トップ > Web版新刊ニューストップ

『その鏡は嘘をつく』の薬丸 岳さん
インタビュアー 石川淳志(映画監督)

「新刊ニュース 2014年2月号」より抜粋

薬丸 岳(やくまる・がく)

1969年兵庫県生まれ。2005年『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。日本推理作家協会現会員。著書に『友罪』『逃走』『悪党』『刑事のまなざし』『死命』『ハードラック』『虚夢』などがある。この度、講談社より『その鏡は嘘をつく』を上梓。

その鏡は嘘をつく

  • 『その鏡は嘘をつく』
  • 薬丸 岳著
  • 講談社
  • 本のご注文はこちら

友罪

  • 『友罪』
  • 薬丸 岳著
  • 集英社
  • 本のご注文はこちら

逃走

  • 『逃走』
  • 薬丸 岳著
  • 講談社
  • 本のご注文はこちら

悪党

  • 『悪党』
  • 薬丸 岳著
  • KADOKAWA(角川文庫)
  • 本のご注文はこちら

刑事のまなざし

  • 『刑事のまなざし』
  • 薬丸 岳著
  • 講談社(講談社文庫)
  • 本のご注文はこちら

死命

  • 『死命』
  • 薬丸 岳著
  • 文藝春秋
  • 本のご注文はこちら

天使のナイフ

  • 『天使のナイフ』
  • 薬丸 岳著
  • 講談社(講談社文庫)
  • 本のご注文はこちら

── ドラマ化もされ好評だった『刑事のまなざし』シリーズ第二弾の長編小説『その鏡は嘘をつく』が出版されました。続編を執筆された動機は何でしたか。

薬丸 二〇一一年の六月に『刑事のまなざし』という短編集を刊行しましたが、主人公の刑事・夏目信人の娘が被害に遭った事件にはけりがついていて、いつかは続編を書くかもしれないけれど、それほどすぐではないだろうと考えていました。ただ、読者からは「夏目というキャラクターがいい」とネットなどで反響や意見が多かったんです。僕の作品は、テーマ性やストーリーに関して褒めていただくことがありましたが人物に魅力があると言われたのは初めてのことでした。それで夏目で書き継ぐことが決まり二〇一二年の暮れによりインパクトのある仕掛けで≠ニ長編小説と短編小説を同時進行で書き始めたんです。

── 夏目信人の前職は少年鑑別所で働く法務技官でした。彼は人情派でも熱血漢でもない刑事で、この人物造型は新鮮でしたね。

薬丸 最初に、今までにない刑事像を考えました。人を信じることを信条としていた人間が人を疑わなければいけない、ある意味ジレンマと迷いを抱えている刑事を考えたんです。そこで前職としてカウンセラーや教師を考えましたが、デビュー作の『天使のナイフ』で少年法を扱っており、その法規や少年の処遇について取材をしていたので、法務技官が前職という刑事に決めました。もう一つは、やはり真っ当な人間を描きたかった。正直な所きれいごとだと思う読者もいらっしゃるかも知れませんが、この作品の中では恥ずかしくなるくらい真っ当な想いや言葉を書きたいなと考えています。彼は真っ当だと思える言葉を託せるキャラクターになりました。

── 物語は、大学病院外科医の須賀が南池袋の一室で首つり自殺をし、これを他殺ではないかと疑った検事・志藤清正が東池袋署に再捜査を指示することから展開していきます。

薬丸 続編を書くに当たり、まず担当編集者との話し合いで決まったのは、夏目を超える新しいキャラクターを登場させることでした。志藤検事について最初は敵役を作りたいと考えて夏目とは真逆なキャラクターを設定しましたが、練って作り上げていくうちに敵役ではない、タイプは違うけれどもそれぞれの正義や気付きをお互いが補い合うような人物造型になりました。やはり志藤に託したかったのは検察権力の危うさの中での「正義」なんです。強引な面もあるけれども単なるエリートではなく重層的な人物です。志藤は、記者だった父親が政治家一族の不正を追う中で自殺か他殺か判然としないまま亡くなった過去を持っています。その決着への執念もある。それは今後の続編で追いかけることになります。今回大学病院の外科医に纏わる物語だったので、資料を調べて最終的には現役の医師に取材をして書いていきました。ラストに向かって明かされる真相も書き改めながら二転三転したんです。今回は書き下ろしだったのでいつも以上に推敲を重ねています。どうしたら面白くなるか、どうしたら読者の心に響くのか、どんな場面や仕掛けを作ればいいのか、ジグソーパズルのピースをはめ込むような試行錯誤の繰り返しでした。

── 一方で夏目は、失踪した医学部志望の落ちこぼれの予備校生・浅川幹夫の行方を追うという、もう一つの事件が同時進行していきます。

薬丸 夏目と志藤が別々の事件を捜査しながら解決していくことは決めていましたが、その事件をどんなものにするかは中々決まらなかった。実は医学部を扱うことに決まったのもずいぶん後のことでした。幹夫は今までの僕の作品ではあまりいなかったタイプのキャラクターです。親の期待に応えられないジレンマなど自分の十代の頃を投影している部分があります。

── 題名にも使われている「鏡」ですが、須賀の死体があった部屋も壁三面と天井に大きな鏡を備えていて、その不気味さが際立っています。

薬丸 鏡に関しては最初の段階でモチーフにしようと考えました。ただ書き改めながら鏡のモチーフはより強くなり、読み終わった読者が納得いく展開を目指しました。

── この作品の面白さはいくつもありますが、物語の後半に向かって夏目と志藤が東京地方検察庁で初めて相対する場面もその一つです。

薬丸 ここは最も苦労したところです(笑)。この場面と続く志藤が東池袋署に出向く場面は何度も書き直して、削ったり加えたりしました。お互いのキャラクターを出し合う場面だったからです。夏目が見抜けなかったことが志藤には見えていたり、その逆もある。二人は最終的には認め合う部分があり、勝ち負けではなくなった。そんな二人を描けて良かったと思います。

── 作品のテーマは何でしょうか。

薬丸 僕が今まで書いてきた小説は、司法の場を舞台にしたり、刑法三十九条を扱ったり、社会的な風俗に触発されて闇サイトやネットカフェ難民などの問題を題材にするなど、書くテーマが明快でした。この作品では医学部を扱っていますが現実の事件への問題提起はなかった。これまでのような型から発想したのではなく自由な発想から生まれた小説、僕にとってはエンターテイメントを求めて書いた作品です。だからテーマは真っ当さ、だと思います。実際、登場人物は皆真っ当で、心底悪い人間は出ていません。全ての人物に道理がある。しかし、それぞれの人間が持つ真っ当さが時として悲劇を生んでしまうことや、取り返しのつかないことを招くこともある。しかし真っ当なものを持っていれば、道が無くなることはない。これは僕の作品全てに通じるテーマかも知れません。

── 前作『刑事のまなざし』は単発の短編小説「オムライス」から出発したのですね。

薬丸 乱歩賞を頂いた一年くらい後に短編の依頼がありました。その時に可能ならばシリーズ化したい、シリーズものなら刑事が主人公だろうと単純に発想しました(笑)。ただ「オムライス」では夏目のキャラクターに前職が法務技官で洞察力が鋭いということは反映できましたが、人柄というか心の部分の造形が書き足りない部分もありました。夏目の娘が事件に遭い植物状態が続く背景は作品を書き継ぐ中で生まれた設定ですが、二作目「黒い履歴」でこうした夏目のバックボーンができ、三作目の「ハートレス」でようやく「夏目はこういう刑事であって欲しい」というキャラクターが確立できました。いざ短編集を上梓する段階を迎え、もう一作書き下しの作品を加えることになり夏目の娘の事件を決着させて本に纏めることにしました。それで何度か作品を読み返したときに「あ、眼差しだったんだ」と思い至り、書名も『刑事のまなざし』に決めました。

── デビュー作『天使のナイフ』はどんなきっかけで書かれたのでしょうか。

薬丸 十九歳のときに「綾瀬コンクリート詰め殺人事件」があり、衝撃を受けました。そのときに初めて少年法を知ったんです。その後、シナリオの勉強をしてもなかなか芽が出なかったのですが、高野和明さんの『13階段』を読んで小説を書きたいと決心したんです。その時に自分は何を題材にすべきか考え、少年法を取り上げました。

── 短編小説を手掛ける理由は何でしょう。

薬丸 昔は短編小説はそんなに好きではなかったんです。書き方が難しいなと。ただ今は、五十枚六十枚で題材なりテーマなりをどう切れ味鋭く見せることが出来るのか、を考えることが楽しくなりました。短編小説は長編を書く際の勉強にもなりますし、短編だからこそ描ける題材もあります。

── 薬丸作品の特長である現代社会における罪と罰、贖罪を書き続ける理由を教えて下さい。

薬丸 難しい質問です。罪というものは償えるものなのか誰にも判らない問題だからです。僕も簡単に答えが出てこないから書き続けている。例えば読者の中には僕の作品は問題提起だけして投げっぱなしで答えを出していないと言う意見もあります。ただ、答えが出るかどうか判らない問題だけれども、考え続ける必要があると思います。それが小説を書き続けていく理由でしょうか。

── 今後の予定は。

薬丸 三月過ぎに夏目シリーズ第三作の短編集が出版されます。これは『その鏡は嘘をつく』にリンクする部分もあり、そして夏目の今後を揺るがすような作品になる予定です。それから夏頃に『神の子』が刊行されます。これは五年くらい「小説宝石」に連載していたものなので、上下巻の大作になるはずです。十二月には幻冬舎から『誓約』が出版されます。楽しみにしていてください。

(十二月十七日、東京都文京区・講談社にて収録)