東川篤哉(ひがしがわ・とくや) 1968年広島県尾道市生まれ。岡山大学法学部卒業。2002年カッパ・ノベルス新人発掘シリーズ〈カッパ・ワン〉『密室の鍵貸します』でデビュー。脱力系ユーモア本格ミステリの気鋭として活躍。2010年9月に上梓した『謎解きはディナーのあとで』が書店員の口コミなどで注目を集めてベストセラーとなり、2011年本屋大賞を受賞。この度、鯉ケ窪学園探偵部を舞台としたシリーズ『学ばない探偵たちの学園』『殺意は必ず三度ある』に続く連作短編集『放課後はミステリーとともに』を上梓。
── 連作短編集『放課後はミステリーとともに』は、長編小説『学ばない探偵たちの学園』、『殺意は必ず三度ある』に続く、鯉ケ窪学園高等部を舞台にしたユーモア・ミステリです。鯉ケ窪学園の話は、本作収録の第一話「霧ケ峰涼の屈辱」(二〇〇三年初出)が最初だったそうですね。 東川 デビューの翌年、実業之日本社から短編小説の依頼をいただきました。初の依頼に対し、インパクトがあるものを書かないと次がないですから、アマチュア時代に違う設定で書いて、トリック自体は面白いと思っていたネタを作り直して書くことにしました。物語上、特殊な形の建物で事件が起きますから、舞台は学校に、主人公は高校生にしようと、学園ものになりました。シリーズになるとは考えていませんでしたね。学校とユーモア・ミステリはなじみやすそうで、学園ものを書いてみたい気持ちはありましたが。 ── 鯉ケ窪学園には「探偵部」があり、この短編シリーズの主人公、霧ケ峰涼は、探偵部副部長を務める高校二年生。広島カープファンのミステリマニアで、周囲の助力を得ながら、学園と周辺で起こる難事件を解決していきます。どのようにシリーズ化されていったのでしょうか。 東川 一話目を書くと、「面白いから、同じ学園もので長編を」と言われて、同探偵部の三人組、赤坂・多摩川・八橋が主人公の『学ばない探偵たちの学園』を書きました。その後は書き下ろし長編の合間を縫い、霧ケ峰涼の短編を書いていきました。僕自身がカープファン、ミステリマニアで、第一話には好みをたくさん盛り込んだんです。こんなに自分の趣味を入れて、編集者から指摘されるかと思ったら、何も言われず(笑)、意外とオッケーなんだなと驚いた記憶があります。第五話「霧ケ峰涼の放課後」などに荒木田という不良が出てきますが、だぶだぶの学ラン姿、ジッポーで火をつけて煙草を吸ってる不良なんて、八〇年代のヤンキーで、今はいませんね(笑)。今と違う人物が出てきても、それはそれで読者はフィクションとして「懐かしい」と読んでくれます。野球や漫画など、趣味的なディテールを使ってユーモラスに語ることで、本格ミステリとしてのトリックや伏線を覆い隠すのが、ユーモア・ミステリの作り方ではあります。 ── デビュー当時から一貫してユーモア・ミステリを書いておられます。 東川 デビュー作を書くまで、短編しか書いたことがありませんでした。鮎川哲也先生の公募アンソロジー『本格推理』に常連で投稿していて、謎と謎解きだけで五十枚くらいの短編にはなるんですね。光文社の〈カッパ・ワン登龍門〉という新人発掘プロジェクトで声をかけていただいて、謎と謎解きの中間部分をどたばたコメディで繋いでいけば書けるかもしれないと、長編ユーモア・ミステリを書き上げてデビューしました。その書き方しかわからないまま、今に至っています。 ── 東川さんの作品は、キャラクターそれぞれが個性豊かで、魅力があります。 東川 キャラクターは、トリックを生かすために設定しています。たとえば第四話「霧ケ峰涼とエックスの悲劇」は、UFOの存在を頭から信じている、非現実的な女教師を出したことでうまくいきました。第七話「霧ケ峰涼の絶叫」に登場する足立駿介も、トリックにリアリティを持たせようとして作った人物です。 ── 足立駿介は、『謎解きはディナーのあとで』の風祭警部に似ている気が……。 東川 かぶっていますね(笑)。最終話の「霧ケ峰涼の二度目の屈辱」を書いた後、もう一編書くことになり、足立駿介が出てくる「絶叫」が最近作となりました。すでに発売されていた『謎解き──』に僕自身が影響されて、風祭のようなナルシストのキャラクターなら、この話のトリックが成立すると考えました。僕の場合、笑いに繋がる人物かどうかも、キャラクターの善し悪しに関わります。ただ、ユーモアよりも、本格ミステリへのこだわりの方が強いですね。表向きユーモア・ミステリだけど、根っこは本格で、その根本のところが弱いと面白くない。笑いだけだったら、映画や漫画の方がストレートに笑える。逆に、本格ミステリに関しては、活字の方が断然有利です。僕は活字を読むときも書くときも笑わなくて、皆さんがどう読んでくれているのかわからないですが、楽しそうな雰囲気だけでも伝わってくれたらなと思って書いています。 ── トリックはどのように考えますか。 東川 ちょっとしたきっかけでひらめくこともあるし、ファミレスや喫茶店で、ノートに字や絵を描いたりして考えています。思いついてすぐに書けることはほとんどなく、いけると思ったアイデアをなかなか書けず、十年ぐらい経って急に作品になったりします。この本には、アマチュア時代に考えたトリックを作り直して、うまくいったものが多いですね。「屈辱」、「エックスの悲劇」、そして第三話の「霧ケ峰涼と見えない毒」もそう。一方、第二話「霧ケ峰涼の逆襲」は、書く際に思いついたトリックがすんなり話になりました。思いつきで書いたわりに評判がよく、本格ミステリ作家クラブ編『本格ミステリ06 2006年本格短編ベスト・セレクション』に選ばれました。 ── 悩み抜いたトリックが、ひとつの作品になったときのお気持ちは。 東川 それは、あれですよ。「このネタはもう考えなくていい」と(笑)。十年くらいずーっと考えて、何か書く機会があるたびに引っ張り出しては引っ込めたネタを、作品として世に出してしまえば、もう考えなくて済むわけで、ほっとします。とにかく書いたら、もう考えなくていい(笑)。 ── ミステリ好きはいつからですか。 東川 子供の頃からシャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンを愛読して、クイーン、横溝正史など、ずっと好きで読んでいました。二十六歳のときに会社を辞め、暇ができたので自分でもミステリを書こうかなと。 ── 『謎解きはディナーのあとで』が大ヒット中です。『放課後はミステリーとともに』も発売直後に重版されました。ユーモア・ミステリの流行を予感していましたか。 東川 実は、よくわからない(笑)。後付けで思うと、二〇〇八年に『館島』が文庫になって何回も増刷し、『もう誘拐なんてしない』が単行本で増刷したとき、デビュー時に比べて、重厚で歯ごたえのあるものと違う、軟らかいミステリが受け入れられる雰囲気は感じていました。それでも、『謎解き──』の売れ行きにはびっくり。本ができたとき、ミステリファン以外の人にも受けそうな感触はありましたが、想像以上でした。読者層が広く、本格ミステリのマニアと初級者の両方に読まれているのは珍しいと思います。 ── 今後の執筆予定を教えて下さい。 東川 霧ケ峰涼の短編シリーズはまだ続きます。この本は春から秋の初めくらいまでの話なので、秋から冬にかけての話を『月刊J-novel』七月号から連載します。鯉ケ窪学園探偵部、赤坂・多摩川・八橋の三人組が主役の長編シリーズの再開は未定です。『ジャーロ』連載中の短編と、『きらら』連載中の『謎解き──』の続編が、そのうち本にまとまると思います。 ── 鯉ケ窪学園の近くにある広島風お好み焼きの名店「カバ屋」、探偵部顧問の生物教師・石崎先生など、長編と短編でディテールと人物が重なっているところも楽しいです。長編シリーズの三人組と、短編シリーズの霧ケ峰涼がからむ話を書くご予定はありますか。 東川 どうだろう。多摩川部長と副部長の霧ケ峰を一度どこかでからませたい感じはありますが……(笑)。あるとすれば、霧ケ峰涼の短編シリーズに、多摩川部長が登場する可能性の方が高い気がします。