理由に挙げられます。ここ一年くらいは、自分の原動力は、「怒」と「哀」の側にあるんじゃないか、と思います。

── 小説を書き始めたきっかけは何ですか。

朝井  五歳くらいの時、同じく本が好きな姉の真似をして、絵とお話の童話を書き始めました。動物を主人公に書いていたのが人間になり、児童小説になり、中学生になると「中二病」にかかって純文学に憧れて(笑)。その頃、綿矢りささんと金原ひとみさんの芥川賞同時受賞が話題になり、自分もそこに行かなきゃとなぜか思いました。中学三年生のときに初めて自分の周りのことを書いてみようと、中三の五人組が隠れて学校に住んでいる話を書いたら、国語の先生が面白かったと言ってくれて、それが小説すばる新人賞の一次選考を通過しました。それから一貫して、その路線の話を書くようになりました。ひとりの人間が何かを探し求めて語るのでなく、人と人との相関関係がある話です。

── 『桐島、部活やめるってよ』のように、相関関係で揺れ動く感情に対する関心があるのでしょうか。

朝井  それはすごくあると思います。高校のときは世界が狭くて、まったく関係のないカップルが別れただけで、僕のところまで人間関係の波が届くことがありました。こういうことは、この高校を卒業したらないのだろうなと思って、『桐島〜』が生まれました。流れ去っていくものだから、今起きていることは覚えていようと、中学生の頃から自覚的に思っていました。この時間は消えてしまうから、残しておきたい。流れ去るものしか書かないというわけではないですが、小説に対するこの姿勢は、変化していないと思います。

── 故郷はどのような場所ですか。

朝井  伊吹山という山をこえてくる風が半端なく強く冷たくて、自転車が進まない町でした。田舎で楽しみが少なかった分、小説を書くことに没頭できたと思います。手をのばせば触れられるものに親しむ毎日で、学校図書館も好きでしたね。代本≠チていうプラスチックの本型を差し込んでは借りていくのが楽しかった。

── 会社員になって、どのように執筆していますか。

朝井  遅刻をして「作家だから」と思われたらよくないので、出勤前に書いています。朝五時から七時半くらいまで小説を書き、八時半ぐらいに家を出ます。まだ社会人一年生で、学生のときに見ていた景色のぎりぎり中にいる感じです。先輩たちを見ても延長線上にいるというか、子供から大人へ、違う生き物に変わるわけではないのだなと思います。会社の人が意外と僕の小説を読んでいることが発覚したので、どうしようかと。観察眼というのはみんな持っているものだと思うんですけれど、僕の場合は小説にしてしまうところがあるのが問題ですよね(笑)。

── 今後の執筆予定を教えてください。

朝井  ジャンルを決めて書くのではなく、まず書きたいシーンがあり、そのシーンにとっていちばん説得力がある舞台を選択していきます。最も適した舞台が別の惑星ならファンタジーになり、殺人事件ならミステリーになるんだろうと思います。「小説すばる」に連載中の『世界地図の下書き』は小学生の男女の物語です。小説を通してものすごく言いたいことがひとつあり、そのメッセージを伝えるには小学生の話だと思いました。連載は今佳境で、この夏、出版予定です。単行本としては直木賞受賞第一作になります。直木賞作家とプロフィールに入るのかと思うと、怖いですね。ハンコを押されて、もう戻れないよと、投げ出される感じです。「小説現代」四、五月号に、二十代後半の女性たちの話を掲載予定で、その他に『何者』のスピンオフも考えています。今回のように仕掛けのある話が好きなので、驚きを作りつつ、人間のいろんな姿を見つけていきたいと思っています。

(二月九日、東京都新宿区・新潮社にて収録)