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Interview インタビュー 『ロマンス』 柳 広司さん
インタビュアー 青木千恵(ライター)
「新刊ニュース 2011年6月号」より抜粋

柳広司(やなぎ・こうじ)
1967年三重県生まれ。神戸大学法学部卒。2001年、『黄金の灰』でデビュー。同年、『贋作「坊っちゃん」殺人事件』で第12回朝日新人文学賞受賞。09年『ジョーカー・ゲーム』で第30回吉川英治文学新人賞と第62回日本推理作家協会賞を受賞。著書に『キング&クイーン』『ダブル・ジョーカー』『最初の哲学者』『パルテノン アクロポリスを巡る三つの物語』などがある。この度、文藝春秋より『ロマンス』を上梓。

ロマンス 『ロマンス』
柳 広司著
文藝春秋
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キング&クイーン 『キング&クイーン』
柳 広司著
講談社
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ダブル・ジョーカー 『ダブル・ジョーカー』
柳 広司著
角川書店発行/角川グループパブリッシング発売
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ジョーカー・ゲーム 『ジョーカー・ゲーム』
柳 広司著
角川書店発行/角川グループパブリッシング発売
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最初の哲学者 『最初の哲学者』
柳 広司著
幻冬舎
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贋作「坊っちゃん」殺人事件 『贋作「坊っちゃん」殺人事件』
柳 広司著
角川書店発行/角川グループパブリッシング発売
(角川文庫)
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パルテノン アクロポリスを巡る三つの物語 『パルテノン アクロポリスを巡る三つの物語』
柳 広司著
実業之日本社
(実業之日本社文庫)
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── 長編小説『ロマンス』は、昭和八年の東京が舞台。華族階級の青年を主人公にして描かれたミステリー小説です。まず、この小説を書かれた経緯を教えてください。

柳 『ジョーカー・ゲーム』刊行後、文藝春秋から長編の依頼をいただきました。多くの読者を掴んだ『ジョーカー・ゲーム』と同じ時代を舞台に、特別、あるいは特殊な人を主人公にした話はどうでしょうかと、ざっくりとした提案を受けてスタートした小説です。特殊な人≠ニして、明治期から昭和二十二年までのごく短期間、日本に存在した「華族」の人々を主人公にしてみようかと構想するうち、この作品は『ロマンス』というタイトルで書けるなと思いました。私はデビュー以前から「このタイトルで小説を書きたいリスト」を作っていまして、その中のひとつに『ロマンス』がありました。

── 『ロマンス』というタイトルに興味を惹かれたのはなぜですか。

柳 ロマンあるいはロマンスという言葉は、太宰治や、私が好きな作家の一人であるE・M・フォスターの著作の中にあります。そういったものに触発されて、『ロマンス』というタイトルありきの小説をいつか書きたいと思っていました。執筆中、編集者が出してくれるアドバイスに対し「それはロマンスじゃない。メロドラマだ」などと言って、けっこう生意気に突っぱねたりしていましたね。E・M・フォスターが言うような絶対に手の届かないものに憧れて、精一杯手を伸ばす姿≠ェロマンス。手が届いた上での葛藤なり、ドラマなりがメロドラマだと私の中には明確な分類がありました。

── 物語は、上野のカフェーで殺人事件が起きるところから始まります。主人公の麻倉清彬は、時をおいて、事件の真相を知ることになる。

柳 事件の発生と解決には、潜在的な形でその時代の社会状況が作用しているものです。殺人事件の真相とは別の落としどころがあるので、それが『ロマンス』の定義と有機的に結びついていけばいいなと思いました。

── 清彬の祖母はロシアの没落貴族の娘であったため、清彬は血の繋がりに縛られた華族社会で疎外されて育ちます。清彬が感じている閉塞感は、この時代特有のものだったのでしょうか。

柳 政治学者の丸山眞男が、確か、昭和八年を境に時代の空気が大きく変わったと述べています。皇太子が誕生し、軍部が発言力を強めていた時代でもあり、書き手としてはこの年に狙いをすまして書いています。ただ、時代の雰囲気というのは後の人が振り返って定義づけするもので、明るく自由な社会だと思って生きていた人もいたでしょうし、その時代に実際に体を入れてみたら、暗い時代だと思わないかもしれない。この小説を読んで閉塞感を感じるなら、それは社会のありようを息苦しく感じている主人公の物語だったから。昭和初期に限らない、どの時代や場所にも通じる物語にしたくて、具体的に時代を決定しすぎる固有名詞をほとんど入れずに書きました。読者には、登場人物と自分とを引きつけて、物語を楽しんでもらえたらいいなと。

── 清彬が育ったパリには社会主義者、無政府主義者などありとあらゆる主義者≠ェいたようですが、柳さんご自身の主義は。

柳 私ですか。私自身は小説至上主義者です(笑)。小説至上主義者でないとこの仕事はなかなか続けられないので、気がついたらそうなっていました。作家は読者のなれの果てといいますが、本をどんどん読むことで形成された過飽和の水溶液に、今では思い出せないような何か一粒の核がポンと入って、結晶ができていた。それが小説至上主義者であったという感じです。

── 第二次大戦を経験した「昭和」という時代に対し、特に興味がおありですか。

柳 小説家は、依頼があって初めて作品を世に出せるので、今の私だったらこういう物語を書けば読者に届くんじゃないですかという、編集者との議論というか、酒席でのたわごとというか(笑)を経て、書くことになります。ローマの物語をと言われたら、オーダーにあわせて書きます。昭和初期でなくても、架空の国が舞台でも、時空が未来でも、どんな読者にも予備知識なしに楽しんでもらえる小説を書こうとしていますし、何げなく手にとって、「読んでみたら、面白かった」と言ってもらえるのが嬉しいです。オーダーを受け、自分なりに書くならどんな物語か、どう書けば最高に楽しく読んでもらえるかということしか考えていません。時代や場所によって特殊なもの≠ェあると思います。例えば今この瞬間の日本で、「女子高生」という単語を聞いたときに浮かんでくるイメージがありますよね。日本の文化を知らない人たちに、どう文字で描写したら、その特殊性を面白く伝えられるか? 今回は、華族なり、特高警察なりを、予備知識のない人たちにどう活字で伝えるか、どんな物語だったら面白いかがポイントだったのではないかと。

── ダンスフロアで踊る上流夫人の姿を見て、清彬は華族社会のわだかまりを感じています。これは現代に通じる気がしました。

柳 永井荷風の風俗小説を読むと、今と当時との共通性は驚くほどありますし、逆に言うと、どの時代も似通っているという言い方ができる。この本の最後に、永井荷風の諸作品をはじめ先行作品への献辞をつけました。荷風の作品の中に入り、当時の雰囲気を肌で感じられたことは、この小説を書く大きな手助けになり、きっかけになりました。

── 柳さんの小説は、先行する作家や作品から受けた影響が換骨奪胎されている。

柳 完全なオリジナルなんて存在しないと考えています。今、自分が思いつくようなことは、必ず誰かが過去に思いついているはず。過去の優れた作品を踏まえて、自分に何ができるのか。これは、デビューしたときからの、私の一貫した態度です。

── 座右の銘は「ユーモアと愛」とか。今回の小説は、重厚なタッチですが……。

柳 タイトルが『ロマンス』。ある種の切なさを醸すことが物語として要求されますから、ユーモアのさじ加減を若干抑えたかもしれません。連載中、私の人となりをよく知る編集者や同業者は、私が書いている小説のタイトルが『ロマンス』だと聞くと、ぷっと吹き出していました(笑)。

── 柳さんは、二十六歳のときに勤めていた会社の合宿研修で三週間ほど本が手に入らない状況におかれ、読む本がないのが辛くて、自分で作品を書いたのが小説家になるきっかけだったとか。なぜ小説をはじめとする本に惹かれるのでしょうか。

柳 音楽好きの友人は、三週間ぶりに音楽をかけたとき、涙が出たそうです。彼にとって音楽がなくてはならない存在であるように、小説がなくては生きていけない人々がいて、私はその中の一人なんです。なぜクロサイの角が二本か、キリンの首が長いのかと同じで、ある進化の過程でそうなったとしか言いようがないですね。今は職業として小説に携わり、書かなくては生きていけない人間なんだろうなと思います。「面白かった」というひと言のために、死ぬ思いで書いている。

── ミステリーへのこだわりは。

柳 作品の読み方は読者によって違いますから、ミステリーであるかどうかも、読み手によるんですね。私自身が世界をミステリー的に見ているから、書いた小説が必然的にミステリーになるのだと思います。バナナの皮が道路にひとつ落ちていたら、なぜだ、何のために、と考えてしまう(笑)。

── バナナの皮が落ちていた、で始まるミステリー。ちょっと考えられませんが。

柳 いや、書けますよ(笑)。「バナナの皮が落ちていた」から、国際的な謀略小説にもできる。そのくらいの自信はあります。

── 今後の執筆予定を教えてください。

柳 光文社で、小泉八雲のパスティーシュを不定期で書いています。『ジョーカー・ゲーム』の第三弾を、角川書店の「野性時代」で今夏から連載予定です。その先に、講談社で書き下ろしの予定がありますが、担当編集者の所属がどうなるかで、書き下ろしか小説誌連載か、場合によっては女性誌に連載するかもしれません(笑)。まだまだたくさん面白い小説をお読みいただけると思います。
(四月四日、東京都千代田区にて収録)


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